どこでもゼフェ様はやっぱりゼフェ様(^^;)



それから、暫くの時が過ぎました。

アンジェリークは、周囲の心配をよそに元気にすくすくと育ってゆきました。

そして精霊達もまた、あの呪いの場にいた責任でも感じたのでしょうか?

  それまでは殆ど姿を表さなかったのですが、あれ以来ちょくちょくその姿を宮殿で見かけるようになりました。

そして、その姿は殆どアンジェリーク姫の側で見られたのです。









「アンジェ。マルセル、マ・ル・セ・ル‥‥言ってごらん?」

「まーせる、まーせる♪」

「そうそう」

今日も三人で子供部屋にいます。

ランディとマルセルは、王女の周りに陣取って、一生懸命あやしています。ゼフェルだけは、ちょっと離れた所に座っており、水などを飲んでいます。が、その背中はアンジェを気にしているのがはっきり見て取れます。

「じゃ、アンジェ。今度はランディ。ラ・ン・デ・ィだよ」

「あんでぃ、あんでぃ」

「お利口だね、アンジェは。‥‥ほら、ゼフェルもきてごらんよ」

二人が誘いますが、当のゼフェルは、

「ケッ! 赤ん坊の機嫌取りなんかしてられっかよ」

とけんもほろろ。

ところがアンジェはニコニコしながらはいはいで、ゼフェルの元へ近付いてその背中に体当たりしました。

赤ちゃんの体当たりですから、対した衝撃はありませんが、突然の事でとても驚きました。

「なっ、なんだよっ!」

その怒鳴り声もなんのその。アンジェは、その膝に乗りました。

そして。

「ぜーる、ぜーる♪」

きゃははは。

それこそ天使もかくや、という微笑みを振りまいたのです。

「なっ‥‥!」

その凶悪なまでもかわいらしい笑みに精霊達はノックアウト寸前です。

「すごいや‥! 教えてないのにゼフェルの名前、言ったね」

「なんかずるいなぁ」

マルセル達がうらやましそうな顔をします。

ゼフェルも顔が緩みそうなのを一生懸命我慢し、わざと仏頂面をつくってアンジェを抱き上げました。

「笑って誤魔化しても駄目だかんな」

その顔を、姫君は御機嫌な様子でぺちぺちと叩きます。

「このっ‥‥」

その時。

一瞬、ゼフェルの身体がふらっと倒れそうになりました。

「ゼフェルッ!!」

慌ててランディが、身体を支えます。

「‥‥わりぃ‥‥」

額に手を当て、ふるふると頭を振るゼフェル。気のせいか、顔も青く見えます。

「大丈夫か?」

心配げなランディに手をあげて答えますが、どうみても大丈夫なようには見えません。

「‥‥寝不足かな? 俺、帰って寝るわ」

そう言うとゼフェルは、アンジェをマルセルに手渡すと、独り窓の外へと消えました。









「本当に大丈夫かなぁ?」

残されたランディとマルセルは顔を見合わせます。

「‥‥気づいてる? ランディ」

突然マルセルが、ぼそっと呟きました。

「ん? 何だい?」

「あれからゼフェルの調子が悪い事」

「”あれから”?」






きょととん?






そんな感じでランディが聞き返します。

「アンジェに贈り物をあげてからっ!! 

‥‥もしかしたら精霊としての『力』を使い過ぎちゃったのかもしれない‥‥。あのオリヴィエって、格好はともかく魔力だけは物凄くあるんだもの。

それを打ち消すってきっと物凄く『力』を使うことだよ」

その言葉を聞いて考え込んでたランディ。

「なぁ、マルセル‥‥『力』を使い過ぎるとどうなるんだっけ?」

マルセルは、膝に乗ってきたアンジェリークを抱き上げ、両手を繋ぎ、あやします。






「‥‥『力』は『命』。僕達精霊がその『力』を使い果たせば‥‥‥‥どうなるんだろうね」

「『何』にもなれず、消えてしまうかもな」

それは、冷たい風を室内に吹き込みました。

















アンジェリークは、どんどん成長していき、とても可愛い女の子になっていきました。金色のふわふわの巻き毛。雪よりも白い肌。リンゴのような頬。極上の宝石のようなぱっちりとした瞳。‥‥そう、まるで夢のように‥‥。そして 王女でありながら、決して驕り高ぶらず、聞くべき事にはきちんと耳を傾け、甘言には耳を貸さず、賢く育っていきました。

そしてアンジェリークが生まれてから、国は豊作が続き、雌牛もよく乳を出し、豊かに潤ってゆきました。

贈り物は、確実に力を表していったのです。











そして‥‥‥確実にゼフェルの力は弱まっていったのです。











それでも、マルセルとランディが城を訪ねる時は、必ずゼフェルも一緒に訪れました。

毎年の誕生日には、絶対訪ねてきました。

それは、国の人々を安心させる為。

そして何より、アンジェリークの顔を見る為、安心させる為に。

たとえその後数日、寝所から起き上がれなくなろうとも、それだけは欠かしませんでした。

そんなゼフェルにアンジェリークは、とてもよく懐きました。

姿を見れば、まとわりつきました。

『うざってーよ!』といいつつ、ゼフェルもそんなアンジェリークを可愛がりました。









一歳‥‥五歳‥‥‥十歳‥‥‥十五歳。

アンジェリークは、美しく賢く成長していきました。













そして。













とうとうその年が来てしまいました。

アンジェリークが17才になる年が。

アンジェはすっかり綺麗な少女になっていました。その美しさは近隣諸国に鳴り響き、縁談も降るように持ち込まれました。

けれど、事情が事情なだけに、どれ一つとしてまとまりませんでした。いえ、まとめませんでした。

『その日が過ぎるまで』

全ての事は、それが合い言葉でした。

そしてその日は、もう明日へと迫っていました。















---前夜の宴。

ゼフェルは、城で一番高い塔の屋根の上にいました。

最近、前にも増して体調が悪く、人間の『気』の中にいるのが辛かったのです。

只その身を清冽な夜の空気に晒したく、ようやく探し当てた場所でした。

(そんな思いをするならば来なければいいのに)

と思うのですがアンジェリークが悲しい顔をすると思うだけで居ても立ってもいられなくなるのです。









やっと気分が直って来たその時。

目の前に広がる景色に目を向けます。漆黒の闇の中にポツンポツンと灯りが見えます。

その時。

足下の方にある屋根へのたった一つの入り口----窓から『カタッ』という音がしました。

驚いて目を向けると、何やら金色の光がきょろきょろ動いています。

「‥‥‥客、ほっといっといていいのかよ?」

その声に、弾かれたようにこちらを見た顔は、紛れもなく下の宴の主人公・アンジェリーク姫でした。

「ゼフェル様、急にいなくなるんですもの。探しにきちゃいました」

ペロッと舌を出して悪戯っぽそうに笑う少女。

そんな彼女に”くっ”と喉の奥だけで笑うゼフェル。

「‥‥そっちに行ってもいいですか?」

そう聞くと少女は答えも聞かずに、窓の桟に足をかけました。

「おいおいっ!!」







『あぶねーぞっ!』と声をかける前に、その身体はひょいっと持ち上がり、ドレスの長い裾が翻ったかと思うと、あっという間にゼフェルの横に来てました。

「‥‥‥しんじらんねー王女様だな」

半分呆れたように半分嬉しそうに呟きます。

「私、結構身が軽いんですよ」

少し自慢げに言うその姿は、本当にただの少女でした。

「なに‥‥見てたんですか?」







アンジェリークは、ゼフェルの体調の事については一切知らされてませんでした。それに、それを感じさせるような行動もゼフェルは一切アンジェリークの前では、どんなに辛くてもしませんでした。

その為、ここに来たのは純粋に何かを見る為だと思っているアンジェリーク。







「‥‥街の灯りを見ていた」

「灯り?」

ああ、とゼフェルは答えます。

「あの灯り一つ一つに人間がいるんだなぁって」

「そうですね」

嬉しそうに言うアンジェリーク。

「‥‥私、この国が好きです」

「なんだ? 突然」

顔を見るとにっこり微笑む少女。

「みんな仲良しで、風も緑も優しくて、小さいけれど他のどんな国にも負けない良い国だと思うんです。‥‥それに精霊の皆様が守って下さってるし‥‥。

この国に生まれて良かったなぁって、今、下の街の灯りを見たらしみじみ思っちゃって」

「‥‥年寄りくせー奴」

「うふふ。そうですね」

吹き抜けてゆく風は、優しく二人を包みます。

虫の音も微かに聞こえてきました。











「‥‥なぁ」

「はい?」

暫く無言でその身を、安らかな沈黙に晒していたゼフェルが、ぽつんと口を開きました。

「俺の力って、必要なものか?」

「‥‥え?」

ぽつんと呟くゼフェルに、驚いて目を向けます。

「‥‥そんなっ、ゼフェル様! 鍬がなければ畑が耕せないし、鎌がなければ収穫も時間がかかって時期を逃してしまいます。馬車がなければ早く移動出来ないし、荷車がなければ重い荷物を一杯運べません!

必要に決まってるじゃないですか!」

「この国ではな」

間発入れず答えます。

「え?」

「他のもっと大きな国では、それが大地を荒らしたり、人に害するものもある。あの灯りみたいにいいものばかりじゃない。‥‥‥やっぱり俺がいなくなるのって結構いいことなのかもな‥‥」





大きな力を使い、多分これから消える運命。

それはしょうがないと思う。ましてやこの少女を守る為なら、もう一度同じ場面になってもやっぱり躊躇わず力を使うだろう。





‥‥存在してからずっと思っていた。

なんで俺はここにいるのだろうかと。

他の奴らと違って俺の力は、自然とは対極にあるもの。

自然を破滅に追いやる可能性のある唯一の存在。

‥‥破壊の使者。









パチンッ!









「!」

いきなり生じた頬の熱さにゼフェルは目を丸くしました。

その目の前には、その瞳を真っ赤にして‥‥怒っているアンジェリークがいました。

「莫迦な事、言わないで下さいっ!!」

声も半分裏返っています。

「それはゼフェル様が悪い訳じゃありませんっ。私達、人間達が力の使い方を間違えただけです。それをゼフェル様が気に病む事ないです。ゼフェル様は、道具で皆が怪我をしないよう、ちゃんと守ってて下さってます。

だから、いつもみたいに『莫迦やってんじゃねーよ!』って笑い飛ばして下さいっ! ‥‥いなくなった方がいいなんて言わないで下さい‥‥‥」

最後は小さな言葉。

「アンジェ‥‥」







「‥‥‥すいません。ぶっちゃったりして。‥‥戻ります」

アンジェは手の甲でぐいっと眼を擦ると、とんっと屋根から降りようとしました。

その手を思わず引き止めてしまったゼフェル。

「‥‥ゼフェル様?」

でも、訝しげなアンジェにただ口をぱくぱくさせるだけです。

暫くして、ようやく出てきた言葉は。

「‥‥守ってやるから」

「え?」







それはいきなりの言葉で。







「‥‥それはどういう‥…」

「いいからっ! ‥‥いなくなるとはもう言わねぇ。ただ、絶対、守ってやる」

うっすら頬を赤くしながら言うその台詞は、ただそれだけでとても暖かくて。

「はいっ」

アンジェは、にっこり笑って返事を返してました。

「‥‥もう、戻れよ。客がまってんぞ」

「はい。それじゃ、失礼しますね」

ドレスの裾を翻し、アンジェリークは桟を乗り越えていきました。

その背後から、

「いいか! 明日はぜってー変なもんに触るなっ! 今まで見た事の無いものにはぜってー触るなっっ!!

どんな事があっても触るんじゃねーぞっっっ!!!」


‥‥‥国中に響きわたるような声が響いていました。











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