俺が悩んでるそんな時。

ドンッッ!!

考え込んでる俺の頭に、また衝撃が来た。
”・・・ってぇっっっっ!!”
扉の側で考えていたのが、まずかったらしい。ドアをいきなり開けた奴がいる。


”誰だっっ!!”
振り返って見上げると遥か上空に落ち着いた灰色の瞳と見慣れたターバン頭が見える。
ルヴァだ。
「おや〜? 誰もいないんですかね〜。ゼフェルに用があったんですけどね〜」
いつもと同じ間延びした声。だが今日は、逆に俺を落ち着かせてくれた。
そうだ、もしかしてルヴァなら俺が分かるかもしれねー。
知恵の守護聖だし、なんてったって(あんま認めたくねーが)俺の教育係だもんな!


俺は一縷の望みを託し、ルヴァの長い裾にすがりついた。
”ルヴァ、おい、ルヴァってばっ!”
その引っぱりに気がついて、ルヴァの目が俺に向けられる。
「おや〜、なんでこんなところにうさぎが〜?」
ええい! うさぎはわかっとる! とっとと気付かんかいっ!
必死に裾を引っ掻いてると、ルヴァが俺を抱き上げた。
「何でゼフェルの執務室にうさぎがいるんでしょうね〜?」
灰色の瞳が真正面に来る。まじまじと見られてるのがわかる。
”おい、ルヴァ。俺だ、ゼフェルだ。気付いてくれよ〜っ!”


「ゼフェルはいない・・・で、この部屋には、うさぎがいて・・・・」
ルヴァがこれ程、頼りに見えたことは一度もない。

「もしやっ! このうさぎはゼフェル・・・・」

そうだよ、ルヴァ。やっぱりあんたは頼りになるっ。

「‥の飼いうさぎでしょうかね〜」


ガクッ!


・・・期待が大きかった分、反動も大きかった・・・。


・・・いいよ、あんたに期待した俺が莫迦だったよ。大体分かる筈ねーんだ。


「ああっ、どうしたんですか、一体〜!」
急に仰け反った俺を心配したのだろう。慌てて、俺をしっかり抱くと窓際のベンチまで行った。そしてそこに座ると膝の上に俺を置いて、優しく背中を撫でてくれた。
「そうですか〜、ゼフェルがね〜。うんうん、これはいい事ですね〜」
ひとりにこにこするルヴァ。何がそんなに嬉しんだか。
「いや〜、でもいい手触りですね〜。うんうん」
ゆっくり背中を上下する手は、確かに気持ちよく、さっきまでの落胆も何処かへいってしまうくらいだった。
そうだよな、もしルヴァが山羊や亀に変えられてたって俺に判る筈ねーもんな‥‥。
その優しい動きに少し眠気を感じはじめた頃。
「‥‥あなたがゼフェルのうさぎだとしたら、お願いがあるんですけどね〜」
お願い? 俺に?
俺は、驚いてこのボケ青年を見上げた。
この天然ボケの男が、誰かにお願いするところはよく見るが、まさかうさぎにお願いする程ボケてるとは思わなかったぜ。
まぁ、いいや。なんだよ、俺で出来る事なら聞いてやるよ。日頃迷惑かけてるしな。


髭をピクピクしながら聞き耳をたてるうさぎに、聞く気がある事が分かったのだろう。ルヴァは更ににっこり笑うとゆっくり話しはじめた。
「え〜、お願いと言っても大した事はないんですけどね〜、でも、あなたにしか出来ない事なんですよ〜」
じれってーな。前置きはいいから、ちゃっちゃと言っちゃってくんねーかな。
「実はですね、ゼフェルのことなんですけど・・・」
え? 俺の事?
「‥‥あの子は、見かけ乱暴そうで、言葉使いも悪いんですが悪い子じゃないんですよ〜。あれは全部私達が悪いせいなんですからね〜。本当は心の優しいいい子なんです」
な、なんだよ、いきなり?
「ですから〜、あの子があなたを飼おうと思ったなら、それはいい徴候だと思うんですよね〜。これをきっかけに優しい心をあらわす事に慣れてくれれば、あの子も聖地でもっと暮らし易くなると思うんですよ〜」
ルヴァ・・・。
「ですから〜、ゼフェルをよろしくお願いしますね〜。優しい気持ちで見守ってやって下さいね〜。きっと、あなたのいい飼い主になると思いますから〜」


そういって俺の顔を見つめるルヴァの顔はマジだった。


……っくよ〜、俺はうさぎに見守られなきゃならない程、あんたにとって心配な奴かよ? 俺にしてみりゃ、前に比べたら格段に落ち着いたと思うんだけどな。
……わかったよ。わかりました。
これからは、あんたに(なるべく)迷惑かけないよーにすんぜ。ま、『絶対』って言う約束は出来ねーが、努力してみんぜ?


ちょっと頭をすり寄せてみる。それをルヴァは掌でそっと包み込んで、撫でてくれた。
「分かってくれたようですね〜。うんうん‥お願いしますよ〜」


穏やかな時間だった。
なんかもう、うさぎでいようが何でいようがかんけーねーや、って思う程。
それをぶち破ったのは、急に起こった外のざわめき。
「おや〜? どうしたんでしょうね〜」
ルヴァが俺を抱いたまま、窓際に立つ。
窓向うでは、聞き慣れた声‥‥ありゃ、オスカーとマルセルだ。


「あ、オスカー様、こんにちは」
「よう、ボウヤ。奇遇だな」
ムッ。
「ボウヤじゃありませんって何度言ったら判るんですか!」
「そういう事で怒るっていうのが、ボウヤの証拠さ」
相変わらずな会話だ。ぜってー、あれはオスカーがマルセルをからかう為に繰り返す会話だと思うんだが、毎度毎度ひっかかるマルセルもマルセルだぜ。


「おや〜、オスカーとマルセルですね〜」
ルヴァは窓辺に俺を置いた。
外では、まだ会話が続いてる。
「オスカー様、その袋の中身はなんですか? なんか動いてますけど?」
「ああ、これは‥‥‥だ。今日、ジュリアス様と‥‥りに行ってな。今日の戦利品だ」
「えーーっっ! それ、どうするんですか?!」
なんか会話が遠くて、ところどころ聞き取れねー。マルセルのかん高い声だけはよく聞こえるが、オスカーの声は特に聞き取り難い。
「‥‥に決まってんだろ。旨いぞ、あ‥らがのってて」
「酷いよっ!」
あん? 何マルセルは怒ってんだ?
もっとはっきり聞きたくて、窓ガラスに近付き、張り付いた‥が。


キィィィィ‥‥‥‥。

次の瞬間、俺は空中に投げ出された。

しまったぁぁぁぁぁ! 窓に鍵掛けとくの忘れたぁぁぁぁ!

窓ガラスに手をついた拍子に、窓が開いて、支えを失った俺の身体はそのまま落下したのだ。
ちくしょーーーー、今日は厄日だぁぁぁぁ!!





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