一番長い日




とりあえず私邸に戻り、着替えることにしました。折角、一世一代のプロポーズです。
状況は完璧にしなくてはオスカー様のプライドが許しません。


スーツ、というのもちょっとあざといしな・・・う〜ん、どうするべきか?
暫く考えた後、手にしたのは黒のシルクシャツと黒のズボン。
前に『オスカー様って黒が良くお似合いですね。』とアンジェが言っていたのを思い出したのです。
 シャワーも改めて浴びたし、服装も完璧。
「もういないかもしれんが・・・」
それでも先ほどのオリヴィエ様の言葉以外手がかりはありません。
気持ちを引き締めてオスカー様はルヴァ様の執務室へと歩き始めました。
時計は昼を回ってました。


「オスカー」
その途中、後ろから急に呼び止められました。この声は・・・。
「あ、ジュリアス様」
敬愛すべき上司の姿です。何故か青筋がたっています。
「そなた、朝から姿が見えないと思ったらその姿はなんだ」
「え?」
「まったくまだ仕事時間だと言うのに何処ぞへでも遊びに行くつもりであったか」
「あの、ジュリアス様・・・?」
「丁度よい。近ごろのそなたの女王補佐官に対する態度も目にあまっていたところだ。
今日はとことん言わさせてもらおう。私の執務室まで一緒に来るのだ!」
・・・どうやら今日は厄日らしい・・・・。
そんな思いがオスカー様の頭をぐるぐる回ります。




オスカー様が解放されたのはそれから二時間程たってからでした。その間、ずうっとお説教です。
いい加減頭が痛くなってきました。
でも。
アンジェリークを探さなくてはなりません。
オスカー様はともすれば尽きそうになる気力を振り絞ってルヴァ様の執務室へ向かいました。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


執務室のドアをノックするといつものように間延びした返事が返ってきます。
「はい〜、どなたですか〜」
「俺だ」
「おや、オスカー」
どうやらルヴァ様は本棚整理の真っ最中のようです。高い本棚に取り付けてある梯子の上で作業中です。
「忙しいところ、すまないがアンジェリークを知らないか?」
「え〜? 何ですって〜?」
下からの声は良く届かないらしい。
仕方なくオスカー様は梯子の真下に行って話し掛けました。
「アンジェリークは、ここに来なかったか?」
「アンジェですか〜。さっきまで手伝ってくれてましたが〜、クラヴィスのところに用があると、今し方、向かいましたよ〜」
「ちっ!」
どうやらまた行き違いになったようです。
「邪魔して悪かったな」
「あ〜、オスカ〜」
「なんだ?」
行きかけて呼び止められ、ルヴァ様の方を向くと見えたのは。


本。


「あ〜、危ないですよ〜」
そんなルヴァ様の穏やかな声が分厚い本に頭を直撃されたオスカー様の耳に届いたのは、もう意識が薄れかける寸前でした・・・。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


オスカー様が気付いたのは随分たってから。
窓から見える景色がオレンジ色に縁取られるように見えます。
オスカー様は焦りました。今日この日にプロポーズをする事に意味が在るのです。
それなのにこのままじゃ今日中に恋人に会う事も叶わなくなるかも知れません。
それに誕生日をすっぽかされたアンジェリークがどんなに悲しむかと思うと、いてもたってもいられなくなってしまいました。
しきりに休んでいくように勧めるルヴァをなんとか振りきり、クラヴィス様の執務室へと向かいました。


相変わらず、その部屋は薄闇と静けさで満ちてました。
そこにはクラヴィス様と、そしてリュミエール様がいました。
「・・・オスカーか、どうした?」
「これは・・・夕べはどうも」
ゆったりとした曲と穏やかな香の薫り。
「お忙しいところ、失礼します、クラヴィス様。女王補佐官殿はおいでですか?」
「アンジェリーク・・・? いや、ここにはいないぞ」
「そうですか」
だとすると、もう女王宮の方へ戻ったのかも知れないな。
「わかりました。それじゃ、失礼いたします」
「おや? オスカー、どうしたんです。その頭は」
ふと、リュミエール様がオスカー様の頭の瘤に気付きました。
「あ、ああ。ルヴァのところの本が当たってな」
「・・・顔色も良くないようだが」
「御心配ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」
「いや・・・休んでゆくがよい」
「いや、平気で・・・!」
その瞬間、オスカー様は闇のサクリアに包まれました。急激に抗い難い眠気が襲ってきます。
「リュミエール・・・子守唄でも奏でてやれ・・・」
「はい」
薄れ行くオスカー様の意識。
その中で聞こえて来たのは。
「これでアンジェリークを守る事が出来ましたね」
「ああ・・・皆もよくやったようだな・・・」


そうか、そうだったのか!
やっとオスカー様は合点がいきました。


陛下の無駄話もお子さま組の怪しい機械もオリヴィエの足もジュリアス様のお説教もルヴァの本もぜ〜んぶ俺の計画をぶち壊す為のわざとだったのか!!


どうやら夕べ、酔いにつられて今日の計画を漏らしてしまったようです。
日頃から何かと二人の仲を邪魔したがる同僚達。結婚なんかされたらもう永遠に自分達のチャンスはこない。
それゆえの今日の行動だったのです。
でも、今頃気付いても遅いです。
オスカー様は、混沌の中に飲み込まれてゆきました・・・。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


気付いたのは自分の執務室でした。
すでに部屋は暗く、時計の針は今日の日付が後一時間で終わる事を告げています。
オスカー様は重くけだるい身体を起こし、部屋を出ました。
宮殿に人の気配は在りません。
そのまま、帰路につきます。
途中アンジェリークの部屋の真下を通りましたが、もう電気は消えてます。
こんな遅くまで起きてる筈ありません。
折角の計画が台無しです。
妙なところ妙にシャイなオスカー様。こんなイベントでもなければプロポーズなんて出来ないのです。
胸ポケットの手を入れ、用意したものを取り出しました。
ダイヤの冷たい輝きが月に映え、一層悲し気に煌めいて見えます。


「綺麗ですね」
突然、声がしました。それも今、オスカー様が一番聞きたい声。
「アンジェリーク!」
私邸の玄関で金色の髪を月光に煌めかせながら、アンジェリークがそこに立ってました。
「オスカー様・・・」
何が言いたかったか、オスカー様はすっかり分からなくなってしまいました。
ただ、そこに今日一番見たかった笑顔がある。


次の瞬間、アンジェリークはオスカー様の腕に抱き締められてました。
「オスカー様、く、くるし・・・」
アンジェリークから悲鳴があがるまでその力は緩められる事はありませんでした。
「あ、すまん」
慌てて離すと、少女は大きく息を吸いました。
「オスカー様、今日が何の日かわかってます?」
甘えと責める響きが入り交じった声。
「もちろん。今日はずっとお嬢ちゃんを探してたんだ」
「ほんとう?」
「ああ」
そう言うとオスカー様は少女の華奢な左手を取ると、さっきまで切ない気持ちで見ていた指輪をそっと薬指に嵌めました。
さっきまでとは違い、暖かな光を発してるように見えます。
「! オスカー様、これ」
ダイヤモンドの指輪の意味を察し、問いかけようとする恋人の唇を。


Kiss


「俺の花嫁になってくれ」
本当はもっと洒落た文句を考えていました。
でも、すっかり頭から消え去ってます。
ただただオスカー様は自分の気持ちだけしか告げられませんでした。
アンジェリークは黙ってます。
(炎の守護聖の名が泣いてるぜ)
自嘲気味に思います。
強さを司る守護聖がたかだか一人の女性の反応をびくびくしながら待っているのです。


その時。
少女の白い頬を真珠のようなものが滑り落ちました。
「ア、アンジェリーク・・・?」
それは止まることなくほろほろ、ほろほろ滑り落ちてゆきます。
「嫌だったか・・・?」
おそるおそる聞くオスカー様に頭がブンブン横に振られます。
「・・・嬉しくて・・・」
涙につまり、やっとそう絞り出したアンジェリークはオスカー様に抱きつきました。
「・・・オスカー様って、不思議。いつも私の一番欲しいものをくれるの」
暖かく柔らかな恋人の身体をもう一度抱き締めました。
「一生・・・愛してる・・・俺のアンジェリーク・・・」


これから色々な事があるでしょう。
またきっと他の守護聖様に邪魔される事もあるでしょう。
でも。
アンジェリークとなら。
オスカー様とだったら。
きっと、幸せに生きてゆける。


そしてその想いは現実になるのです。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ちょっと、アン。待って! パジャマ、ちゃんと着なさい!」
「いやだも〜ん♪」
お風呂上がりの愛娘をなんとか捉まえようとするアンジェリーク。でも、お姫様はちょこまか動いてなかなか掴まりません。
「おっと」
その時、遅れて風呂場から出てきたオスカー様にアン・ディアナがぶつかりました。
「あ、オスカー様。そのまま、捕まえといて!」
「いや〜、パパ、放してよ〜!」
身をくねらせる娘をひょいと抱き上げます。
「だめだ。ちゃんとパジャマ着ないと裸んぼで恥ずかしいぞ」
「ほい、つかまえた」
その後は手早いです。ぱぱっとパジャマを着させ終わったアンジェリークは、ほっとため息をつきました。
「まったく、アンてば・・・このままじゃ私、所帯やつれしちゃうわ」
そんなことを言って肩をとんとん叩く妻に唇が寄せられます。
「お嬢ちゃんは、何をしてても最高だ」
「オスカー様ったら・・・」
微笑みが近付き、甘いkiss-----


「ちょっと、オスカー、いる?!」

い〜いところで玄関口からの大声。
「また、お邪魔するわよ〜♪ 明日は休みだからねぇ、とことん飲むわよぉ☆」
「マルセルんとこからぶんどってきた秘蔵酒があんだ。一杯いこーぜ」
「ああぁ、ゼフェル〜、あんまり飲まないで下さいね〜」
「あんたもごちゃごちゃ煩いねぇ」
さっきまでのほんわかしたムードはどこへやら。
一挙に三倍は騒がしくなります。
「あいつら、またきやがったな!」
その顔は苦虫をまとめて百匹噛み潰したようなしかめっ面。


「ここは寄り合い場所じゃないと言ってるのに、完っ全にわざとだな」


足音荒く玄関に向かうオスカー様を、アンジェリークはくすくす笑いながら見送り、
それをアン・ディアナが追いこしてゆきます。


「わぁ〜い♪ みなさん、いらっしゃいませ!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


オスカー様の長い日は、こうして幕を閉じました。
でも、オスカー様?
世間一般の長い日って言うのは『娘が結婚相手を連れてくる日』ですよ?
アン・ディアナがお婿さんを連れてくる日。
その日はどうなるんでしょうね?



おしまい♪




あとがきらしきもの

これはチェリィ様500hitの記念のお話です。でも、『家庭の事情』シリーズを御所望されたのでこれになりました。
と言う訳でup場所も『図書館』に。
『赤ちゃんがうまれる前、結婚式か新婚かで』というリクエストは見事それより前の時期になってしまいました(汗)
『邪魔しまくる守護聖様』だけがリクエスト通り・・・え?まだ、生温い?(笑)
チェリィ様のサイトにも普通バージョン(?)で載せてもらいました(わーい♪)



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