吾輩は子猫である
大澤唱二

 
 吾輩は子猫である。名前はまだない。しかし、ただの子猫ではない。猫の神様からとある人間の元に行き、その人間を助け、守るよう仰せつかって人間界に降りてきたのである。
 
 まずはこの世とあの世の仕組みから説明せねばなるまい。
 輪廻転生というのは、あれは本当である。ただし、人の命は人に生まれ変わるし、猫は猫に生まれ変わる。たまに例外もあるが、それが大原則だ。
 人と猫との関係が深いことは、読者諸君もご存じのことと思う。人間の歴史が始まって以来、猫は常に人のそばにいた。時には神として奉られることもあった。現代でも、癒しブームに乗ってたくさんの猫が人に飼われている。一方、野良猫にとっても、人間の都市という場所は、雨をしのげる場所もあるし、人間の食べ残しをあちこちでちょうだいできるし、生きていくには最高の場所なのである。ただ、車というやつだけが、やっかいだが。
 このように我々猫族の繁栄は人間に寄るところが大きいので、我々猫の神様はたいそう人間に感謝しておられる。だから、時々、特別な使命を持たせて我々を下界に降ろすことがあるのだ。吾輩も今回、とある人間を守れという使命を帯びて下界に降りてきたというわけだ。
 とは言っても、このような「使命」はもちろん、前世の記憶など魂として持っている記憶は、下界で体を持った時点でいったん消去される。体が記憶したことのみが記憶であり、体を失って初めて、魂にその記憶が刻み込まれ、魂として成長していくのである。
 正直なところ、「使命」を帯びて下界に降りるのは、吾輩は苦手である。
 猫神様からは、「とある人間を守れ」としか言われない。希に体にも魂の記憶が残ってしまうことがあるから、先入観を持たせないためにそうしていると聞いている。しかし、守るべき人間が誰なのかわからない以上、出会えるかどうかはかなり運任せだ。ある程度近づくところまでは、人の神様と猫の神様がセッティングしてくれる。しかし、特に最近は人の方が猫に関心を示さなくなり、何も起こらずに素通りされることもある。そうして死んで魂の記憶が戻った時の絶望感といったらない。何のために生まれ、苦しみ、死んだのか。魂の存在そのものさえ否定されたようで、気が滅入る。あるいは、せっかく出会えても、人間もストレスがたまっているのだろう、主となった人が猫を虐待することもある。癒しブームの一方で、それはつまり人間の心が荒んできていることを示しているのだろう。人によっては猫を猫かわいがりするが、人によっては猫を紙袋に詰め込んで蹴飛ばすようなことを本当にするようだ。後者のような輩でも、猫神様から守れと言われたからには守らなくてはいけない。それはそれで、やっていられない。
 そういうことを考えただけでも気が重いし、面倒だと思う。何者にも縛られず、ふらふらとすることの方が、猫らしい猫生でいいと思う。もちろん、先述の通り、そんな気持ちも下界に降りた時点で何もわからなくなっているのだが。
 
 吾輩が下界に誕生してまもなく、吾輩の母猫が死んだ。病気だったようだ。これもまた、猫の世界ではままあることだ。
 しかし、新しい体で自由もきかず、ただミイミイ鳴いていることしかできなかった吾輩は途方に暮れた。エサを自分で獲ることもまだできないのである。悪いことに、夜になって雨まで降り出した。
 とにかく雨風をしのげるところを探さなくては。
 思うように動かぬ体を懸命にじたばたさせて、なんとか人間の建物の中に潜り込んだ。どこをどう移動したのかなんて、当然わからない。気がつくと、広い部屋に大きな部屋にいた。そこには、なにやら鉄の足の上に木か何かの板が乗っかっているのやら、金属のパイプでもう少し複雑に組まれた物体やらがたくさんある部屋にいた。魂としての記憶が戻った今だからわかるが、あれは机といすというものだ。人間が座って、何か書いたり、仕事をするためのものだ。それがたくさんあったということは、あそこは人間が集まって何かするところだったのである。
 吾輩が入り込んだ時には、そこには誰もいなかった。だから部屋も暖められていなかったが、外とは比べものにならない。ブルブルッと体を小さく震わせて水を落として、部屋の隅っこで丸くなった。そのまますやすやと眠ってしまった。
 
 次第に外が明るくなってきたようだったが、雨は相変わらず降っていた。時々起きて、寝ぼけ眼で周りの様子をうかがっては、また眠った。
 突如、ギイッという音がして、誰かが入ってきた。人間だ。
 吾輩はびっくりした。今回の猫生で初めて見る人間だった。慌てて見つからないように物陰に隠れた。
 最初は、一人だけだった。何かごそごそやって、すぐに出て行った。
 しかし、しばらくすると、ぞろぞろとたくさん人がやってきた。並んだいすにみんな腰掛けて、これから何かが始まるようだった。
 吾輩は怖かった。恐ろしくて、ミイミイ鳴き始めた。
 が、ほとんどの人間は、吾輩に気がつかなかった。あるいは、鳴き声に気がついていたけれど、面倒ごとに関わるのはごめんだとばかり、気付かぬふりをしていたのかもしれなかった。
 しばらくミイミイ鳴いていると、一人の人間が近づいてきた。吾輩はますます大きな声で(といっても子猫であるからたかがしれているが)鳴いた。何が始まるのか、何をされるのか、恐怖でいっぱいだった。
 と、その人間は、吾輩をすっぽり包むように大きな両手で吾輩を抱きかかえた。
 温かかった。
 今度はその温かさが嬉しくて、今度は小さな声でミイミイ鳴いた。
 吾輩を抱きかかえた人間と、別の人間が、なにやら言い争っている様子が聞こえた。吾輩のことで揉めているのかもしれない。そう考えながらも、人間の手の温かさに安心感を覚えて、また眠ってしまった。
 
 気がつくと、吾輩は毛布の上で寝かされていた。部屋の様子もだいぶ変わっている。さっきの人間が、吾輩が起きたのに気付いて吾輩の頭をなでてくれた。どうやらここは、この人間の部屋らしかった。外はもうだいぶ暗くなっているようだ。部屋には電気がついていた。
 頭をなでられて、吾輩はなんだか温かい気持ちになった。嬉しくて、また、ミイと鳴いた。
 彼は、温かいミルクを皿に入れて持ってきてくれた。母猫の乳を最後に吸ってからどれくらいたつだろう。お腹が空いていたので、ペロペロなめた。体が温まって、おいしかった。お腹がいっぱいになると、また眠り込んでしまった。
 
 どれくらい時間がたったかわからないが、だいぶ夜が更けたようだ。
 目を覚ました吾輩は、小さな体をいっぱいに伸ばし、あくびをした。
 元々我々猫は夜行性である。それに、たくさんお昼寝をしたところで、吾輩はだいぶ元気になって、毛布から立ち上がって人間の部屋をよちよちと歩き始めた。
 突然、ワン、と声がした。
 茶色くて細長い体をした、吾輩の四倍くらいの背の高さのある犬が、興味深げにこちらに寄ってきた。さっきは気付かなかったが、ここには犬もいたのだ。この犬、頭から尻尾まではやたら長い割に、足の先から頭までの高さはそれほどでもない。愛嬌があるといえば愛嬌があるが、不格好とも言えなくもない。けれど、そうした種類の犬なのだろう。猫にだって、いろいろな種類がいるのだ。
 愛嬌があるといっても、相手は吾輩の何倍もの大きさのある犬だ。さすがに吾輩は警戒した。けれど、向こうは別に何ということもない。尻尾を振りながら吾輩のにおいをクンクンかいで、そのうちペロペロとなめてきた。決して怖い相手ではないらしい。吾輩は、また、ミイミイと鳴いた。
 人間が、吾輩と犬君の様子に気付いたようで、心配そうにこちらにやってきた。犬君は彼の方に寄って行ったかと思うと、また吾輩の方に来てクーンと鳴いた。
 彼はその様子に安心したようで、犬君と吾輩とを代わる代わるなでた。
 これが、新しい家族だ。ここが吾輩の居場所だ。そう思った。幸せだと、生まれてきて良かったと、初めて思った。
 猫というやつは実にマイペースだ。寝たい時に寝、出歩きたい時はふらりと出歩く。薄情な動物だと思われがちだ。だが、実際は良いことも悪いことも忘れない。ひどいことをした人間には化けて出ることもあることはご承知かと思うが、良くしてくれた人間のことも、猫なりに見守っているのである。
 吾輩も、犬君のように主に忠実に振る舞うことはできないけれど、吾輩なりのやり方で主を見守ろうと心に決めた。
 
 それから数日は、実に幸せな日々だった。
 主はいろいろ世話をしてくれた。特に排泄のことを心配していたようだったが、幸い吾輩はすでに母猫におしりをなめてもらっていて、自分で排泄できるようになっていたから問題なかった。
 彼は、人間の常で、昼間は出かけていたが、夜になると帰ってきて、目一杯吾輩をかわいがってくれた。
 犬君とも仲良くやっていた。吾輩を子どもとでも思ったのか、しきりに毛繕いをしてくれたり、遊んでくれたりした。吾輩もすっかり甘えて、じゃれついたりしていた。
 三人、いや、一人と二匹の生活は、順調だった。
 
 しかし、その幸せの日々は、突然崩れた。
 吾輩は病気になってしまった。
 魂としての記憶の戻った今だからわかるが、子猫にはこうしたことがままある。一見元気そうなのだが、実は病気が潜伏していて、突然症状が出る。多くの子猫が、こうしたことで命を落とす。特に吾輩の場合、生まれてまもなく母猫が死に、雨の中をお腹を空かせてさまよっていたのだから、そういうことがあってもおかしくはなかった。
 もちろん、その時の吾輩にそんなことがわかるはずもない。ただ苦しくて、ミイと鳴く元気もなかった。荒く息をして、寝込んでいるだけだった。犬君が心配そうに鼻を近づけ、時々なめてくれた。
 主の心配ぶり、動揺ぶりは大変なものだった。もっと早くに気付いていれば、との自責の念もあったのだろう。明らかにうろたえ、悩み、苦しんでいるのが、病床にあっても感じ取れた。
 吾輩が病気になった日、彼は出かけなかった。仕事を休んで、吾輩を病院に連れて行ってくれた。
 医者の先生は吾輩に注射をしてくれた。少し、体が楽になった。けれど、何となく、これは症状を抑えただけに過ぎない、多分この病気は良くならないだろうという気がした。
 次の日、主は名残惜しそうに吾輩をなでてから、仕事に出かけた。夕方も、いつもよりだいぶ早く帰ってきた。そして、吾輩を安心させようとするかのように、温かく大きな手で何度も何度もなでてくれた。
 この時には、吾輩はもう、旅立つ寸前だった。吾輩の体のことである。吾輩が一番よくわかっていた。と同時に、この世に降り立つ前に猫神様から言いつけられた使命、とある人間を守れとの言葉を思い出していた。体が魂から離れるにあたり、魂としての記憶がよみがえりつつあったのだ。そして、その「とある人間」とは、他でもない、今吾輩をなでてくれている主のことだと、はっきり感じていた。
 この世に降り立つ前は、面倒だと感じていた。けれど今、この温かい手に抱かれて、この人間を、魂が体を離れてもずっと守っていこうと、心の底から思っていた。
 吾輩が最後に見たのは、親代わりの犬君の大きな鼻と、泣きそうな顔で吾輩を見つめる主の顔。最後に感じたのは、主の大きな手の温もりだった。
 最後に、小さく、細く、ミイ、と鳴いて、吾輩はこの世を去った。
 
 我が主へ。
 どんなことがあっても、あなたが天寿を全うするまで、吾輩が守護霊となってあなたを守ります。自分を責めることはない。これが吾輩の運命だったのです。
 生前、いろいろ良くしてくれて、ありがとう。
 本当に、ありがとう。



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