うさぎ王子






なんだか気掛かりな夢で俺は眼を覚ました。
眩しい光が差し込む執務室。時刻は三時を回った頃。
いわゆる昼寝だ。
俺は、机の上で伸びをした。結構、この机の上っていうのが日当たりいいんだよな。
夕べは、ルヴァんところで本の整理を手伝ったんで寝不足だったんだ。
こんなところ、あいつに見つかったらやべーよなー‥‥。
そう思いつつ、眼を擦ると‥‥‥ふわふわとした手触り。

ん?

寝ぼけ眼で手を見る。やけに白くて掌のところだけやけにピンク。
それに、何故か周りの家具が大きく感じられる。

なんだぁ?

ぱちぱちと瞬き。
改めて手を見る。
「なんだ、これっ!!」
それは真っ白いフワフワとした毛に覆われていて、てのひらは‥‥‥ピンクの肉球。ぷよぷよした手触り。
慌てて全身見回すと全て腕と同じ、真っ白な毛に覆われてて。
窓に何やら映ってる。
目を凝らすとそれは‥‥‥一匹の動物が俺の執務机の上にいるのが見えた。
恐る恐る左手を上げてみる。信じたくないことに、その動物も左前足を上げた。
手を振ると動物も手を振る。
もしや‥‥まさか‥‥でも‥‥‥。
動悸と共に長い耳がぴょこぴょこ動くのが見える。
俺は、覚悟を決めて手を頭にやった。



‥‥‥‥ついてる‥‥‥‥‥‥。



確かになが〜くてふわふわして暖かい何かが頭についてる。


なんで・・・なんで??
なんで、俺、『うさぎ』になんかなってんだーっ!!



いくら聖地がへんなところだといったって、いくら守護聖が世の中の時の理から外れてるからと言ったって---なんで、なんで、『うさぎ』になんかになるんだぁぁぁぁ!!!



『‥おい』



昨日の・・いや、今朝の食べ合わせが悪かったとか?



『‥‥おいってば』



ルヴァんとこで何か変なもの触ったとか?



『話し掛けてんだろっ! いい加減こっち向かんかぁ!!』



ゲシッッッ!!!


必死に何が原因か考えてる脳みそに、いきなり衝撃がきた。
「いてっ! ‥‥なにしやがるっ‥‥‥う?!」
怒鳴り声と共に振り向いた途端、情けないことに俺の意識はとんずらしかけた。



カエル。



そこにいたのは、俺と同じくらいのカエルだったのだ。いや、同じくらいと言っても、さっきから俺はうさぎ程度の大きさになっているが、それでもカエルとしたら少し‥‥いや、かなりでかい。
そのでかいカエルがよりにもよってこちらを向いて、俺を足蹴にした上にしゃべった‥‥‥。
いやいやいや。鋼の守護聖ゼフェルともあろうものがそんなものに驚いちゃいけない。
何度となく薄れそうになる意識を叱咤して、カエルに向かい合った。
「なんだ、お前」
『やっと、話を聞く気になったな、ケケケ』
笑うと見える赤い口。あまり気色のいいものでもない。
『どうだ。別な生き物に変えられる気持ちは?』
え? それはどういう‥‥‥って、ああっ!
「てめーか! 俺をこんなふうにしたのはっ!」
怒鳴り付けたが、相手は全然びびらねぇ。それどころか。
『お前が最初に俺を莫迦にしたのがいけないんだ』


・・・反論されてしまった。


「‥‥んだと?」
『覚えてないのか? い〜い頭だな。‥‥夕べ、お前が言ったろう。俺の本読んで』



本‥‥本、本、本・・・・・
本ってことはルヴァんとこで、そこでカエルの話って・・・・。
ああ〜〜〜〜〜!!



『思い出したようだな』


そう、思い出した。
カエルに変えられた王子の話。最後にお姫さんのキスで元に戻れるんだが。


『お前、確かあの時こう言ったよな。”姫さん以外誰も王子だって気が付かなかったって、こいつの王子としての気品や教養、徳とかがまったく誰にも通じない程、お粗末だったってことじゃねーか”ってな』


言った、確かにそう言った。


『さぞかしお前は、守護聖としての気品、教養、徳なんかがあるんだろうなぁ。どんな恰好してても直ぐに自分だって分かってもらえるくらいの。だったら、見せてもらおうじゃないか』


ケケケ、とまた笑った。


『誰かがお前だってわかったら、元に戻れる。それだけだ。ま、ちょっとした嫌がらせだな』
そういうなり、カエルはピョコンっと机から飛んで、下に降りた。
慌てて、俺も後を追う。冗談じゃねー、誰が俺を分かるっていうんだ! 自分でも今、目を疑ったってーのに。
そのまま、カエルはピョコタンピョコタンと跳ねてゆき、
『じゃあな、健闘を祈るぜ。まっ、お前みたいに気品、教養、徳が溢れているらしい奴なら、きっとあっと言う間に元に戻れんだろうけどな』
駄目押しにケケケと笑った。
捕まえようと飛びついた途端、そいつはフッと扉に消えた。
代わりに。


バシッッッ!!


俺の飛びついた鼻先はそのままドアに勢いよくぶつかった・・・。



”‥ってぇっっーーーーー!!”
ああ、鼻を押さえた筈の手がふわふわなのが悲しい。
しょうがないので、そのまま座り込んだ。
あの話では、カエルは王女のキスで元の王子に戻れた。ってことは、俺も王女が鍵なのかな…?
と、するとこの聖地でもっとも王女に近いのは・・・ロザリア陛下・・・だろうな。
だが、女王にこの格好で会える筈がない。いっくら『常識外れ』で有名な俺だってわかることだ。
大体どうやらさっきから人間の言葉が喋れてない気がするし。
あとは・・・やっぱりアンジェリークだろうか?



アンジェリーク。
最近なったばかりの女王補佐官。
女王候補生だった頃は、元気で、でも泣き虫でいっつもジュリアスに怒られて部屋で隠れて泣いてるような奴だった。気になってよく連れ出してやったりしたんだが、補佐官になった途端、『ディア様みたいになるのっ!』って握りこぶし怒り肩状態にはいりやがって、今では毎日のように俺んとこきちゃ、『しっかりお仕事して下さいっ!』って説教たれる。
確かに前補佐官のディアは優秀だった。こんなに癖のある守護聖共をまとめてたんだもんな。それに憧れる気持ちは分からなくはないが・・・いい加減気づけ。元が違う。
あの---俺が言うのも変だけど---美・優・賢を兼ね備えながらそれでいて女性の丸み・・・母性を感じさせる女性って言うのは滅多にいない。それは、幼い頃からの努力とかが必要で、いきなり『なりたい』と思ってなれるもんじゃねーと何度言ったらわかるのかね、あいつは。


ああ、話がそれてしまった。
でもなー、あいつにこんなところ見られるっていうのもな・・・。





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