8月8日(金)

クールマイユール1224m・フェレの谷(Val Ferret)
         フェレ峠2537mエレナ小屋2061mへハイキング

クールマイユール→(バス)→アルヌーヴァ(Arp Nouvaz)→エレナ小屋→フェレ峠→エレナ小屋→
アルヌーヴァ(Arp Nouvaz)→(バス)→クールマイユール
クールマイユール泊A・ペンションヴェネチア

この日のハイキングは、クールマイユールからフェレの谷を入って、*ツールドモンブランのコースにもなっているコースを、スイスとの国境フェレ峠まで行って、戻るコース。

4807mのモンブランを主峰とするフランス・イタリア・スイスにまたがるモンブラン山群の山麓を歩いて一周出来るようにつけられているハイキングコース。7つの谷と数々の峠を越えていくこのコースは、全行程を歩くと、6日〜8日かかる。通常は、バスなどの乗り物も使いながら5日間くらいで歩く。1998年にシャモニーを訪れ、モンブラン山群のハイキングを楽しんだ時にもバルムのコル周辺の(1998年バルム峠のページへ)このツールドモンブランのコースの部であるコースを歩いた。)

まずは、クールマイユールからからフェレの谷をバスの終点のアルヌーヴァまで行く。バスの車窓からは、ドーム・ド・ロシュツォール(Dome de Rochefort 4016m )やグランド・ジョラス(Grdes Jorasses 4208m) が、眺められる。

アルヌーヴァから車も通れるような道を少し進み、駐車場のようになっているところから、登り始めた。しばらく登ってその後は、水平にエレナ小屋まで向かった。
しばらく登ってから気が付いたのだけれど、私たちが登り始めたところから登るのではなくて、そのまま車も通れるような広い道をエレナ小屋まで行くコースもあって、他のハイカーはほとんどこちらのコースを歩いていた。その道よりも高いところを歩いている私たちから、広い道を行く大勢のハイカーがよく見えた。
この道を、マウンテンバイクで登る人やベビーカーを押して登る人もいた。私たちも、帰りはこの道で下ってきた。

エレナ小屋(Rif. Elena 2061m)の目の前は、プレ・ド・バー氷河(Gracier de Pre de Bar)。


エレナ小屋(Rif. Elena 2061m)前のテラスで、プレ・ド・バー氷河(Gracier de Pre de Bar)

 
急登の途中からエレナ小屋を下に見る   フェレ峠のマウンテンバイク


ここからは、急登がフェレ峠まで続いた。急登が緩やかになってフェレ峠に到着。
イタリア・スイスの国境になっているフェレ峠からは、イタリア・スイス両側の展望がいい。
スイスの山並みもよく見渡せた。

 
イタリア・スイスの国境になっているフェレ峠

ツールドモンブランのコースは、ここからスイス側のフーリー(La Fouly)まで下っていく。
私たちは、来た道を戻る。

のだが、

ちょっと、欲を出して、同じ道を戻るのはつまらない。
クールマイユールでもらった、ハイキングマップには、フェレ峠から国境稜線をそのまま少しすすんで、Tete de Ferretを巻いて、そこから下っていく道もあるようなのでその道をすすむことにした。

途中まではよかったのだけれど、
これが結構大変だった。

途中から、狭い尾根を急降下になり、落ちるかと思った。
何とか下り、エレナ小屋まで下るつもりが、エレナ小屋よりも下に下ってしまい、最後にエレナ小屋までまた、登り返すことになってしまった。
ほっと、エレナ小屋に着き、ここからの下りは私たちが登りには通ってこなかった例の広い道なので、ビールなど飲んで休憩をしてしまった。


クールマイユールの泊・宿ペンションヴェネチアのトラブル

ハイキングを終え、クールマイユールの泊・宿ペンションヴェネチアに戻り部屋の洗面台を使おうとすると、洗面台下に敷かれているマットがぬれている。
(宿の人がお掃除の時きちんと拭かなかったからかな?)
と、思い仕方ないので、トイレットペーパーで拭き取った。
でも、しばらくするとまた、マットがぬれてくる。
洗面台の下をよく見ると、排水管から水漏れを起こしていた。
このままにしておくと、部屋が、水浸しになってしまうし、天井づたいに下の部屋にも水漏れを起こしてしまうことにもなると思い、宿の人に言うことにした。

宿の奥さんは、英語が分からない、でも何とか身振り手振りも加えて、説明をして部屋まで上がってきてもらった。
すると、とにかく「メカニカ」に来てもらわなくてはならないから、それまでは、部屋の洗面台は使うな。」と言う。
共同の洗面所があるからそこを使うように言われた。
シャワーをすませ共同の洗面所で洗濯もすませていると、その「メカニカ」がやってきた。
この時はとりあえず、様子を見に来たようで、明日、道具や材料を持ってきて、ちゃんと直すと言う。
この日の夜と次の日の朝は、部屋の洗面台が使えず少し不便だった。

洗面台の件は見通しがついたので、この日はレストランに食事しに出かけた。
夕食をして、ちょっと回ってしまったワインの酔いを夕風に醒ませて、デザートにジェラートを食べ、部屋に戻ると、
今度は、部屋の電気がつかない。
どうやら、電球が切れてしまったらしい。
これも、英語が分からない宿の奥さんに、何とか身振り手振りも加えて、説明をして部屋まで上がってきてもらって、新しい電球に取り替えてもらった。

すると、今度は、相棒のベッドサイドの電気がつかない。
これも、英語が分からない宿の奥さんに、何とか身振り手振りも加えて、説明をして部屋まで上がってきてもらって、新しい電球に取り替えてもらおうとしたが、
こちらの電球は買い置きがないので明日になると言う。

たまたま、だけれど、いろいろありました。
宿の奥さんは、変な日本人を泊めたからいろいろ起こった、なんて思わなかったかな、と心配になってしまった。

次の日、ハイキングから戻ると、私たちが昼間出かけている間に洗面台の水漏れは「メカニカ」が直し、ベッドサイドの電球も新しい物に取り替えられていた。

が、

もう一つあった。

この日、私たちがハイキングから帰り、部屋に戻るとき、
部屋ではないが、私たちの部屋のある階の階段を上ったところに置いてあった、鉢植えが風で倒れて、鉢の土が廊下にこぼれてしまっていたのだった。
これは、この日風が強かったので、開いていた窓からの風がカーテンをかまい、それで、鉢植えを倒したものと思われるが、

これも、英語が分からない宿の奥さんに、何とか身振り手振りも加えて、説明をして上まで上がってきてもらって、片づけをしてもらった。
けれども、英語が分からない宿の奥さんは、風が鉢植えを倒したのではなくて、私たちが倒してしまったと、勘違いしなかっただろうかと、ちょっと心配になった。