朝。
ヴィクトール様は、晴れ晴れとした気分で昨日出来なかったロードワークに出かけました。
その後に残ったアンジェリークは、なんとか起き上がると朝食の用意をはじめました。
それとジュニア達のお弁当の用意。
今日は、月曜日。幼稚園の日です。
幸いといってはなんですが、ヴィクトール様は休暇をとってる為、アン・ディアナちゃんの分のお弁当を作ってもいつも通りの労力。
かえって同じものを作ればいいぶん、楽だったりして。
「う〜ん‥‥と、やっぱり女の子のお弁当だから可愛い方がいいわよね。やっぱりうさぎさんのタッパーかしら‥‥?」
等とクロワッサンサンドを作り、おかずをつくり、可愛いランチボックスに詰めていきます。
「そうそう‥」
最後に苺をいれたタッパーをいれ、二人分のお弁当が終了。
と。
「おはようございます‥アンジェリークさん」
眠そうな可愛い声がしました。
振り返ると目を擦りつつ立っている可愛い白のネグリジェ姿のアン・ディアナがそこにいました。
「おはよう、アン・ディアナちゃん。早いわね。ジュニアは?」
そう言いつつ、アンジェリークは、卵とミルクを混ぜた甘い液にパンを浸して、フライパンに入れました。
「まだ寝てる」
「あら、そう‥‥しょうがないわね。起こして来てくれる?」
「うん! ‥あ、アンジェリークさん。ヴィクトール様は何処にいったの?」
いつもと違った呼び方にちょっと首を傾げながらアンジェリークは答えます。
「運動しにいったの。毎朝、かかさずやってるのよ」
「ふ〜ん‥‥あっ、ジュニア君起こしてくるね」
ぱたぱた‥‥と、遠ざかっていくスリッパの音を聞きながら、
(あれ? アン・ディアナちゃんってヴィクトール様の事、確か『ヴィクトールおじちゃま』って言ってなかったかしら?)
などと、のほほ〜んと考えつつ、アンジェリークはパンをひっくり返しました。
それから30分後。
「ほら、ジュニア。セロリもちゃんと食べるのよ? ‥‥ヴィクトール様、新聞読みながら御飯を食べないで下さい」
いつもの朝食風景でした。
メニューは、子供達には、メイプルシロップを添えたフレンチトーストにオレンジジュース。それにかりかりに焼いたベーコンにグリ−ンサラダ。
大人達は、ベーコンとサラダは同じで、それにほうれんそうのクロックムッシュ、珈琲でした。
読んでた新聞を取り上げられてしまったヴィクトール様は、しょうがなく朝御飯に専念し始めます。
「‥‥で、今日は一体どうするんだ?」
ベーコンを切り分けながら、今日の予定をアンジェリークに聞きました。
「幼稚園が終わったら迎えにいって、そのまま聖地にジュニアと一緒に送って来ます」
旦那様のサラダにお手製のドレッシングをかけながら、にっこり答えます。
「そうか」
いいつつ、きゅうりを一口。
食べながら考えます。本当に聖地は開けたな、と。
昔だっら、こんな風に気軽に聖地に行こうなんて考えられなかったでしょう。でも、アン・ディアナが生まれてからは、その成長速度に聖地の時間が合わされてます。
その為、昔程聖地に入り難くはないのです。おまけに、アンジェリークは今の守護聖様方や新宇宙の女王にも愛されてる身。殆ど、フリーパスなのです。
「じゃあ、俺は?」
「ヴィクトール様は休んでて下さい。‥‥それに今日は例の日だから、私もちょっと出かけてくるし」
例の日というのは‥‥。
「あぁ、今日はレイチェルが王立研究院に来る日だったな。‥‥約束してたのか?」
ちょっと拗ね気味の声にアンジェリークの顔がほころびます。
「だって、ヴィクトール様のお休み決まったの、一週間前だったじゃないですか。レイチェルとの約束は一ヶ月前からですから」
「わかったよ。じゃぁ、俺は今日一日家にいるか」
「そうしてください‥‥あら、アン・ディアナちゃん。ほっぺにシロップがついてるわ」
などと言いながら、和やかに朝食は終わりました。
少し慌ただしげに子供達の支度をすると、アンジェリークは子供達を送っていきました。
そしてそのまま、レイチェルに会いに研究院へと出かけました。
残ったのは、手持ち無沙汰にぼーっとするヴィクトール様。
昔であればこんな時、煙草でもくわえる所ですが、結婚してからアンジェリークが煙に弱いのを知って止めました。
流石に昼間っからお酒を飲む気にはなれません。
おまけにいやに家中が静かで。
独身時代は、こんな時自主訓練に出かけました。
でも。
(う〜ん‥‥、やる気がでんな‥‥)
その姿は、どう見てもおいてけぼりを喰った犬のようです(笑)
その時。
ピンポ〜ン♪
涼やかな音が鳴り響きました。
誰か来たようです。
ピンポンッピンポンッピンポ〜ン♪
‥‥どうやらかなりせっかちな来客らしいです。
ヴィクトール様は、腰をあげ、玄関に立ちました。(普通インターホンで話すのですが、普段来客の応対はアンジェリークがやっているのでヴィクトール様は知らないのです。)
「今、あけ‥‥ッ!」
と、ヴィクトール様が鍵を外し、扉を開けようとした途端。
それは、勢いよく開かれました。
「はぁ〜い、小猫ちゃん♪ ひさしぶり〜、元気しとったかァ‥‥フグッ!」
「‥‥お前か」
そこにいたのは、ウォン財閥総帥‥‥いや、『謎の商人』その人でした。
が、勢いよく登場したのもつかの間、ヴィクトールさまの平手をまともに鼻で受けてしまい、座り込んでますけど(笑)
「な‥なんでヴィクトールはんがいるんや?」
鼻を押さえつつ、驚愕の表情。
「ほう‥なぜ驚く? ‥‥アンジェリークにいつも会いに来てるのか?」
口調は静かですが、その分底に何か流れてるような声。
何となく背中に冷汗をかきながら、商人さんは答えます。
「何言うとんのや〜。めっちゃ久しぶりですわ。こう見えてもわい、忙しんですから〜。
久しぶりにこっちに来たから、寄らせてもらおうと思って‥‥まぁ、ヴィクトールはんがいたって事は計算違いやったけど」
「何っ?」
「いえ、なんでもあらしまへん。‥‥で、アンジェリ−クはんは?」
ヴィクトール様の脇から家の中に首を突っ込んで、きょろきょろしている商人さん。
「今日は、レイチェルに会いにいってる」
「あっちゃ〜、入れ違いかい? もっと早くに来てればなあ。あれでしょ? アン・ディアナ嬢ちゃんも来てたんやろ?」
「ああ。よく知ってるな」
「情報も商売の内ってな。‥‥正直言うと、聖地が結構大騒ぎで」
「大騒ぎ?」
どう言う事でしょう?
アン・ディアナがヴィクトール家に預けられてるのは、女王陛下も御存じの筈です。
「嬢ちゃんが聖地を出てから‥‥」
「うん?」
「守護聖様全員、後を追おうとしてなぁ」
「なにっ!?」
それは、大事です。
まさかここのところ、すべて見られていたのでしょうか? あの遊園地の騒ぎも。
一気にヴィクトール様の顔から血の気がひきます。
「ま‥まさか‥‥?」
「ああ、安心しとんくなはれ。あのオスカー様がそんな事、見逃すはずないやん。出張行かれる前に全ての警備員を普段の三倍にしていったわ。それでも、その隙を見て追い掛けようとするお人が後立たなくて、とうとう女王陛下命令で今日の午後三時まで次元回廊封鎖になってしまいましたんや。お陰で商売しにくい、しにくい」
「‥‥そうか」
もう驚く気力も残っていません。
(まったく、あの方々と来たら‥‥)
一気に疲労度が高まってしまいました。何も起きずに少女が無事二泊三日を過ごせたのは、殆ど奇跡のようらしいです。
なにやら溜息をついてるヴィクトール様を見て、商人さんはちょっと眉をしかめました。
そして‥‥そろそろと後ずさりしはじめました。
「ほな、小猫ちゃんもいないことですし、ヴィクトールはんのお休みの邪魔をしても申し訳ないよってな。この辺で失礼させてもらいます」
一歩‥‥また一歩。
玄関から離れようとしたその肩が、『がしっ』と掴まれました。
「ひっ!」
「そうだ、ウォン‥‥お前に聞きたい事があるのを忘れてたぞ」
にやり笑ったその顔が、結構怖い‥‥。
「な、なんでっしゃろ?」
言う声が震えてます。
実は、商人さんにとってここでヴィクトール様に会うのは、まったくの計算違いだったのです。何故ならば‥‥。
「わかってるんだろう? ‥‥番組だ」
『ヴィクタ−・レオ』のスポンサーは、すべてウォン財閥系列って事は、覚えてます?
ウォン財閥系列イコール‥‥商人さんなんですね。
「や‥やですよ、旦那ァ♪ ‥‥さぁて、わいも忙しいよって‥‥」
「まてぃ!」
‥‥その迫力には、勝てる人は誰もいません。
「うわぁっ!! 堪忍して! しょうがなかったんやっ!」
「何がしょうがないだっ!! あれで俺がどれだけ迷惑すると思ってるんだっっ!!」
「堪忍や、ヴィクトールはん。‥‥わい、力試しされてんねん。それで、あないな美味しい企画持ち込まれたら、『やるな』っちゅーのが殺生や」
「”力試し”?」
なにやら訳がありそうです。
商人さんはヴィクトール様に掴まれて皺のよった上着を、ちゃちゃっと直します。
「‥‥社長ゆうてもな、実権まだオヤジが握っとんねん。それが、そろそろ俺に譲るって言い出してなぁ。その為に実績上げなぁあかんちゅーことで、つい」
にやっ。
「持ち込まれた企画に乗ってしもうたんや。‥‥でも、後悔はしてへんで。今や『ヴィクター・レオ』は大人気や。通常特撮物は、1クールなんやけど、すでに2ク−ル目の依頼もでているよってな。関連商品も大当たりやし、ほんま『ヴィクレオ様々』や」
‥‥最初の申し訳なさが、いつの間にやら完全に開き直ってます。
「‥‥正当化したな」
「大丈夫やって。派遣軍のほうは、話がついてるし、ヴィクトールはんの名前が出る事は絶対あらへん。安心しとき。‥‥なんせ、あの方が裏についてるよってな。それに何かしら見返りは、させて貰うさかい」
「‥‥やっぱりな」
多分、あの方というのは”あの方”なんでしょう。
ヴィクトール様は、もう一度深い深い溜息をつきました。
続く♪
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