これはアン・ディアナがうまれるずっと前の出来事です。
「う、ううう・・・」
その日、オスカー様はいつもより重い頭を抱えて起きました。
(なんで、こんなに頭が重いんだ?)
考えても、重い頭はそんな考え事には向かず、ぐるぐる回るだけ。
仕方ないので、オスカー様はひとつ頭を振るとそのままシャワールームへ直行しました。
冷たい水でも浴びれば、と思ったのです。
パジャマを脱ぎ捨て、シャワールームに入るとコックを捻りました。
冷たい水が頭を冷やしてゆきます。それにともなって、段々頭がはっきりしてきました。
(確か夕べはあいつらに誘われて・・・)
昨日は珍しく年中組が集まり飲み会を開いたのです。
気のおけない人たちばかりなのでとても楽しい会だったのは良く覚えてます。
が。
見た目と同じ、酒に強く騒ぎまくるオリヴィエ様。
見た目とは違い、これまた、水のように強い酒をくいくい喉に滑らせ、それでいてまったく顔に出ないリュミエール様。
つい、つられて大酒を飲んでしまったオスカー様でした。
あ、オスカー様の名誉の為に言っておきますが、決してオスカー様がお酒に弱い訳ではありません。
オスカー様の飲んだ量を考えると『頭が重い』だけで済んでるのは殆ど驚異です。
(夕べは確か・・・)
最初は普通に飲んでました。それぞれ秘蔵の酒を持ち寄り、味わいながらじっくり。
それがどうも妖しくなって来たのは、夜半を過ぎた頃から。
酒もかなり入り、自制心もかなり危なくなってきた頃です。
「・・・で、どうなのよ?」
「何が」
最初はオリヴィエ様でした。オスカー様にすり寄ってき、にやにやしながら問いかけます。
「や〜ねぇ〜、恍けちゃって。アンジェよ、ア・ン・ジェ♪」
オスカー様が金の髪の女王候補アンジェリークに気持ちを伝えたのが約一年前。アンジェリークはそれを受け止め、女王補佐官としてこの聖地に留まりました。
二人は聖地公認の恋人同士です。(まあ、公認と言えども邪魔をする人は絶えませんが・・・(笑))
その間、また女王試験が行われたりといろいろ忙しかったのですが、その試験もアンジェリーク・コレットがなんと14歳も年上のヴィクトールと恋仲になり辞退という衝撃的結末を迎えました。
「アンジェリークがオスカーと・・・というのも驚きましたが、今回の事はもっと驚きましたね」
「あったりまえよ! こういうの『とんびに油揚げ』っていうのよ。
・・・でも、ヴィクトールもやるわよねぇ。聖地を去ってすぐコレット家へプロポーズに行ったらしいじゃない?」
「素早いですねぇ」
「で? おたくらは何処らへんまで進んでるのかなぁ?」
酔っ払いに理屈は通じません。
どうもそこらへんからオスカー様の記憶は曖昧になってきてる様です。
(なぜかそこから、やけに飲まされたんだよなぁ)
冷えきった身体を暖めようと、今度は温度をあげてシャワーを浴びます。
(・・・でも、なにか重大な事を忘れているような気がするぞ)
そうです。さっきからゆうべのことを一生懸命思い出そうとしてるのはその事です。
ずっと考えていたとっても大切な事がなにかあったような気がするのです。
「なんだったか・・・」
バスローブを着、頭をタオルで拭いながら私室に戻ったオスカー様。
ふと、その目がカレンダーにとまりました。
「あ!」
そうです。思い出しました。
今日は最愛の恋人・アンジェリークの誕生日だったのです。
「しまったっ!!」
時計を見るとすでに八時半を回ってます。
オスカー様は慌てて着替えはじめました。
そう、このアンジェリークの誕生日、オスカー様はある事を計画してたのです。
それは。
プロポーズ。
もちろん最初から将来の事は考えてました。だけど、当時アンジェリークは17歳。高校生です。
せめて世間的に卒業する18歳までは待とうと決心していたオスカー様でした。
その証拠にあのオスカー様がキス以上は、まったく手を出してないのです。
なのに。記念すべき日になった筈なのに。
練りに練った計画がしょっぱなから挫折しまくりです。
なんとか九時前に宮殿に滑り込んだオスカー様はなぜか女王からの呼び出しを受け、女王宮にはいりました。
一刻も早く恋人を捕まえたい彼にとってそれは千載一遇のチャンス。
アンジェリークは女王補佐官です。この時間は女王の執務の補佐をしている筈です。
「失礼します、陛下。炎の守護聖・オスカー、お呼びとあり、参上しました」
いつもより二割増しで格好をつけ敬礼をして、見上げると・・・そこにいたのはロザリア陛下のみ。
いつもその横で微笑んでるアンジェリークの姿はありません。
「御苦労さま。今日呼び出したのは他でもありません・・・」
ロザリア陛下はにっこり笑うと話しはじめました。
でも。
それは取り留めない世間話。守護聖として何の関係もない話です。
「あの〜、陛下。失礼ですが女王補佐官殿は?」
話が一時間を過ぎ、流石の忠誠心もすり減りました。これ以上聞く気はまったくありません。
不敬罪とかいわれても構わん!という気持ちです。
「え? アンジェリーク? え〜と・・・」
目が何処かに泳いでます。
これは何か変です。
「陛下、お話はそれだけですね。失礼させて頂いてよろしいでしょうか?」
ロザリア陛下は、アンジェリークこそが女王に相応しいとおもい、それを邪魔したオスカー様の事をまだ許してません。
て、ことは。
誕生日を一緒に過ごさせまいと何か企んでもおかしくありません。
「え、ええ」
氷のように蒼く光る瞳の前ではでまかせは通じません。
「それと、もう一度お尋ねします。アンジェリークは何処に行ったのでしょう」
「・・・ゼフェルとランディとマルセルが用事があるって呼びにきたわ」
悔しそうにいうので、きっとこれはでまかせではない筈。
オスカー様は、女王宮を出、お子さま組を探し始めました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
推理通りと言うか案の定と言おうか、年少組はそれぞれの執務室にはいませんでした。
あとは・・・。
オスカー様は宮殿裏庭に回りました。
いくら天真爛漫(?)な三人とはいえ、就業中に宮殿外に抜け出すとは思えません。
三人が集まり、あまり目立たないところ・・・と言う事で裏庭。
裏庭に近付くと聞き慣れた声がします。
オスカー様の推理は当たってました。
三人は頭を揃え、なにかやっている様です。
「やあ、ぼうや達。アンジェリークをしらないか?」
「オスカー様! ・・・ぼうやじゃありません!」
「なんだぁ? おっさん、なんか用か?」
ランディだけはきっちり礼を返します。
「どうしたんです、オスカー様?」
「いや、お前達がアンジェリークを呼びつけたと陛下から聞いたものだから」
でも、見回してもアンジェリークらしき人影は見当たりません。
「アンジェリーク? もうとっくに帰ったぜ」
「そうか・・・」
どうやら行き違いになった様です。
「わかった、じゃあな」
「ちょっと、待てよ」
何故かゼフェルが引き止めます。
「今日アンジェリークが誕生日ってもちろん知ってるよな?」
「ああ、当たり前だ。とびきりのプレゼントを送るつもりだぜ」
「やっぱな・・・」
ゼフェルは目配せを二人に送ります。それに気付いた時には。
「おわっ! お前ら、何のつもりだ!!」
マルセルとランディがオスカー様を羽交い締めしました。
普段だったら絶対こんな事は、ありません。でも、不意をつかれたのが災いしました。
「俺達、あんたにプレゼントがあるんだ」
ゼフェルはなにやら怪し気な機械を取り出し、固定されてるオスカー様の足に取り付けました。
もちろん抵抗はしましたが、それはなんなく付けられてしまい。
「いいぜ」
その一言でランディ達の手は離されました。
が。
「わわっ、なんだ、これは?!」
オスカー様の身体は地面につくことが出来ず、ふわふわと漂い始めました。
「どうだ。俺の造った『PWEX-3W-FX』の使い心地は。
計算ばっちしだから、この聖地にあるどの高さの建物、木より高く飛ぶぜ」
「ゼフェルっっ!! 御託はいいから降ろせっ!!」
「やだね。そのまま今日一日飛んでな。明日になったら降ろしてやるよ」
「ランディ! マルセルっ!」
「すいません、オスカー様。でも今日一日だけですから」
「本当にごめんなさいっ! でもアンジェリークに会わせる訳にはいかないんです」
そのまま、オスカー様は空中旅行へ出発となってしまいました・・・。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「くそっ! あいつら、覚えてろよ」
年少組から変な機械を付けられて、約二時間後。
時刻はお昼近くを指してました。
オスカー様は、森の湖のほとりにある『見晴らしの木』の上にいました。
ゼフェル様の計算は確かに正確でした。オスカー様はここまでどこの木にも建物にも掴まる事が出来ず、漂うだけ。唯一の救いは誰も頭上に注意しないことでした。
ただ。
さしもの器用の守護聖にも盲点はありました。
聖地の外れにあるこの木の成長速度を考えにいれなかったこと。
なんとか『見晴しの木』のてっぺんを掴む事の出来たオスカー様なのでした。
機械を外し、梢の細い枝を注意しつつどうにか降りてきた時、
「? なにやってんの」
あんまり見つかりたくない人の声がしました。
「・・・オリヴィエ」
「あんたが木登り趣味だったなんて初耳だわ☆」
「意外な一面見られて感激したろう」
よっと。
なんとか地面に降り立つ事が出来ました。
「夕べはどうも。楽しかったわぁ♪」
「こちらこそ」
「でも、本当にこんなところでなにしてんの?」
「いや、アンジェリークを探しててな」
「・・・アンジェリークが木の上にいるって誰に聞いたの?」
「う、うるさいな」
あまりそこら辺は追求されたくありません。話題を代えましょう。
「アンジェリークを知らないか?」
「アンジェ? アンジェだったらさっきルヴァのところに行くって言ってたわよ」
「そうか、すまない」
簡単にあしらい、ルヴァの元に行こうとした時。
「う、うわあぁああぁ!!」
ドッポ〜ン!!