ホワイトクリスマスの贈り物


大澤 唱二

 もうすぐクリスマス。
 街のあちこちで、もみの木(もちろん偽物だろうけれど)が華やかに飾られているのを目にする。イルミネーションもきれい。ガラスには、サンタクロースやトナカイの絵が描かれていたりする。サンタクロースの格好をした人が、一生懸命宣伝をして、お客さんを呼んだりしている。そして、この札幌の街は、既に白い雪に覆われて、例年通り、一面銀世界でクリスマスを迎えることになる。これを「ホワイトクリスマス」と呼ぶなら、札幌では「ブラッククリスマス」の方が希だ。けれども、やはり「ホワイトクリスマス」の方が素敵に思える。わたしが東京の人間だからかしら。当日、雪が降っていてくれれば一番良い。いくら「ホワイトクリスマス」と言っても、排気ガスで汚れたホワイトでは、ムードぶちこわしだ。
 なんて色々想像を巡らせてみるけれど、わたしみたいな貧乏学生に、クリスマスなんて関係ないわね。わたしは一人暮らしで、ボーイフレンドもいるわけではないので、ケーキを一緒に食べる相手もいない。友達は、彼氏と素敵な一夜を過ごすんですって。わたしはキリスト教徒でもないから、一人でお祝いしてケーキを食べたって、太るだけ。寂しいから、そんなことはしないと決めている。みんなが幸せそうにしているのを横で見ているのだって、十分悲しいのだけれど。ああ、クリスマスなんてなければいいのに。
 あ、今、いいことに気がついた。カレンダーを見ていたのだけれど、クリスマスイヴが来る前に、さっさと実家に帰ってしまえるのだ。今年の冬休みは、行事予定表では十二月二十五日からなのだけれど、カレンダーをよく見てみると、その前に土曜、日曜、その日曜が天皇誕生日で、月曜がその振り替え休日。実質、二十二日からなのだ。間抜けなやつだと思われるかもしれないけれど、たった今気付いた。全く、不親切な予定表だ。だったら二十二日から休みだと書いてくれればいいのに。
 クリスマスイヴ、本当は素敵なボーイフレンドと過ごしたいけれど、いないのだからしかたがない。家族と過ごせれば、それで十分。

 今日は、スーツケースを買いに札幌駅までいった。海外旅行をするわけではなくて、さっき書いたように、帰省するためである。荷物を色々想定してみたら、結構たくさん持っていくことになりそうなのだ。二十二日には東京に向かう予定で、帰るのも大学が始まる直前にするつもりなので、勉強道具を少し持っていきたい。向こうは札幌ほど寒くないだろうから、コートを着るほどのこともないだろう、代わりに何か薄手の上着が欲しい……、という具合に考えてみたら、結構荷物が多くなりそうなのである。
 札幌駅の辺りは、とても華やかである。クリスマスの飾りがきらきら輝いている。「ジングルベル」が流れて、カップルがたくさんいて。もうとっくに日が暮れているのだけれど、そんなことおかまいなし、むしろ暗くなってからの方が本番とばかりに、華やかに、にぎやかに彩られている。もみの木(おそらく実際は松だろう)、それを飾るネオン、色とりどりのモール、サンタクロース、トナカイ……。豪華絢爛、といった様子である。
 ま、わたしには、縁のないことなんだけど。まったく、ため息が出ちゃう。わたしの心の中にあるはずの明るさが、全部街の飾りとして吸い出されてしまったんじゃないかしら。
 地下街で、適当なスーツケースを選んで、購入。中くらいのやつで、色はピンクにした。地下街のきれいな床の上を転がすと、滑るようにするすると進む。荷物を入れたら、こうは行かないんだろうなぁ。
 さて、それから外へ出て、歩いて家へ向かう。本当は地下鉄を使えば早いんだけど、片道二百円はちょっと高い。雪の上でも、軽いスーツケースはすいすい進む。助かるわ。荷物を入れたときもこうだといいんだけれど。
 今日も雪が降っていて、視界をさえぎる。駅前を離れると、もうクリスマス気分どころではなくて、家からぼんやり漏れてくる窓明かりが時々気分を紛らしてくれるだけである。それも、降っている雪のせいで、とても弱々しく見える。なんだかわたし、遭難しているみたい。足を一歩前に出すのにすごく体力を使う感じがする。顔が、特に口のまわりが、雪があたって冷たい。指先が、手袋をしていても、冷えてくる。時々、手袋から手を出して、はぁー、っと息を吹きかける。ピンク色のスーツケースだけが、勝手にすいすい進んでいる。スーツケースに引っ張られているみたいだ。地下鉄を使えば良かったかしら……。

 雪が降る中に、ぼんやり明かりが見えてきた。赤や緑や黄色が入り交じってぴかぴか光っている。また、豪華なクリスマス飾りかしら。そんなの、わたし、余計憂鬱になるだけだから、やめて欲しいわ。でも、通り道なので仕方なくその光が漏れてくる窓の前を通った。
 わぁ。
 わたしは、思わず声を漏らした。その窓から見えたのは、やはりクリスマス飾りには違いなかったが、駅前のきらびやかなものとは全然違った。駅前のが貴族のクリスマスだとすれば、こっちは私たち庶民のクリスマスだ。質素で、ささやかで、でも、明るくて暖かい。こぢんまりとした部屋に、大小様々なクリスマスリース、それも華美でなく、素朴で柔らかい感じのものが飾られていて、その下でとりどりの色の電球がちかちか光っていた。その奥にはカウンターがあって、どうやら喫茶店になっているらしい。入り口を見ると「ふうせんかずら」と書かれた看板が掛かっていた。お店には、店員さんらしい人以外は誰もいない。よし、ちょっと入ってみよう、という気になった。
 扉を一つ開けて、それから、もう一度奥の扉を開ける。からから、という音がした。スーツケースも、上手く滑り込ませた。
「いらっしゃいませ」
 女性の店員さんの、落ち着いた柔らかい声が聞こえる。わたしは、手も顔も冷たくて、疲れていたので、とりあえずカウンターの椅子に座った。
「いらっしゃいませ」
 ともう一度いいながら、お水を出してくれた。
「ご旅行ですか?」
 と店員さん。いえ、どうやらこのお店はこの人の個人経営みたいだから、マスターと呼んだ方がいいのだろうか。
「あ、いえ、実家に帰るために、スーツケースを買ってきたんです」
 一口、水を飲んでから、
「ここ、素敵な喫茶店ですね。クリスマスリースが綺麗で、思わず入っちゃいました」
「ありがとうございます」
 と、ちょっと恥ずかしそうにマスター。
「ここ、喫茶店だけじゃなくて、器も扱っているんですよ。ほら、あそこの棚の。それから、クリスマスリースも、実は売っているんです。もしよろしかったら、お一つどうぞ」
 へー、と思いながら、お店の窓の方を見る。確かに、椅子はカウンターにしかなくて、これでは喫茶店だけではやっていけないだろう。コーヒーを頼んで、リースや器を見に行く。お店の雰囲気全体がそうなのだけれど、器も、和風な感じがする。木の葉の形をかたどっていたり、面白い形の器が多い。クリスマスリースも自然の素材を多く使っていて、お店の雰囲気に意外と合う。クリスマスリースの値札が本物の木の葉だったのが、何とも心憎い配慮である。
 コーヒーが来たみたいなので、カウンターに戻ってコーヒーをすする。うん、美味しい。
 ふと視線を前にやると、なにやら、所々に袋みたいなののついた植物の干したものが、和紙を背景に飾られていた。女性マスターに聞いてみた。
「これ、何ですか?」
「これは、ふうせんかずら、っていう植物なんですよ。ほら、いくつか風船みたいのがついているでしょう」
 そう言うとマスターはカウンターの奥の棚にいって、何かを取り出して、わたしにくれた。
「これ、ふうせんかずらの種。花言葉は『ふくらむ夢』なんですって。」
 小さな、まん丸のものが、袋に入っていた。黒の地に、白くハート形の模様がある。ふふ、かわいい。ふくらむ夢。素敵な花言葉。
「わぁ、ありがとうございます。一足早い、クリスマスプレゼントね」
 この喫茶店のコーヒーは、とても美味しかった。やっぱり地下鉄で帰らなくてよかった。

 さて、このあと、わたしはこのお店のおかげで、札幌で、素敵なホワイトクリスマスを迎えることになるのだけれど、それは、また別のお話。「ふうせんかずら」はわたしにとって、素敵なクリスマスプレゼントだった。
 これを読んで下さった皆さんにも、素敵なクリスマスが訪れますように……。

(『ホワイトクリスマスの贈り物』 終)
 

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