「それじゃあ、ごめんなさい。お願いするわね」
---主星のとある都市、とある街の一軒家。時は、土曜日、夕暮れ。
いつも優しく輝く金色の頭が深々と下げられました。
「ほっ、補佐官殿っ!」
「やだっ、アンジェリーク様。頭を上げて下さいっ」
それに慌てる栗色の髪と暗赤銅色の髪。
新旧(?)二人のアンジェリークの揃い踏みでした。
「・・・でも、大変ですわね。そんな遠くまで出張なんて」
栗色の髪のアンジェリークは、紅茶に手作りのケーキを勧めながら呟きました。
「ええ・・・でも、陛下を行かせる訳にはいかないし、守護聖様達じゃちょっと・・・。滅多にはないんだけどね」
アンジェは(紛らわしいのでアンジェリーク女王補佐官は”アンジェ”で通します)こくんとそれを飲みました。
「おまけに今回は・・・」
と、視線の先には愛娘のアン・ディアナがヴィクトール家の長男・ジュニアと遊んでいました。
「オスカー様と出張が重なっちゃったしね」
---そうなんです。
女王補佐官であるアンジェリークとその夫・炎の守護聖であるオスカー様の出張が、偶然にも同じ日程に重なってしまったのです。そして、それについての最大の問題は、二人の間に出来たお姫さま・・・アン・ディアナを何処に預けるか。
「・・・最初は守護聖様の誰かに預かってもらおうと思ったんだけど、オスカー様が ”絶っっっ対っっっ”それだけは許さんって。そうするくらいだったら、俺が連れてくってもう、煩くて」
「は、はぁ・・・」
ヴィクトール様は、日頃の超絶(笑)親莫迦オスカー様を思い出し、複雑な気持ちで返事をしました。
「よく我が家に預ける気になりましたね‥‥」
「あら」
補佐官様は、その『天使の笑み』と名高い微笑みを頬にのせました。
「実はね、アンが”幼稚園お休みするのはイヤッ!”って駄々こねたのよ。オスカー様って結局娘には甘いんだから。それにここにはアンジェリークがいるしね・・・でも、本当にいいのかしら?」
最後は、心配そうな顔になります。
「アンは、大人の中で可愛がられて育った子だから、きっとちょっと我が侭だと思うの。二人に迷惑かけなければいいんだけど」
「御心配なさらないで下さい。アン・ディアナちゃんはいい子ですわ。うちのジュニアと遊んでいればきっと淋しくならないと思いますし」
初めて我が子を手放す不安に曇る顔に微笑みかける優しい顔。
「じゃあ、お願いします。えっと・・」
「はい。明後日、聖地までお連れしますわ。気をつけて行ってきて下さいませ」
アンジェは、アン・ディアナを呼ぶとその顔を覗き込みました。
「いい? アン。
ジュニアちゃんのお父様やお母さまに我が侭言わない事。ジュニアちゃんと仲良くする事。御飯を好き嫌い言わずにちゃんと食べる事。みっつ、ちゃんと約束してね?」
「うん、ママ。私はだいじょーぶ。お仕事頑張ってね」
にっこり笑う娘をぎゅっと抱き締めて、アンジェはヴィクトール家を後にしました。
アン・ディアナにとってこれは初めてのお泊まり。
どきどきの連続です。
ママが帰った後は、すぐお夕食でした。アンジェリークの手料理は、どれもほんのり優しい味がして美味しく、アン・ディアナは残さずぜ〜んぶ平らげてしまいました。いつもは残しがちなたまねぎも食べてしまったのですから、よっぽど美味しかったに違いありません。
その後は、お風呂の時間です。
アン・ディアナは、聖地ではいってきたので、ヴィクトール様とジュニアがお風呂から上がってくるのをアンジェリークと一緒にテレビをみながら、待ちました。
「アン・ディアナちゃん、お家ではどんなテレビみてるの?」
慣れない家でのお泊りに気を使ったアンジェリークが話し掛けます。
「う〜んとね、動物さんやお花が一杯出てくるのとか、スポーツとか‥‥あっ、ロボットとかせいみつきかいのも見る。あとね、音楽のや、きょおいくこうざっていうも見るし、お洋服とかびようのも見たりするよ?」
その言葉にアンジェリークは、ちょっと絶句しました。
聖地でどんなにこの少女が、ひっぱりだこだか今言った番組で判ると言うものです。
(皆様‥‥御自分の趣味に染めようと必死なのね‥‥)
ちょっとこの少女の将来が心配になりました(笑)
と、そこへ。
「何話してるの?」
息子が、パタパタと走り込んできました。その後には髪を拭きつつヴィクトール様も。
「ん? 何の番組見ようかなって話してたのよ」
「あっ、僕『ヴィクター・レオ』見る! アン・ディアナちゃんもおいでよ」
「あっ、ジュニアッ!」
何故か止めようとするアンジェリークの手の下を潜って、二人はテレビの前に座りました。
「『ヴィクター‥』‥‥?」
聞き慣れない名前を聞いて、訝しげに妻をみる琥珀の瞳。
「さ、最近人気の特撮番組なの‥‥‥ヴィクトール様、お酒でも如何?」
またもや何故か慌てたようなアンジェリークは、そう言ってヴィクトール様をリヴィングルームへと押していきました。
冷たいビールを目の前に出され、それを”くぃーっ”と飲みながら、ヴィクトール様は愛妻に眼を向けました。
「で、明日は何処へ行こうか?」
「本当にヴィクトール様、お休みとれて良かったですね」
にっこり微笑むアンジェリーク。
ここのところヴィクトール様は残業続きで、家に帰るのが殆どというか必ず午前様だったのです。もちろん、休日出勤も当たり前。
それが、日曜が入ってるとはいえ、二日間の連休をもらえたのです。
ヴィクトール様は何か押さえるようにグラスを持つ手に力を込めました。
「‥‥ああ。長い事軍で飯を喰ってるが、こんなに休みやすいところだと初めて知ったよ。どちらかというと休めと言ってくれたしなぁ‥‥‥ふっふっふ‥‥ジュニアの運動会や参観日にも休めてたなら‥‥‥」
‥‥な、なにか暗い『妖気』みたいなものを感じます、ヴィクトール様っっ!
どうやらヴィクトール様のお休みについて軍上層部からお達しがあったみたいですね。
それは、まぁ、そうでしょう。
なんてたって派遣軍総帥のお嬢様をお預かりしているのですから(笑)
もちろん他の人たちは、それが守護聖クラスからでた命令とも、アン・ディアナが誰の娘であるかも知りませんから、首を傾げつつ辞令を出してましたけど。
「‥‥これでまた来週から、帰ってこられない事態に陥らなければいいんだが」
溜ってゆく仕事を思って、ヴィクトール様は深く溜息をつきました。
「で、お前はどこへ行きたい?」
「え‥‥っと」
実を言えば、結構久しぶりの家族団欒です。やっぱり『将軍』という地位は伊達ではなくて、ヴィクトール様の忙しさは半端ではありませんから。
「やっぱり子供たちが喜ぶところと言えば‥‥動物園か水族館、プラネタリウム。それと遊園地かしら?」
「僕、ハイ・パラダイス・ランドがいいっ!!」
「うわっ!」
突然あがった声に二人は仰け反りました。
「ジュニア?! 何時の間に」
「明日、何処か連れてってくれるんでしょ? 僕、ここがいい!」
と、言って振り回される手には、何やらチラシが。
「ッ! ジュニアッッ!」
それがなんであるか、わかったらしいアンジェリークの声が裏返ります。
「それ、どうしたのっ?!」
「今、テレビ画面を印刷したの。ねぇねぇ、行こうよ! レオが来るんだよ!!」
「何? 何処だ?」
「あっ! ヴィクトール様!」
息子の手からチラシを取り上げようとする妻の後ろから、ひょいっと手を伸ばし、ヴィクトール様はそれを見ました。
そこには、特撮物のヒーローが映っていて”ハイ・パラダイスで僕と握手!”とまるで後○園のヒーローショーの様に片手を差し出していました。
「これが・・・?」
「うん! ヴィクター・レオだよ。格好いいんだから!」
キラキラした眼で見上げる息子に、改めてその写真を見ます。
「あっ、ヴィクトール様‥‥子供の見る番組のだから、あんまり見ない方が‥‥」
何故かしどろもどろなアンジェリーク。
「何言ってるんだよ! かあさまだって”ヴィクター様、格好いい”って言ってたじゃないか!」
「ええ‥‥まぁ、そうなんだけど‥‥‥」
ヴィクトール様は、アンジェリークの様子が気になりました。何故か、妻は自分にこの番組の存在を知られたくないようです。
「‥‥‥ジュニア。これはどう言うお話なんだ? 父さんに教えてくれないか?」
写っている人物(?)は、まるで派遣軍の軍服に良く似た色使いの衣装を着ています。その後ろには、長い黒髪のいかにも胡散くさそうな長身の男と水色の髪の優男が写っています。
「えっとね、ヴィクターって男の人がいてね、その人はひみつこうさくいんなの。で、あるひみつにんむの途中で敵の来襲にあって、ヴィクタ−以外全部死んじゃうんだ。それで、ヴィクターも大怪我をおっちゃうんだ。で、それを助けるには改造を受けなくちゃいけなくて、皆の敵を討ちたいヴィクターはヴィクター・レオになるんだ」
「なに?」
‥‥‥どう聞いても、それはヴィクトール様自身の話と良く似てます。
おまけに。
「これが、変身前のヴィクターだよ」
と、持ってきた写真をみれば、そこには派遣軍の佐官服に良く似た制服に身を包んだ”赤銅色”の髪の20代半ばの男が写ってました。そして、止めは‥‥‥『額から右目にかけて』走る『傷跡』。
「傷はねぇ、敵の来襲の時に受けたんだ。その悔しさを忘れない為に残したの。それとね、父様の髪の色とおんなじなんだよ♪」
無邪気そうに言う息子を横目に、重く沈んだ声が出ます。
「そういう訳か‥‥‥アンジェリーク?」
「あ、あの‥‥‥はい」
ごめんなさいっっ、という感じでぺこんと頭が下げられます。
「どうしても言えなかったんです。ヴィクトール様そっくりのお話があるだなんて」
妻の言葉を聞き流し、ヴィクトール様は応接間へ行き、先程までジュニアが見ていた番組を再生し始めました。そして‥‥目当ての箇所を見つけたのでしょう。
心配そうについてきたアンジェリークに向き返りました。
「‥‥‥この番組のスポンサーって全て」
「‥‥‥はい‥‥ウォン財閥系列です」
「おまけに最後に”王立派遣軍監修”って出てる‥‥」
「そうだよ! だから凄い人気なんだ!」
「私も毎週見たいんだけど、聖地には放送してないの」
二人の子供が口々に『ヴィクター・レオ』を褒めちぎります。
「でね、父さま。さっきの話の続きなんだけどね。
そこはね、一人のお姫様によって守られてる世界なんだ。でね、そのお姫様を取り合ってるの。
今はヴィクターの所にいるんだけど、いつも狙われてるんだ、アンジェリナ姫は」
「あんじぇりな?」
「うん。悪者の総帥がクラウスっていってね、いつもくら〜くて、世の中全て暗黒の世界にしてやろうとしてるの。
でも、もっと悪いのがその部下のルミエル。すごく綺麗な顔してるんだけど、腹黒くて意地悪で凄く残酷なんだ。クラウスよりももっと酷いの。
その下にも女装好きの女みたいな暗殺者とかマッド・メカニックの少年、知識だけは山のようにあるけど行動力や体力が伴わない狂科学者とかいろんな悪者がいて、いつもヴィクターを困らせるんだ」
「‥‥ほー‥‥」
なにやら面白い方に話が流れてます。
「で、反対にヴィクタ−側が、光の総帥・ユリアス。輝くような金髪で皆を導いてるの。で、そのふくしんの部下がファスター。
かっこよくてね。女の子にももてるの。でも仕事も出来て、実はファスターが国の守りの要かも知れないんだ」
「‥‥なるほどな‥‥」
大体の裏が読めました。
だけど、そこで目くじらをたてるのは、流石に大人気ないと思ったのでしょう(だって結局今は美味しい目をみているのですから)。
ヴィクトール様は、ふ〜っと溜息をつきました。それでなんとか燃え上がりそうになる怒りの炎を鎮めたつもりでした。
が。
つかの間、ささやかな虚勢は息子の無邪気な一言で木っ端みじんに打ち砕かれました。
「でね、でね! アンジェリナ姫の事をヴィクターは密かに想ってるんだ。でもね、身分違いの恋だからって隠そうとしてるんだ。‥‥とうさま、『みぶんちがいのこい』って何?」
そこまでやるかぁぁぁぁ!!
虚しい心の声が、響き渡りました。
おまけにもう一つ。
「そうなの、そうなの!! ねーっ、アンジェリナ姫もヴィクターのこと好きなのにねー。でも、やっぱり言えないの。これってきっと『きんだんのあい』っていうのよねー」
少女の口からとどめの一言。
「きんだん‥‥あぁ、禁断の愛ね‥‥って、ヴィクトール様?」
既にヴィクトール様は疲れきっておりました。だから。
「‥‥悪いが、俺はもう寝る。明日は‥‥ハイ・パラダイスにつれてってやるから」
そう言うと、ふらふらと階段の方へと歩いて行ってしまいました。
その背中に、
”チャッチャチャラリラチャン‥‥‥アンジェリナへの秘めた思いを胸に抱き、
ヴィクターは歩き出す。
頑張れ、ヴィクター・レオ! 負けるな、ヴィクター・レオ!
主星の平和は君にかかっている!”
と、追い討ちをかける番組ラスト。
(我が家の平和は誰が守ってくれるのかしら?)
と、思いヴィクトール様を見送るアンジェリークの背中では、
『この番組はフィクションです。実在の人物、団体等とは一切関係ありません』
という文字が虚しく、踊っていました‥‥‥。
続く♪
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