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‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥何か頬に冷たいものが当たる。目を少し開ければ、そこには鮮やかな緑と金の乱舞。
「‥‥ぅん‥‥?」
良く見るとそれは天使でした。それもなんとアンジェリークそっくりの天使。
「‥‥なんだ。神様も粋なことするじゃーねーか」
ぼそっと呟くとその天使は、そのエメラルドの瞳からぽろぽろと涙を零したかと思うといきなり。
バッチーーーンッッッ!!
ゼフェルの頬をひっぱたいたのです!
「いってぇぇぇっっっっ!! ‥あにすんだっ!」
遠慮のないその打撃は、かなり強烈でゼフェルは思わず飛び起きました。
天使のくせになにしやがる。これじゃ本物といい勝負だ。
ところが次の瞬間。
泣きながらその天使はゼフェルに抱きついてきたのです。
「ゼフェル様のばかぁぁ! 心配したじゃないですかぁぁぁ!」
天使の顔がある辺りが猛烈な勢いで冷たくなってくる。
‥‥‥泣いてるんだ、こいつ‥‥って、ちょっと待て?
良く見ると天使は何故かアンジェリークが着ていた服を着ている。おまけに天使には必要不可欠な筈の羽根がない。
‥‥‥まさか。
「アン‥‥ジェ‥リークなのか?」
その言葉に天使---アンジェリークは顔を上げました。目が真っ赤になっています。
「他の誰だっていうんですか? 本当に心配したんですから‥‥」
いや、それはわかっている。
アンジェが目覚めたのもさっきの奴がきっと口づけをしたからだし‥‥(面白くないが)
でも、なんだ俺が生きてるんだ? おまけにあんなに不調だった身体がまるで嘘のように軽い。
疑問符が頭の上を飛んでるのが判ります。
そこに上空からなにやら人影が降りてきました。
「ゼフェルッ!」
「ゼフェルッッ! 大丈夫かっ」
それはランディとマルセルでした。
二人はふわりと舞い降りるとゼフェル達へと駆け寄ってきました。
それと同時に。
目の前にオスカーが現れました。
「よぉ、やっとお目覚めか?」
なにやら面白くもないというような顔をしています。
「あ、オスカー様」
「お嬢ちゃん、街のみんなも殆ど起きたぜ」
アンジェリークが、声をかけると優しい声が返ってきました。成る程、上手い事いったらしいです。
ゼフェルがどこか寂しい気持ちを感じていると、オスカーが近寄ってきました。
「おい、耳を貸せ」
「‥‥結婚式の招待ならごめんだぜ」
「いいから聞け。‥‥お前だって他のやつには聞かれたくないはずだ」
仕方なく渋々耳を傾けると、彼はとても信じられない事を耳許で言ったのです。
「‥‥何を勘違いしてるんだか知らないが、お嬢ちゃんは俺が行った時、すでに目覚めていたぜ」
「なんだって?!」
そんな訳はない筈です。
『人間の若者の真実の愛のくちづけをもって呪が解ける』
そう言ったのはゼフェル本人です。間違えるはずがありません。
「そんな筈はない! 俺のまじないは完璧だった筈だ!」
「まじないかなんだか知らんが事実は事実だ。お嬢ちゃんは起きていた。口づけでなければ目覚めないのならば誰かがしたんだろう。
‥‥‥この国で唯一動けていた誰かが」
次の瞬間、ゼフェルの顔は真っ青になり、そして‥‥真っ赤になっていました。
心当たりは只ひとつ。
最後、もう全ての覚悟を決めた時、あの部屋で。
自分の気持ちにやっと素直になれたあの時に。
くくっとオスカーが含み笑いをします。
「‥‥心当たりがあるようだな」
「でも、俺はっ! ‥‥‥‥‥‥‥‥人間じゃない」
そう。まじないは『人間の若者』といった筈なのに。
その時。
今まで黙って二人の会話を聞いていたマルセルがぽつりと呟きました。
「ゼフェルは人間だよ‥‥もう」
「「え?」」
その場にいた人達が止まります。
「力を使い切った精霊は、今度は力を貰う立場の人間になってしまうんだ。そうしないと自然界のバランスがとれなくなってしまうらしんだ。
‥‥僕達、一生懸命ゼフェルが精霊でいられる方法を探していたんだけど、間に合わなかったね‥‥」
ゼフェルは自分の両手を見ました。
それは先程までとは違って、確かな質感を伴っていました。
立ち上がってみました。
足はついています。しっかりと大地を踏み締めてます。その足下をポンと蹴ってみました、いつものように。
大空に飛び立てるように。
ところが。
「う‥そだろ‥?」
身体はいつものように軽く空へは飛び上がらず、トンとそのまま地上に逆戻りしてしまったのです。
「だから言ったでしょう? ‥‥もうゼフェルは人間だって」
マルセルがそっと肩に手を乗せます。その重みに耐えきれないかのように、ゼフェルはその場に座り込み、顔を両手で覆いました。
「‥‥ゼフェル?」
呼び掛けの言葉も虚しく、その指の間からは大きな溜息が聞こえました。
そして、聞こえるその声は。
「‥‥結局、俺のやる事なす事、全部間が抜けてやがる。
人間だって?
それじゃ、死んでこの国を見守る事も、精霊の力でこの国を守る事も出来やしねぇ。
‥‥俺がいる意味なんか、何処にもなくなったじゃねぇか」
その感情もなにも込めず、淡々と呟く言葉はかえって胸にきました。誰も声をかける事が出来ません。
ところが。
ただ一人だけ。
バッチーーーンッッッ!!
またもやあの音が響きました。
たったひとり、ゼフェルのその呟きに凍り付かなかった人物が、その掌を見事に頬にヒットさせたのです。
今度はさっきとは逆の頬でした。
二回目の事に、ゼフェルも怒り色に燃える目をその相手に向けます。が、その人物の瞳に溢れている涙を見た瞬間、その色は消えました。
「アンジェ‥‥」
その鮮やかな緑の瞳からぽろぽろと透明な雫を零しながら、アンジェリークはゼフェルを見つめます。
「ゼ‥ゼフェル様のばかっっっ!」
両手拳に力を込め、叫びました。
「な‥なんでいる意味がないなんて言うんですか?
ゼフェル様は、たくさんたくさん私達の為に頑張ってくれてたじゃないですかっ!
この国を一生懸命守ってくれてたじゃないですかっ! それなのに‥‥!
私達、みんなゼフェル様に感謝してます。‥‥それに」
ぐすん、とアンジェリークは鼻を啜りました。
「人間になるってそんなに厭な事ですか?」
問うた瞳からまた新たな雫がこぼれます。
「‥‥人間になったら何もお前達の為にしてやれねー‥‥」
「いいじゃないですかっ、そんなのっ!」
「よくねぇっ!」
「いいんですっっ!
‥‥‥私は嬉しいです」
「え?」
ぽつんと呟かれたその言葉は、思ってもみなかった言葉で。
「ゼフェル様は凄いです。マルセル様もランディ様も。皆さん、凄い力を持っていてみんなの為にその力を使って。
でも、ちっとも偉そうな所はなくて、いつも遊んでくれて。
‥‥でも、悲しかったんです。
私がいくら大きくなっても、ゼフェル様は変わらない。いつもそのまま。
‥‥十七の誕生日は私にとって、悲しい日でもあったんです。
これを過ぎたら、今度はゼフェル様よりも年上になってしまう。このまま私が大人になって、年をとって、お婆さんになってもゼフェル様は若いまま。同じ時間を生きられないから。
‥‥だから、ゼフェル様が人間になったって聞いて、凄く嬉しかったんです」
‥‥酷いよね。
人間になって落ち込んでいるゼフェル様にこんな事言うなんて。
でも。
『いる意味がない』って言われたら、気持ちが心から溢れてしまって。
そんな事ないのに。
ゼフェル様はいるだけでいいのに。
だって。
だって、私は。
ずっと。
その後は言葉になりませんでした。
気持ちが溢れ過ぎて、言葉が出てこないのです。
アンジェリークが俯くと、ポタポタと涙の粒が膝を叩く音がしました。
「アンジェ‥‥」
その時。
ゼフェルの頭ががしっと掴まれました。そのまま、ぐりぐりと撫で繰り回されます。
驚いて、その手の持ち主をみれば、それは。
「女の子を泣かせていいのは、その涙をも止められる男だけだ。覚悟は出来てるんだろうな?」
そう言って、にやっと笑ったオスカーは、
「俺はもう用無しだな。悪いが先を急ぐのでな」
と、くるりと皆に背を向けて歩き出しました。
その背中をとことことマルセルが追い掛けます。
そして、城から暫く離れたところで、オスカーを呼び止めました。
「ごめん、オスカー。
‥‥君なら彼女---アンジェリークを幸せに出来ると思ったんだ」
「ほぉ、俺の何を知ってそんなに買い被ってんだか。
俺は、名うての女たらしだぜ? 王女様も騙してこの国を乗っ取ろうとしてたかもしれないぞ」
「僕達は君を知ってるから」
オスカーのそのものの言いに、マルセルは少し微笑みました。
「君も僕らを知っている、北の国の嫡子・オスカー‥‥君の国の守護神は何だった?」
自分の身分を知っている驚きとそして突然のその問を訝しげに思いながら答えます。
「鉱山の豊かな国だったから、鋼の精霊だったが‥‥それより何故、俺を知っている? あのゼフェルという奴もそうだった」
「‥‥君の年を考えると‥‥君の祖父が子供の頃くらいから鉱山に少し翳りが出てきたんじゃないかい?」
「‥‥そうだが? だが、今ではそれまでに培ってきた技術力で何とか国は繁栄してるが。それより、答えて貰おう。何故、俺を知っている?」
「鉱山に翳りが出たのは、今から正確に百年前。それは、ゼフェルがこの国に、結界に閉じ込められていたから。‥‥でも、もう安心だよ。
ゼフェルがその役目を果たしたから、もうすぐ新しい鋼の精霊がうまれる」
「なっ‥‥?!」
それは直ぐに信じられない話でした。
マルセルは、微笑むとふわっと宙に浮かびました。オスカーの瞳が驚きで見開かれます。
「オスカー、緋の髪のオスカー。君が望むものは、きっとある。
かならず見つける事ができるよ。それは僕達が保証する。
‥‥‥ありがとう。ここに来てくれて」
そう言うと、マルセルは空へと飛んでいってしまいました。
それを見送ったオスカーの頬にほんの僅か笑みが浮かんだと思うと、彼はマントを翻し、その国を後にしました。
彼もまた話を持つものでありますが、それはまたの機会に‥…。
泣きくじゃるアンジェリークにそっとゼフェルは手を伸ばします。
その白い肩に触れ‥その柔らかさに驚き‥‥次にその腕をひき、抱き寄せました。
その行動にひくっと肩が震えます。
しかし、ゼフェルは怯まず、更にしっかりと抱きしめました。
「‥‥泣くな」
耳許で囁く言葉は、緊張で震え‥‥でも、今までになく優しく、甘く。
「お前に泣かれると‥‥どうしていいか判らなくなる。
‥‥だから、泣かないでくれ。
‥‥お前が泣かないでいてくれるのなら、俺は何だってするから‥‥」
「ゼフェル様‥‥‥‥あ…」
涙に濡れたその顔に、そのうっすらピンクに染まった唇にゼフェルはそっとくちづけました。
「‥‥これで呪は完全に解けた、アンジェリーク‥‥‥‥‥好きだ」
「ゼフェル様‥‥」
---昔むかしのお話です。
西の端にある小さな国に伝わる小さなおとぎ話。
王女とそれを守った精霊の話。
今でも、その国は様々な精霊の加護の下、末永く栄えているそうです。
今でも、その血筋に人間になった精霊の血を残す者が、国を治めているそうです。
‥‥むかしむかしのおはなしです。
<Fin>
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