家族と食卓


大澤 唱二   


 私の部屋には、食卓がない。亀みたいな格好をしてひっくり返っているダンボール箱の上に、粗末な食事の盛られた皿をのっけて、食べるのである。
 食事が済むと、気が向いたので皿洗いなどをして(気が向かないときは流しに放っておく)、インターネット。メールチェックをして、いつも出入りしているページを回って……。あとは風呂に入って歯をみがき、寝るだけである。洗濯は昨日したので、今日はいいだろう。もう十二時。普通の人にとっては「まだ」十二時かもしれないが、私にとっては「もう」である。
布団に入ってから目を閉じる。時々寝返りをうちながら、だんだんと眠りに落ちていく。今晩はどんな夢を見るのだろう……。

 道を歩いている。レンガみたいなものを組み合わせて敷き詰めた歩行者用の、ずいぶん広い道である。両脇にはガスランプをデザインした街灯がオレンジ色に光っていて幻想的である。目の前には階段、そしてヨーロッパ風の外観の、大学の建物が夜の闇に沈んでいた。私は階段を昇り、大学の構内に入る直前に右へまがり、大学に沿って続いている道をさらに歩いていった。右にまがるとき、大学名の書かれたプレートが見えた。東京都立大学、と書かれていた。
 五分も歩くと、私の家だ。新しく出来たらしい団地の、十四階建てのビルの二階に我が家はある。空には雲ひとつなく、星がよく見える。五月の夜風が暖かく、気持ちいい。
 玄関の重い扉を開けて、
「ただいま」
 と言う。
「お帰り」
 と母の声。荷物を部屋に置き(道を歩いているときは気づかなかったのだが、私は荷物を背負っていた)、パソコンの電源を入れる。そして、そのまま居間へ。愛機PC-9821 Ct16 Canbeは、起動するのに五分くらいかかるので、こうしてスイッチを入れ、食事のあとでゆっくりネットサーフィンを楽しむのだ。
 居間へ行くと、父が部屋から出てきて、
「お帰り」
 と言う。私もただいまと返して木製でしっかりとしたつくりの、大きな四人がけの食卓に座る。ふと、目の前の大きな食卓が、すっくと立った馬の、堂々とした背中に似ているような気がした。
「もうみんな夕飯食べちゃったの?」
「うん。もう食べちゃった。今日はカレーライスよ」
 と母。私は予備校に行っていたので、帰ってきたのは九時近かったのである。突然母が、
「あれ、トマトが減ってる。さっきまでたくさんあったのに。こら、ザシキワラシ!」
 ザシキワラシとは、私の弟のことである。時々出没しておかずをつまみ食っていくので、特に夕食のときに母からそう呼ばれることが多い。
「ちょっと待ってね。今、トマトをもう一つ切るから」
 そう言って母は台所へと戻っていく。私はいいにおいのする、具がたくさん入ったカレーをスプーンですくって、口の中へ放り込んだ……。

 目が覚めたが、しばらくそのまま布団にもぐっていた。まだ夢を見ているような、いや、夢を見ていたいような気がしたのである。窓の外からは、通勤の車が走っていく音と、小鳥の鳴く声が聞こえてきていた。目を閉じて、故郷のことを想う。友達、先輩、後輩、先生、そして家族……。
 さすがにいい加減起きようと思って起きあがると、何となく、おはよう、と言ってみた。もちろん、返事はない。私は独り暮しである。
 カーテンを開けると、外はいい天気。真っ青な空が広がっている。さて、朝食を食べて大学へ行かなくては。
 一緒に暮らしていた頃は口うるさくて、やかましくて、煩わしく思えたものだが、こうして思い返してみると、家族ってのも悪くないな。そう思いながら、亀の段ボールテーブルで朝食を採った。
 さて、今日も一日、頑張ろう。

(『家族と食卓』 終)


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