さて、明けて二日目。
お空は真っ青。いい天気です。
アンジェリークは、早起きしてお弁当をこしらえました。誰がどのくらい食べるか判りませんでしたから、サンドイッチを沢山。
中身は、チーズにハム、レタスにトマト、玉子にツナ、アンズジャムにイチゴジャムとよりどりみどりです。
おかずに卵焼きやたこさんに切ったウインナーを焼き、サラダも作ります。小さなタッパーには、もちろんうさぎさんリンゴ。
ポットは二つ。一つはブラックコーヒー、一つはホット・レモネード。
全部、大きな籐のバスケットに詰めると、残りの人たちを起こしにはいります。
「ヴィクトール様、ヴィクトール様!」
まずは、旦那様です。
普段は日課のロードワークの為、アンジェリークよりも早起きなのですが、今日に限って朝寝坊してました。
よっぽど夕べの事が堪えたみたいです(笑) なにせ休前日だと言うのに、アンジェリークよりも早く眠ってしまったのですから。
「ヴィクトール様、朝ですよ。起きて下さい」
何度か揺すっても、何の反応もありません。
(こんなに寝起きが悪いのは初めてだわ‥‥‥何処か具合でも悪いのかしら?)
あまりの反応の悪さに心配になったアンジェリークは、顔を覗き込みました。
と。
少し笑みを含んだ瞳がそこにはありました。
「ヴィクトール様っ、起きてらしたんなら‥‥‥んっ!」
そのままベットの中に抱き込まれて、あっという間に押さえ付けられてしまいました。抵抗する間もなく、唇を奪われます。
「う‥‥‥ん‥‥‥っ」
深く絡められた唇をなんとか外します。
「なっ、何するんですかっ! 朝からっ!」
でも、キスの余韻で怒りも甘くなってしまうのは、どうしようもありません。
「ここのところずっと御無沙汰だったからな。おまけに夕べも可愛がり損ねたし」
それがわかってるヴィクトール様も真剣にはとらず、笑みを含んだまま『チュッ』と再度軽く唇を啄みました。
「そういう事は、夜になさって下さいっ」
「『おはよう』のキスのつもりだったんだがな」
そう言いつつ、その唇をそのまま白い首筋へと流して行きます。
「あっ‥‥ヴィクトール様っ!」
「怒られるんなら、怒られるような事をしてやろう」
どうやら連日の激務続きでヴィクトール様も溜まっているようです(笑) 積極的にアンジェリークの感じそうなところを刺激していきます。
「ちょ‥‥今日は子供達と‥‥あっ!」
「まだ、起きてこない」
ヴィクトール様は更に反論しようとする口を実力行使で塞ぎにかかりました。
と。
「おはようっ! 父さまっ!」
「うわっっっ!!」
突然、重力が腰に一気にかかりました。必死にアンジェリークに体重をかけまいと踏ん張るヴィクトール様。
「いいお天気だよ、外。早く行こうよっ!!」
「‥‥‥じゅにあ‥‥‥」
背中を見るとそこには嬉しそうな顔をした愛息が。
「じゅっ、ジュニアっ!」
「あれ? 母さまもまだ寝ていたの?」
ヴィクトール様の首が、またがっくりと垂れました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「本当に大丈夫ですか、ヴィクト−ル様?」
心配そうに顔を覗き込むアンジェリークにヴィクトール様は無意識に腰をさすりに行ってしまう手を止めました。
「ああ、大丈夫だ」
微笑んでみせるとアンジェリークも微笑み返します。
ヴィクトール様の手と肩には、お弁当が詰まったバスケットとポットを入れたバックがかかっています。
アンジェリークの両手にはジュニアとアン・ディアナが仲良く手を繋いでいました。
家族三人プラス一人は、駅まで歩いておりました。
そこから電車で遊園地まで行こうとしてるのです。
(あれ? 軍の高官であるヴィクトール様には専用運転手がいないの?)
って皆様、思いましたよね?
いいえ、います‥‥いや、正確には、『いました』って言うのが正しいのかな?
確かにヴィクトール様の出勤は、専用車ですが、それは通い。
アンジェリークと結婚した時期くらいは、確かに将軍用の邸宅に大勢の使用人、専用車に専用運転手をつかっていましたが、あるきっかけに全てを止めてしまったのです。
大邸宅は、軍に返還し、郊外に普通の一戸建てを買い(もちろんそれは元の邸宅に比べれば小さいだけで、世間一般には十分広い物件です)、使用人全てに暇を出してしまったのです。
そのきっかけとは。
ジュニアが生まれた事。
ジュニアに特別階級の意識を植え付けたくなかったからです。
『自分はごく普通の家に育った。そして普通に士官学校に通った。‥‥‥今の俺があるのは---色々思い出したくもない事も有るが---他の皆があってのことだ。それなのに、親が軍高官というだけで皆にちやほやされては、皆に申し訳ないし、ジュニアの為にもならない。だから、俺は普通の家庭でジュニアを育てたいんだ』
もちろん、アンジェリークは大賛成で三人は今の生活にはいりました。
よって、(もちろん)自家用車は有りますが、ごく普通の家庭として三人はやってきました。だから、都心の込みそうな遊園地に行く時は、やっぱり公営の電車を使うのです。
「わ〜い♪ 楽しみだなぁ♪」
アン・ディアナは、本当に嬉しそうでスキップまでしかねないくらいです。
「アン・ディアナちゃんは、遊園地は初めて?」
あまり嬉しそうなので、つい聞くと
「うん!」
と、力強い答えが返ってきました。
「パパやママと一緒に行かないの?」
と重ねて聞いてみます。あのオスカー様が娘を遊びに連れて行かないとは思わなかったからです。
「パパねぇ〜、あんまりママとアンの事、表に出したくないみたい。『他の奴らに見せるのはもったいないっ!』って言って、いつもママに怒られてるけど。
三人きりのバカンスは良く行くんだけどね〜」
「‥‥そう‥‥」
なんて言ったらいいのやら。
でも、アンジェリークらの戸惑いにまったく気付かない少女は、にっこり笑って続けました。
「でもね、この間、ゼフェル様に動物園に連れてってもらったの♪」
「動物園‥‥‥?」
悪いですが、連れっててくれる人と行く場所がまったく似合いません。
「ゼフェル様がね、こっそり聖地抜け出そうとしてるから、何処行くの?って聞いたの。そしたら動物園だっていうから、無理矢理連れっててもらっちゃった」
「そう、よかったわね。楽しかった?」
そう聞くのが、相手が子供でも一応礼儀です。
でも。
「ううん、あんまり」
という答えが返って来てしまいました。確か、この少女は動物も好きだった筈です。
「どうして?」
「動物園ね、お馬さんしかいなかったの。でね、大人の人達が一杯いて、それで紙吹雪をまき散らすの・・・『動物園』って変なところね」
(‥‥‥それは、きっと‥‥‥。)
あえて、答えを言わないヴィクトール様とアンジェリークでした(笑)
電車に揺られて一時間程、4人は遊園地前の駅に到着しました。
改札口から出ると、目の前に大きな野球場が見えます。その前に遊園地はありました。
「わ〜いっ♪」
ともすれば、手を振払って駆け出して行ってしまいそうになる息子をアンジェリークがなんとか押さえ、その間にヴィクトール様は入場券を買って、遊園地へと入りました。
そして、荷物はすべて入り口にあるコインロッカーにいれました。
ヴィクトール様はそこで一つ溜息をつくとサングラスをかけました。一応オリーブグリーンのシャツ、ベージュのセーターにチノパンツと普通の恰好してるとはいえ、髪の色は同じ色。
一応二十代正統派ヒーローと年格好はまったく違うと言っても、その上に同じ傷があれば『わぁ〜、コスプレなんかしてるよ、この人』っていう冷たい視線を感じない訳ではない筈ですから。
「ねっ、父さま、ヴィクターは?! ヴィクターは何処にいるの?」
「おじちゃま、ヴィクターは?!」
入った途端、きょろきょろする二人。
「ちょっと待ってろ‥‥えーっと‥‥」
三人を取りあえず、ベンチに座らせるとヴィクトール様は様子を見に行き、すぐ戻ってきました。
「どうやら午後一時かららしい‥‥あぁ、整理券も貰ってきたから、取りあえず他で遊ぶか」
そう言うとにっこり微笑みました。
「えぇえっ! ヴィクターに会えないのっ!」
「いや‥‥そうじゃなくて」
「ヴィクターは、主星の平和を守る為にお忙しいのよ。後でいらっしゃるって」
子供達に視線を合わせ、ゆっくり言うと、二人は納得しました。
「わかったっ。じゃ、乗り物乗ってもいい?」
途端に元気になる二人。
「じゃ、これを腕につけて‥‥‥と、いいぞ」
フリーパスの腕輪をつけてもらった二人は、手を繋いで駆け出しました。
「お〜い、あんまりはしゃぐと‥‥‥って、言うそばから転んだな」
後を苦笑しながら追う姿は、すっかり良いお父さんとお母さんでした。
続く♪
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