昔々、あるところに小さな王国がありました。
国中の人がすべて知り合いであるくらい本当に、ほんとうに小さな王国で、その国土の殆どは農地と牧場、それに森でした。
人々は皆仲が良く働き者で、王様を尊敬し、小さな国ではありましたが、争いごとはなく、近隣には並ぶものがない程国民の心が豊かな国でした。
この国の王様の名前は、ジュリアス様。
日の光のように輝く金髪に紺碧の空の青を映した碧眼。
誇り高く、自分に厳しい。しかし、それは優しい心を表すのに慣れていないだけで、国民の生活を良く考える名君という名に相応しい王様でした。
そしてそのお妃様クラヴィア様。
流れる漆黒の黒髪に神秘的な紫水晶の瞳。
物静かで人々に安らぎをもたらす存在です。
国民は、このお二人を心から敬愛しておりました。
ある年、お二人の間にお子さまが生まれました。
可愛い女の御子様です。
ジュリアス様はとても喜び、国中の者を集めて、宮殿にてお祝の宴を催されました。
街や村の人達は、それぞれ心尽しのお祝の品を持ち寄り、口々に姫様誕生の祝辞を述べました。
「皆の者、よくぞ我が姫の為に集まってくれた。
今日は、無礼講だ。歌って踊って騒いで、ハッピー!‥‥コホン。
さぁ、楽しんでくれ」
ジュリアス様は、そういうと揺りかごの中に眠っていた姫を抱き上げました。
その時。
「ジュリアス様!」
王様を呼ぶ声が響きました。
その声に、広間の人達がざわざわと動き始めます。
まるで畑の麦の穂波を割るように、その者達は王様の目前に歩いて来ました。
「! そなたたちは!」
ジュリアス様が驚くのも無理ありません。
それは、この国の守護神・女神の側近の精霊三人だったのです。
「こんにちは、ジュリアス様」
なかでも一番年若の精霊が一歩、進み出ました。
「女神様に仰せつかり、お祝に参上しました」
それは畑や森の緑の精霊・マルセルでした。
「御息女のお誕生、おめでとうございます」
これは、大地を吹き抜ける風の精霊・ランディ。
「‥‥よかったな」
最後は、人々が使う道具など鋼の精霊・ゼフェルです。
森が育む蜂蜜のような色の流れる艶やかな髪に木々の片隅でほっかり咲き初めた菫の瞳のマルセル。
その葉を風にざわめかせる樹皮の色の髪に風が吹き抜ける爽やかな空の青の瞳のランディ。
そして磨き抜かれた鋼の様なプラチナの髪に極上の細工物にはめ込まれたルビーの瞳のゼフェル。
それは、女神と共にこの国を守ってくれる精霊たちでした。
その姿を見て、国民も嬉しさに沸き立ちます。
「よくぞ参られた。女神様は御健勝か?」
「はい。この国に王女が生まれた事を殊の外お喜びになり、我々をお祝いに御遣わしになられました」
そういってランディがにっこり微笑むと、マルセルがその横から顔を出します。
「どんな子なんですか? 見せてはもらえませんか?」
その、まるで子供のような無邪気さにジュリアス様は苦笑し、その腕の中の姫を差し出しました。
「かわいい‥‥」
三人が覗き込みます。
形の良い小さな頭をふわふわした金色の柔毛が覆っています。肌は白磁にうっすら紅を掃いたように薄桃色で着ている真っ白なドレスもくすんで見えるようです。
下唇をちょっと吸い込んでいる口は、あどけなくまるでさくらんぼのよう。
その時、赤ん坊は目覚め、その瞑ってた瞳を開きました。
「うっわぁ〜‥‥」
それは綺麗なエメラルドグリーン。まるで陽に透ける新緑のような鮮やかさでした。その大きなつぶらな瞳をぱちぱちと瞬きしたかと思うと、赤ん坊は小さく欠伸をしました。
「名前はなんていうんですか?」
「”アンジェリーク”と名付けた」
「アンジェリーク‥‥天使‥‥ぴったりですね♪」
ランディは、アンジェリークを王の腕へと戻しました。
そして三人は、視線で話をしたようです。
突然、その座から何歩か下がると。
「我ら精霊より姫君にお祝いの贈り物があります」
と言いました。
おおおおぉぉぉっっっっ!!
広間がざわめきで満たされます。
精霊から贈り物など今まで聞いた事がなかったからです。
「この国を囲む森や人々を豊かさに導く畑など緑の精霊・マルセル。
姫に一生食べ物に困らない物質の豊かさと決してそれで驕り高ぶらず、人の言う事を素直にきける心の豊かさを送ります」
「それでは、俺は。
この国から澱みを吹き飛ばし、常に明日への勇気を皆に渡す風の精霊・ランディ。
姫は、風が集めて来た叡智をすべてものにできる程の賢さと風のように真実を見抜く力を送ります」
二人の精霊がその力に宿った贈り物を告げた時。
バタンッッッッ!!
突然、大きな音を立てて広間の扉が開かれました。
全ての人の目がそこに集まります。
そこには‥‥。
「随分盛況だねぇ〜」
「! ‥‥オリヴィエ」
それはこの国の西の端の山に住む魔法使い・オリヴィエでした。
「今日は宴会みたいだねぇ。でも、私は呼ばれてないよっ!」
パッション・ブロンドの髪も鮮やかに、濃紺色の瞳を煌めかせました。魔法使いと言うとふつう黒尽くめの老婆をイメージしますが、オリヴィエはその常識を覆すかのようにきらびやかで派手でした。
その長く伸ばした爪を光らせながら、こちらを見ます。
「私を仲間はずれにしようとはいい度胸だね、う〜ん? ジュリアス王?」
「‥‥案内状は送った筈だ‥‥」
「来てないもんは、来てないのよ! ‥‥ど〜れ、これが生まれた姫君だね」
オリヴィエは許しを得る事もせず、揺り籠に寝かされたアンジェリークを覗き込みます。
「おや、可愛い」
「姫に触るなっ!」
気色ばむジュリアス様をオリヴィエは片手で軽くいなします。
「な〜に、怒ってんのよ。‥‥今、精霊共が贈り物をしてたね。
‥‥そうだっ! 私もあげるよ。とびっきりの贈り物をね」
そう言うと、とめる間もなくオリヴィエは語り始めました。
「この姫は、夢のように美しく賢く育つだろう。すべての人々から愛され、幸せになる」
そこまで言うと、にやっと嘲笑いました。
「だが、それも16迄。
17の誕生日に姫は糸車の紡錘(つむ)に指を突かれ、死んでしまうだろう」
広間中が静まりかえりました。
その中、オリヴィエの高笑いだけが響きわたります。
「おのれっ!!」
剣を抜いて切り掛かる王をあっさり躱し、そのままオリヴィエは姿を一瞬で消しました。
「17才の誕生日だよ。その日が全ての終わりさ」
その声だけを響かせたまま‥‥。
「なんと言う事でしょう」
お妃様が揺りかごにすがりつきます。
その中では、アンジェリークが何が起こったかもわからず、ただすやすやと眠っておりました。
「なんと言う事だ‥‥」
ジュリアス様は唇を噛み締めました。
めでたいはずの誕生の宴がとんでもないものになってしまいました。
その時です。
「ちょっと待てよ」
それは、鋼の精霊・ゼフェルでした。
「祝い物なんかやる柄じゃねーが、目の前でこう好き勝手されるのは気に入らねぇ。
俺も祝いの品をやるぜ。‥‥力の種類が違うンで、取り消しは出来ねーがな」
精霊達が次々と贈り物をしている時、ゼフェルだけまだだったのです。
「姫は、17の誕生日に紡錘に指をつかれるだろう。だが、死にはしない。
眠るだけだ。
そして百年の眠りの後、人間の若者による真実の愛の口づけによって目を覚ますだろう」
次の日、国中の糸車が城に運び込まれました。国民全てが進んで、自分達の糸車を差し出したのです。
集められたそれは、すべて粉々に壊され、燃やされました。
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