午後3:30。
アンジェリークは、子供達と共に久しぶりの聖地へとつきました。
早速、歓迎を受けます。一緒に行ったアンジェリークとジュニア共々です。
「おかえり〜☆ アン・ディアナ。それに、ようこそ♪ アンジェリーク」
「ただいま〜、オリヴィエ様」
「お久しぶりです、オリヴィエ様」
見るとそこには、守護聖様方が8人いらっしゃいました。
「おかえりなさい、アン・ディアナ」
「おかえり、アン・ディアナ」「おかえりっ、アン・ディアナ!」
「よお」「何もなかったですか、アン・ディアナ」
「‥‥‥‥‥無事か」
「うむ、無事だな」
‥‥確かにもう午後三時を過ぎています。でも。
守護聖様だってお仕事がある筈なのに、みんな余裕の顔して立っていました。
「あんたが帰って来るっていうから、皆仕事が手につかなくてさ〜。さぁ、その可愛い顔をちゃんと見せて?」
オリヴィエ様が少女を抱き上げます。
「う〜ん、相変わらず可愛いね、アン・ディアナ。あんたがいない間、聖地はすっかり寂しかったよ♪ 大丈夫だった? 寂しくなかったかな?」
「うん! ジュニアちゃんやアンジェリークさん‥‥ヴィクトール様もいたから平気」
にこにこと守護聖様と少女のやり取りを見ていたアンジェリーク。
そんな彼女の周りにも人が集まってきます。
「やぁ! アンジェリーク、元気だったかい?」
「はい、ランディ様もお元気そうで」
「あれ? アンジェリーク、また綺麗になったね?」
マルセル様がひょこっと顔を覗き込みます。
「そりゃぁ、ヴィクトールが丹精してるもの☆」
横で余計な間の手をいれるのは、言わずと知れたオリヴィエ様。
その横では。
「よお、坊主。元気だったか?」
ゼフェル様を見て、大きな瞳を更に見開くジュニアがいました。
「お兄ちゃんっ!」
「おやじは‥‥ととっ、お父さんは元気か?」
くしゃくしゃと焦茶の頭を掻き回す浅黒い手。
「うんっ!」
どうやらこの二人は知り合いのようです。
そんな和気あいあいの中を落ち着いた声が響きます。
「あ〜、話も尽きないと思いますが〜、そろそろ行かないと陛下達が待ちくたびれちゃいますよ〜?」
ルヴァ様がにこやかに言います。
「そう言えばそうだね☆」
「忘れてた」
名残惜しそうにする守護聖様方。
何の事だかわからないのは、アンジェリーク達三人です。
そのきょとんとした顔に気づいたのか、リュミエール様が笑いかけます。
「実は、アンジェリークが来ると聞いて、陛下や補佐官がお茶会の準備をなさって待っていらっしゃるのです。アン・ディアナ、お母さまはそちらで待っていますよ‥‥少しはゆっくりしていけるのでしょう?」
最後の台詞は、多分家庭の主婦たるアンジェリークに遠慮しての発言。その心遣いを嬉しく感じながら、アンジェリークは答えました。
「ええ。今日はヴィクトール様お休みで、少しゆっくりさせてあげたいと思ってたんです。‥‥ジュニアがいるとどうしてもヴィクトール様、休めませんから。
皆様のお誘いに甘えさせて頂きます♪」
ぺこりと頭を下げたアンジェリークに年少組の歓声があがりました。
そして一同は、宮殿に向かって歩いてゆきました。
こじんまりとした(‥‥とは言っても宮殿の他の部屋に比べて、です。普通の家では十分広い)部屋にロザリア陛下とアンジェリーク補佐官が皆を待っていました。
テーブルの上の準備はすっかり整っており、中央にはシャルロット・ポワーズ、チョコレート、苺のタルトと三つのケーキが並び、キュウリやチーズのサンドイッチ、クッキーなどがところ狭しと置いてあります。もう、そこに温かいお茶が注がれるばかりです。
「ママッ!」
大好きな母親を見つけてアン・ディアナは、その胸に飛び込みました。
「おかえりなさい、アン」
飛び込んで来た娘を優しく抱きとめるアンジェ補佐官。そのまま、膝をおって娘に視線を合わせてからもう一度”ぎゅっ”と抱きしめます。
「大丈夫だった? アンジェリークさん達に心配かけてないわね? お約束は守れた?」
”大丈夫”とは思っていてもやっぱり心配だったようです。矢継ぎ早に質問が飛び出ます。
アン・ディアナは、にこにこ笑いながら”だいじょーぶ”と胸を張っています。
「さぁさぁ、折角のお茶会ですもの。もう席につきましょうよ」
ひとしきり親子の体面を見守っていたロザリア陛下が、そう言い、お茶会は始まりました。
途中からは、年少組がジュニアを連れて公園に遊びにいってしまったりと、まるであの女王試験の日々が帰って来たようでした。
お話したり、お茶を飲んだり、お菓子をつまんだり‥‥とても楽しい会です。
でも。
アンジェリークは、この場にいる筈の『あの』方がいないのに気がつきました。
何処を見てもいません。
気になったアンジェリークは、側にいたアンジェ補佐官にそっと話し掛けました。
「あの‥‥アンジェリ−ク様?」
「ん? なあに?」
天使の微笑みと名高いその笑みをのせながら、答えます。
「オスカー様は‥‥まだ、お帰りじゃないんですか?」
そう。
あの超絶親莫迦妻莫迦(笑)オスカー様が、ここにいないなんてとてもおかしいのです。
普段だったら、お茶会など催させずにとっとと二人を屋敷に連れ帰り一人占めしている筈なのですが(笑)
「あ‥オスカー様ね‥‥」
なにやら歯切れの悪い様子。おまけにちょっと苦笑なんか浮かんじゃって。
「家にいるわ」
「家に?」
ますますわかりません。なんで聖地に戻って来てるのに、お茶会に来ないんでしょう?
そんな不思議そうな顔に気づいたのでしょう。アンジェ補佐官様は、今度ははっきり苦笑をのぼらせて、今現在オスカー様が何をしているか話しだしました。
「出張のね、報告書を書いてるの」
「報告書を? ‥‥あの、それって急がなきゃならないものなんでしょうか?」
「そうみたいよ。提出期限、今日中らしいから」
「まぁっ?!」
アンジェリークは心底オスカー様に同情しました。流石二人の天使にめろめろのでろでろに腐ってても、守護聖は守護聖。大変です。
でも。
「‥‥あら? そう言えばアンジェリ−ク様も出張‥‥?」
そうです。
二人とも出張だったので、その娘が預けられてたのです。
「アンジェリ−ク様は、もう報告書書き終わったんですね」
尊敬の念を込めて聞くと、アンジェ補佐官は、今度こそ本当におかしそうに笑い出しました。
「そんな訳、ないじゃない。報告書の〆切は一週間後だわ」
「え‥‥でも」
「‥‥よっぽど、オスカー様って恨み買ってるみたいよ? 殆ど全員に」
さも可笑しそうに笑うアンジェに、アンジェリークは密かに。
(その原因って、きっと補佐官様も関係しているのよね?)
な〜んて考えてました。
大きな幸せの代償は大きい。
これは万国共通みたいです。
楽しいお茶会も終わり、ジュニア親子を次元回廊の入り口まで送っていって、やっとアン・ディアナ達は家路につきました。
屋敷の玄関につくと、執事さんが待っていてくれました。
「お帰りなさいませ、奥様、お嬢様」
綺麗に撫で付けられた白い頭を深々と下げます。
その首にアン・ディアナは、無邪気に飛びつきました。
「ただいまっ、ワルタ−さんっ♪」
「すみません、こんな遅くまで居て頂いて‥‥」
アンジェが恐縮してぺこりとこちらも頭を下げます。
家族団欒の為に、この屋敷全ての使用人は通いになっているのです。だから、本当は執事さんも5時上がりなのですが、オスカー様一人にしてはおけないので待っていてくれたのです。
「いいえ。お茶会は楽しかったですか?」
「ええ、とっても。‥‥オスカー様は?」
「書斎にこもったきりでございます。珈琲などはお届けしているのですが」
「ありがとうございます。今日は、あがって下さい」
「はい。‥‥不愉快に思われると存じますが、今日のお夕飯は用意してあります。暖めてお召し上がり下さい」
「重ね重ねすみません。‥‥そうだ、アン。パパにただいまの挨拶をしてらっしゃい」
なんとはなしに立ってた娘を、うながします。
きっとオスカー様もアン・ディアナの顔を一番に見たい筈です。
「うん、わかった」
アン・ディアナは、元気よく返事すると書斎のある二階へと階段を駆け上がって行きました。
久しぶりの(とは、言っても三日ぶりなだけですが)パパの顔が早くみたいです。それに‥‥言っておきたい事も、アン・ディアナにはありました。
トントンッ。
遠慮がちに扉が叩かれます。
「入れ」
短く返答します。
オスカー様は、その時、あまり機嫌よくはありませんでした。
何故なら‥‥って理由を今更言わないでも、皆様はお分かりになりますよね?
その手に誰よりも早く、愛する妻と娘を抱きしめたかったのに‥‥その手に掴んだのは、分厚い白紙の書類。
日頃の行動って‥‥絶対自分に跳ね返ってくるんですね (笑)
かちゃっと開いた扉に目を向けると、そこには。
一番見たかった金紅色。
「アンッッ!!」
その場に舞ったのは、白い紙。
思いっきり関係資料ばらまいて、走り寄ります。そしてそのままの勢いで愛娘を抱き上げるオスカー様。
「なんだ、いつ帰ったんだ?」
それはもう、溢れんばかりの笑顔。‥‥一瞬で機嫌は治ったようですね(苦笑)
「さっき」
「そうか! ほら、パパにただいまのキスをしておくれ」
その言葉に促され、アン・ディアナはちょっこと頬に口づけます。
でも、直ぐに唇も体も離してしまいました。
何処か、いつもと違います。
オスカー様は訝しげにその顔を覗き込みます。
「ん? どうしたんだ、アン?」
その蒼氷色の瞳を見たアン・ディアナ。
決心がついたように話し出しました。
「あのね、パパ」
「ん?」
「前、パパとお約束してた事、駄目になっちゃったの」
「? どういうことだ?」
オスカー様には、娘の言ってる事がよくわかりません。
とりあえず、そのまま抱いたまま机の椅子に座りました。そして目の前の机にアン・ディアナを腰掛けさせます。
そして、話の続きを促しました。
「前、お約束したでしょう? アンがパパのお嫁さんになるって」
「ああ‥‥って、まさかっ!!」
オスカー様の顔から血の気が一気にひきます。まさか‥‥‥。
「ごめんなさい。アン、パパよりもっと結婚したい人が出来たの」
ガァァァァンンンッッッッ!!
音で表せば、古典的ですがこんな感じでしょうか?
オスカー様、大打撃!!
「‥‥相手は、誰だ‥‥‥はっ、まさかジュニアッッ!!」
あいつめ‥‥この間警告したのに、それでも俺のお嬢ちゃんに手を出すとはいい度胸だ。
分不相応なことを思い知らせてやる、この俺の腕でな‥‥フッフッフ‥‥。
なにやら物騒な考えを巡らせてる父親に娘は、
「ジュニアちゃん? 違うよ、パパ」
と否定します。
「じゃ、守護聖の誰かか? 幼稚園の他の男か?!」
「ううん」
アン・ディアナは、それこそ薔薇もかくや、という素晴らしい微笑みを顔一杯に浮かべました。
「ヴィクトール様♪」
「‥‥‥なに?」
「でもね、奥様がいらっしゃるのよね〜。アン、アンジェリークさんのこと大好きだけど、でもやっぱり好きなの。
あっ、そうだ!
こういうのを『禁断の愛』っていうんだよね?」
その言葉に答える人は、いませんでした。
何故なら、オスカー様はとっくに階下に駆け出していってしまったからです。
何をしに?‥‥って決まってるじゃないですか(苦笑)
あとに残ったのは、桜色に頬を染めたアン・ディアナ。
4歳の初夏。
はじめての恋でした。
(おまけ)
「ただいま戻りました、ヴィク‥‥」
とアンジェリークとジュニアが家の扉を開けた時。
『この少女趣味おやじっっっ!!』
‥‥大音響が家中に響きわたりました。
その後に続くのは、”プーッ、プーッ”という回線の切れた音。
見ればそこにはウィッジホンの前に立ちすくむ旦那様の姿が‥‥。
「‥あ、あの、ヴィクトール様?」
何が起こったか、いまいち掴み切れないアンジェリークが声をかけます。
(あら? でも今の声、何処かで聞いたような‥‥)
などとぼんやり考えてるアンジェリークの肩に、ヴィクトール様がガバッと振り向き、手をかけます。
「ヴィクトール様?」
なにやら、ヴィクトール様は怒っているようです。
「どうしたんですか? ‥‥あの、遅くなったのを怒ってらっしゃるんですか?」
おずおずと話し掛ける妻。
でも、ヴィクトール様の方はまったく聞いてなくて。
「アンジェリークッ!」
「はいっ!!」
怒鳴り声に近い声に、しゃきっと背筋が伸びます。
「ヴィクタ−レオは、ディスク化されてるんだよなっ!」
「は?」
アンジェリークには、ヴィクトール様が今何を言ったか、まったく理解出来ませんでした。
(ヴィクター・レオ?)
なんでそんな事を聞くのでしょうか?
「出てるのか、出てないのか、どうなんだ?!」
「え‥はい、出てますけど‥‥それが?」
「そうか、でてるのか‥‥」
質問にはまったく答えず、ヴィクトール様は何故かとても嬉しそうな顔をしました。
「これで、ウォンに見返りをしてもらおう‥‥ふっふっふ‥‥誰に送ろうか? ジュリアス様辺り‥‥いや、やっぱりリュミエ−ル様かな?」
何やらブツブツ呟いてます。
「あの、ヴィクトール様‥?」
「あっ、いや、何でもない。‥‥どうだった? 久しぶりの聖地は」
どうやらやっといつものヴィクトール様に戻ったようです。
アンジェリークは、ちょっとほっとしながら微笑み返します。
「ええ、皆様でお茶会を開いて下さったんです。とても楽しかったですよ。ジュニアもランディ様やゼフェル様達に遊んでもらって‥‥ね、ジュニア」
と、息子の方に目をむけます。
が。
なにやら様子が変です。
ほっぺたを赤く染め、どこかぽーっとしています。
「ジュニア。どうしたの? お顔、真っ赤よ?」
「疲れて熱でも出てるんじゃないか? どれ‥‥」
ヴィクトール様の手のひらが、小さい額に当てられます。
「‥‥ないな。おい、ジュニア?」
ちょっとゆさぶってみます。と、視線がやっと両親に向けられました。
「あ、なあに?」
「いや‥大丈夫か? 顔、赤いぞ? 暑いのか?」
「ううん。大丈夫だよ」
そうは言ってもどこかのぼせたような様子。
二人が心配げに顔を見合わすと。
突然、ジュニアはアンジェリークの方を向きました。
「母さま、ごめん。前、大きくなったら母さまと結婚するって言ってたけど、あれ、なしにして」
「え?」
いきなりの台詞の割には、意味が良くわかりません。
ヴィクトール様は、にやにやしながら訊ねます。
「アン・ディアナちゃんと結婚するんだろう?」
でも。
「ううん」
意外にも否定の言葉が、帰って来ました。
「ん? どういう事だ?」
「ジュニア、誰と結婚したいの?」
アンジェリークが訊ねます。とりあえず、聞いておいた方がいいからです。
なんてったって、ジュニアの『初恋』かもしれないんですから。
「あのね、今日会った人」
「今日? 聖地の人?」
「うん。遊んでもらったの。年上なんだけど」
「そう」
ヴィクトール様は、面白そうに聞いています。
「どんな人? 可愛いの?」
「うん! 蜂蜜みたいに綺麗な色の髪でね、長いの」
その人を思い出してるんでしょう。ジュニアの瞳がうっとりと細められます。
「そうなの」
「でねっ! 目は、綺麗な菫色で、声は女の人にしてはちょっと低いかな?」
ん?‥‥なにやら浮かんで来るビジュアルは。
「優しそうな顔をしてて、鳥さんともお友達なんだよ!」
金髪で菫色の瞳で鳥などと仲良し。
その人ってまさか‥‥‥。
「名前はねぇ〜、マル‥」
「ちょっと待て、ジュニアッッ!!」
どうやら”かの人”を女の子だと思い込んでるらしい‥‥。
ジュニア、四歳。
こちらもどうやら初恋のよう(汗)
でも‥‥。
恋は女の子にしようね♪(笑)
おしまい♪
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