のっけからなんですが、ヴィクトール様のお仕事は、王立派遣軍の軍人です。
いろんな星のいろんな国や人たちの為に働いています。おまけに将軍位なんてもらっているから、ほんとに忙しくて忙しくて。
だから。
「父さまのばか〜! なんで今日来なかったのさぁ! 今日は運動会だったんだぞ! ぼく、かけっこで一等賞とったのにぃ」
「すまんっ!」
どうやら今日はJrの幼稚園--スモルニィ学院幼稚部--の運動会だったらしいです。
「急に仕事がはいってな、それで」
「いつもいつも、そうじゃないか。このあいだ、ゆうえんちにいくってやくそくも、キャッチボールおしえてくれるってやくそくもぜ〜んぶお仕事だって。そんないそがしいお仕事ってなんなんだよ!」
「え・・・っと」
ちょっと答えにつまるヴィクトール様。
「ほら、言えないじゃないか。もういいよ、父さまなんて大っ嫌いだぁ〜!」
「あっ、ジュニア!」
とめる手を振り切ってJrは二階に駈けていってしまいました。
「・・・ふ〜」
目一杯傷付いたという顔をした夫に妻がそっとコーヒーを差し出しました。
「ああ、ありがとう」
「あとでちゃんといってきかせますから」
「いや、いいんだ。本当に俺が悪かったんだから」
熱く濃いコーヒーを一口飲むとそういって更にため息をつくヴィクトール様。
「ジュニアにきちんとヴィクトール様のお仕事がどんなものか教えた方がいいと思いますけど」
ついでとばかりアンジェリークが提案を出します。なぜかヴィクトール様はJr.に自分の仕事がなにかは教えてないのです。
「いや、まだいい」
「どうしてですか?」
「なんのかんのといったって軍人なんて殺風景な商売だ。子供の純粋な心には必要のない言葉だからな。
『ぼくの父さんは軍人です』なんてジュニアに言わせたくないんだ。もう少し世の中が分かってきてから、な」
そう話すヴィクトール様はそれでもまだやっぱり傷付いた顔をしているのでアンジェリークはちょっと心配でした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「いい、ジュニア。お父様に会ったらきちんと仲直りするのよ?」
アンジェリークはJr.にきちんと言ってきかせます。だって・・・。
「ジュニアがあれから口きいてくれないから、お父様、とってもがっかりして折角取りに来た着替え、忘れていっちゃったんだから」
「だって、とうさまがうそついたんだよ? だからぼく、父さまとケンカしてるの」
「だからって・・・」
「ケンカしてる時は、口きいちゃいけないんだよ。母さま、しらないの?」
この頑固なとこは、やっぱりヴィクトール様似かしら?なんてしみじみ思うアンジェリークでした。
「で、母さま。どこへ行くの?」
「お父様の着替えを届けに行くのよ」
「ふ〜ん」
まあ、軍の施設て言っても指令本部だから、お役所みたいできっとJr.にはどこだか分からないわよね。
とりあえずアンジェリークは、Jr.と二人、手を繋いで歩いてゆきます。
王立派遣軍主星指令本部はとても大きいです。なんてったって宇宙すべてに派遣されてる軍関係の総元締なのですから。
ですから勝手に入って、勝手にヴィクトール様を探すなんて出来ません。
アンジェリークは取りあえず、総合受付に向かいました。
「すいません、ヴィクトール・ガーテの家のものですが・・・」
「はい、それじゃ、軍籍番号を・・・って、アンジェリーク様!」
「あら、カスパーさん」
なんという偶然でしょう。受付にいたのは、前にヴィクトール様直属の警備兵をしていた人でした。
「おひさしぶりです」
彼の顔は喜びに輝いてます。
実は、アンジェリークの人気は軍でもとても高いのです。あの将軍がもらった奥様というだけでも注目なのに、おまけに14才も年下で清楚で可憐で優しくて・・・まさに『お嫁さんにしたい女性No.1!(派遣軍情報部調べ)』(笑)なのですから。
アンジェリークはちょっと彼とおしゃべりしました。もちろん彼は優先的にヴィクトール様の所属部署に連絡をとってくれました。
ほんとに、ちょっとの時間だったのです。
「? ジュニア?」
気付くと息子の姿がありません。
「ジュニア! どこにいるの?」
返事も,もちろんありません。ほんとに影も形もなくなっていました。
「ジュニア!!」
Jr.君は退屈してました。やたら天井の高い大きな建物に母さまと一緒にはいったのですが、母さまは知らない男の人と話し出してしまったのです。
ここには、絵本もないし、もちろん、おもちゃもありません。
退屈です。
すご〜く退屈です。
そんな元気な身体を持て余してるJr.君の耳に微かに興味深い音が聞こえてきました。
音と言うより声・・・犬の鳴き声です。
Jr.君は、母さまをもう一回みました。まだ、お話してます。
ちょっとの間くらいならいいかもしれません。
Jr.君ははじめそっと・・・続いて一生懸命、音の発生源に向かって走り出していました。
そこは軍用犬の飼育場でした。丁度、出産シーズンらしく可愛らしい子犬がいっぱい居ます。
白やぶち、黒や薄茶色。Jr.の髪の色とそっくりな焦げ茶色の毛並みの犬もいます。
「うっわ〜♪」
それを見た途端、Jr.の頭から母さまと一緒にお使いに来たことなんてきれ〜いに吹き飛びました。
元気よく子犬の集団の中に飛び込んでいってしまったのです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なんだ? おめー」
どれ位、時間がたったのでしょう。
ふいにJr.は、転げ回って遊んでた中から襟首を掴まれ持ち上げられました。
「同じような色してるから、とりわけ発育のいい犬かと思ったら人間じゃねぇか」
それはJr.からみたら大きい---世間からみたらけっして大きくはない青年でした。
「おい、ぼうず。どっから来た」
サングラスの奥から紅い---母さまが持ってる紅い宝石よりもっと紅い瞳がJr.を捕らえます。
かなり鋭い視線でしたがJr.はまったく怯えません。
そりゃ、そうでしょう。もっと迫力のある人が身近にいるんですから。
「おにいさん、だあれ?」
「誰でもいいじゃねぇか。質問に答えろ。ここはおめーみたいなぼうずがいる場所じゃねぇだろ?
親はどうした、親は」
「おや?」
「・・・『おかあさん』か『おとうさん』はどこにいるんだ」
その時、やっとJr.の脳裏に母さまの事が浮かびました。
「え・・・っと、さっきお話してた」
「どこで?」
「あっち」
指差す方は沢山建物が密集してます。すでにどこから来たのか、Jr.も分からなくなってました。
お兄さんは、ひとつため息をつき、
「おめー、迷子か?」
「ぼく、まいごじゃないもん。母さまがまいごなんだよ!」
4才児のプライド。迷子なんて赤ちゃんがなるものだ。
「そうか、お袋がまいごか」
なにが楽しいのかお兄さんはニヤッと笑い、Jr.の頭をクシャクシャっとなでくりまわしました。
「なんとなくおめーが誰だかわかけるどさ、一応名前ってもんをきいてやるぜ。名前は?」
「じゅにあ!」
「やっぱりな。・・・しかたねぇ、親父のところへつれてってやるよ」
「おやじ?」
「『おとうさん』のところだ。きっとアンジェリークが心配してるぜ」
「父さま・・・?」
その時、Jr.の頭に昨日の事がよぎりました。
「やだっっ!! 父さまなんかに会わないぞっ!」
何時の間にか繋がれてた手を振りほどきます。
「会わねぇって・・・何、喧嘩でもしたのか?」
興味津々なルビーの瞳はしゃがみ込み、子供に視線を合わせました。
「よかったら話してみろよ。親父の悪口、きいてやらぁ」
「父さまは、ぼくのこと、わすれてんだ。ぼくよりお仕事が大事なんだ。父さまは・・・」
Jr.は息もつかず、一気に昨日のことを話しました。それをお兄さんはいかにもおもしろそうに聞いてます。
「で?」
「だから、ぼく、昨日から口きいてないんだ」
「そいつぁ・・・。しっかし、おもしれーよな、あのおっさんにそんな弱味があるなんてよ。
でもよ、ジュニア。おめー、親父の仕事、しってんのか?」
「? ううん、しらない」
「そっか・・・」
口元に手を当て、考え込むお兄さん。
「よしっ! やっぱりこれから親父んとこ、いこーぜ。いいもん、見させてやっからよ」
「ええ〜! やだよ〜!」
「つべこべいうんじゃねぇ! いいから来るんだ」
お兄さんは、Jr.をひょいっと抱き上げると、スタスタと建物に向かって歩き始めました。
「よ〜し、いいか? いいっていうまで声、出すんじゃねぇーぞ」
やたらただっぴろい廊下をあっちへ曲がったり、こっちを昇ったりし、Jr.が連れてこられたのは、また大きな扉の前でした。
お兄さんは、なにやら扉をあけるコンソールの前でごそごそしてましたが、ふいにドアをあけました。
フシュ〜ン・・・。
それはいつもの音の数分の一で開き、そして中の人でそれに気付いた人は誰も居ませんでした。
なかはとても騒がしいです。みんなざわざわと一生懸命になにか作業をしています。
「都市B-1地区、壊滅状態。さらに進行してます!」
『圧倒的な医療物資不足です。近隣の星系にも予備がありませんっ!!』
「都市主要部から応援の要請が来ていますっ!」
あちこちからあがる悲鳴にも似た声に答える声もありません。
ん?・・・いいえ。
その時、Jr.の耳に聞き慣れた落ち着いた声が響きました。
「第七部隊、十三部隊、十四部隊装備レベルAで、至急、惑星『オルミア』に派遣。その内、第七部隊を主要部へ。後は民間人の保護優先で派遣だ」
「医療物資等は?」
「宇宙ステーション『アルグリテ』と惑星『ルファンデ』に余剰物質がかなりあった筈だ。そっちをまわすんだ」
中央で指示を出す男性・・・それは、Jr.が今まで見たことない程引き締まった顔をしたヴィクトール様でした。
ヴィクトール様は部屋のあちこちであがる悲痛な声に的確で迅速な指示を出してゆきます。
「いいか。連絡を保ち続けるんだ。せめて、先発部隊が到着するまで」
「はい!」
その様子をJr.はぼーっと見ていました。だって、あまりにいつもの父さまとは違うんですもの。
「・・・ど〜だ。親父、かっこいいだろ?」
お兄さんがニヤッと顔を覗き込みます。
「・・・うん」
「おめーの親父は偉いんだぜ。いろんな困ってる人を助けてる。それが親父の仕事だ。
自分の命に変えても他人の幸せを守ろうって奴だ。時々は、それが度を過ぎちまうこともある。
でもな、おめーの事を忘れてるわけじゃないんだぜ。おめーのこともお袋のこともしっかり想ってるぜ」
にっこり笑い、またもや頭をクシャクシャっとなでくりまわしました。
「だから仲直りしてやんな。ついでにさっき思ったことも言ってやるときっと喜ぶぜ」
「だれだ!!」
やっと侵入者に気付いたようです。あっという間に二人の周りに剣呑な視線がまとわりつきます。
でも青年は、まったく落ち着いています。
「よう、大層な出迎えだな、おっさん」
サングラスを外し、その手をヴィクトール様にひょいっとあげて挨拶します。
「ゼッ・・・、これはお珍しい・・・」
ヴィクトール様の口から青年の名が出そうになったようですが、なぜかすんでで止めます。
「なぜ、ここへ?」
「今やってるそれ。都市中枢コンピューターの暴走だろ。てめえらだけじゃ手におえねぇだろうからってさ、わざわざ来てやったんだぜ。・・・土産付きでな」
その手は、ふっとJr.を持ち上げます。
「ジュ、ジュニア!」
さっきまでの引き締まった顔は、どこへやら。あっという間に取り乱した顔になります。
「アンジェリークが迷子になったらしいぜ」
ヴィクトール様に近付き、楽しそうに笑って、腕の中のジュニアを渡します。
「よお、ジュニア。さっきのこと、ちゃんと親父に言ってやれよ」
「うん♪」
なにがなんだかわからないヴィクトール様はパニック寸前。どうみても、それはさっきの人と同一人物には思えません。
でも。
ジュニアの胸には、さっきの格好良かったヴィクトール様がしっかり焼き付いてます。
ぎゅっと首根っこにしがみつきます。
「父さま?」
「う、なんだ?」
「父さま、大好き!」
おしまい♪
あとがき
書いてる途中でなんか路線がおかしな方向へ・・・もっとギャグっぽくする筈でしたのに。
う〜ん、敗因はやっぱり途中ででてきたあの人(笑)でしょうか?
なんかほのぼので終わってしまいました。
おと〜さんはこどもを愛してるんだぞ〜ってことだけ(笑)
これだけじゃ物足りない方、
いつもの蛇足のおまけにどうぞ(笑)