仲良しだと揶揄されて





 
「チッ」
 小さな舌打ちが静かなその場に響く。
「キャプテン、また……ですか」
「あァ」
 白い帽子を被った、長刀を持つ男は舌打ちとともに、建物を見上げる。
 目的はこの建物内に潜伏していると聞いた。だが、来てみればもぬけの殻。
「ウチもそうとう早いほうだと思いますけど」
 ペンギンと書かれた帽子を着た男の仕入れた情報よりも早く、目的は消えた。
「俺たちの情報を先に得てるんでしょうか」
 彼の呟きに、男は不機嫌な表情で「帰るぞ」と一言告げた。




 ――何とかなったみたいね。
 彼女の右目の下に2センチほどの傷跡があり、今はよく目を凝らさなければ見えなくなった。
「あの男、なんで私を追うのかしら」
 細い指で頬にかかる髪を払い、男の気配が完全に消えるまで、彼女は自らの気配を消し続けた。
 ――あの男に何かした記憶はないんだけど。
 彼女は胸中でつぶやき、先ほどまで男が見上げていた建物の隅から姿を消した。





 大きな街の片隅にある宿屋の1室。
 彼女はどの海賊団にも属していない。海に出ることもあるので、海賊にも海軍にもよく会うが、勧誘はすべて断っている。
 航海術も持っているし、戦闘もできる。身の回りのこともすべて完璧ではないにしてもこなせるので、人に頼る必要がない。彼女が唯一できないのは、甘えることぐらいだろうか。
 宿の1階は酒場になっているが、今日はどこかの海賊団が来ていて満員だ。
 宿の店主には許可をもらって酒とツマミを部屋へ持ち込み、雲1つない空に浮かぶ満月を見ながら、1人、杯を傾ける。酒には強いほうで、種類も選ばない。
 あちこち移動するのでスカートは滅多に穿かない。今日は細身のホワイトジーンズに紺色のニットだ。
 空から地上へ視線を向ければ、白いクマが歩いているのが見えた。
 は杯の中身を飲み干し、その杯を階下の酒場へ持っていく。次に宿屋の主に、宿代を先に払うと、そのまま就寝する。
 ――明日は早めに出なくちゃ。
 あの男に、見つかる前に。





 大きなつばの帽子、白いワンピースとサンダル。昨日とはまるで違う服装で、は街を港の方へ歩いていく。荷物はカートを1つ。いつもはカートという運ぶのに面倒なものは持たないのだが、今回は身なりを整える必要があった。旅行をしている風を装い、顔にも薄く化粧を施している。
 港には、いくつかの島を船で渡れるように、旅行者用のものがある。それには乗り込んだ。
 その船の航路は、海賊が通れないように海軍が作ったもので、海軍が作った特別性のエターナルポースでなければ行くことができなくなっていた。
 ――この航路ならば、あの男は追いかけてこられないはず。
 どの島へおりるかは決めていないが、とりあえず、この航路にいる間は大丈夫だろう。
「あれ?」
 ピンクの髪の男が、こちらを振り返る。
 ――何でこんなところにいるのかな、海軍大佐!
 海軍の男はを見やり、いつもと違う服装に何かを察したらしい。
「隣、よろしいですか?」
 問いかけに、向こうに行けよと言えずに頷く。
「大丈夫ですよ、何か理由があるのでしょう?」
 彼女にしか聞こえないような小声で、男は言った。麦わらのルフィを親友と言うこの海軍大佐は、見聞色の覇気が使えるらしいと最近知った。
 は問いに答えることはしない。
「何かしたんですか?」
「してないと思うんだけど。記憶にないのよね……だから困ってるの」
「この航路ならば安全ですから、しばらく留まることをお勧めします」
「ずっとはこの船にいられないじゃない。……理由がわかれば対処ができるのだけど」
 溜息をついて、風に飛ばされそうになった帽子を片手で押さえる。
「トラファルガー・ローがなぜあなたを探しているのかは知りませんが……まだあの島に滞在中です」
「知ってるわ、白クマを見たもの。――それよりコビー、あなたは大丈夫なの? あの島にいる5億の賞金首を見逃して」
「僕では相手になりませんよ、ガーブ中将がいれば話は別ですが。それに、僕はこの先に用があるので」
 コビーと小さな声で会話をしながら、は周囲を警戒することを怠らない。
「今は大丈夫ですよ、僕がいますから。この船に彼らの船員は乗り込んでいないようですし」
「ありがとう、感謝するわ」






「またか……!」
 街の片隅の宿屋に泊まっていると情報を得てすぐに行ってみると、すでに目的の人物はいなかった。
 ペンギン帽とキャスケット帽の男は船へ戻りつつ、溜息をもらす。
「キャプテンは何で探してるんだろうなぁ……」
 目的を知らされていないハートの海賊団の面々は、ただただ翻弄されるばかりだ。
「随分前から1人で探してたらしいぞ?」
「まぁ、時々フラフラ出歩いてたときあったもんな」
 2人が船に戻ると、白クマが迎えにきた。
「出航するって。――けど、次の島に行ってもしばらくは潜水するらしいよ」
「目的の人物がいるだろう島の目星がついたのかな」
 2人と1匹は、艦内へと入っていった。





「おりるんですか?」
「とりあえずね。大丈夫よ、なるようになるわ」
「今なら僕の一存で、一時的に船に乗ることも可能ですよ?」
「遠慮しておく。でも、気を使ってくれてありがとう」
 コビーへと笑みを向けて、船をおりる。この島は、船が泊まる中で一番大きく、宿屋も酒場も多い。
 街を歩きながら、宿屋を探す。今回は街中の、一番人の多い場所を選ぶ。宿の種類を変えるのも、相手の情報を混乱させるためだ。
 荷物を置くと、服はそのままに探索することにする。いつもの自分を封印して、歩き方一つにも気をつかう。
 太陽が徐々に西へ傾いていくのを、高台の広場まで歩いて眺める。ちょうどこの場所から港が見え、港町も一緒に見ることができる。
 ――今日は大丈夫そうね。
 周囲の警戒は怠らずに、そっと息を吐く。
 シャボンディ諸島で、右目に怪我を負った。それほど深くはなかったため自分で消毒したが、傷は残ってしまった。時間が経って少しずつ消え始めているから、そのうち消えるだろうと思って、気にしていない。
 急に背筋が凍るような気配を感じ取って、は宿へ戻ることにする。
 ――あの男、この島にもいるわね。
 宿へと戻るまでに、途中でパン屋に寄った。夜の食事が外で出来そうにないと思ってのことだ。
 パンの入った袋を抱えて宿屋に戻ると、自分の部屋の扉の前に立ち、心底嫌そうに溜息をついた。
 ――ここから逃げることだけならできる。……いつもの姿なら。今はワンピースとサンダルという、逃げるには不向きな服。
 そんなことを扉の前で思っていると、中から扉がゆっくりと開いた。
「ようやく捕まえた」
 パンの入っている袋を抱えていない方の腕を掴まれ、力強くひかれた。
「いっ……!」
 部屋の中に引き込まれ、閉めた扉に体を押し付けられる。無理矢理引き込まれた拍子に左足をねじったようで、は鈍い痛みに眉を寄せた。
 ――いわゆる壁ドンってやつかしら。……壁じゃないけど。
 自分より背の高い男を見上げると、不機嫌な色をした目とぶつかった。
「今までどうやって逃げていた?」
「…………」
 は睨むように男を見上げたまま、無言を通す。手の内を明かすわけにはいかないからだ。
「"ROOM"――"シャンブルズ"」
 男はを捕まえたまま、能力を発動させた。
「卑怯よ!」
 彼女の叫びが医務室に響く。それに気づいた船員が、医務室へやってきたようだ。
「キャプテン! ――あ、え?」
「ようやく見つけた」
 それだけを言うと、をベッドに座らせた。
「ちょっと、何するのよ!」
「ペンギン、そこのシップとネット」
「はいはい」
 ペンギンと呼ばれた船員は、ローの言葉に呆れたように返事をする。
 ――船長の威厳無しね。
「触らないでくれる? 放っておいて!」
「捻挫を甘くみるな」
「誰のせいだと思ってるの!?」
「俺だな」
 ――わかっててコレか!
 は胸中で毒づく。
 足を振り上げようにも強く持たれている手は、細いのに力が強い。彼女の力では振りほどくことができなかった。
「ずっと前から知り合いみたいに、仲良いんですね」
 ペンギンの言葉に、はキッと彼を睨みつける。
「こんな嫌な男と仲がいいように見られるなんてごめんだわ」
「俺は嬉しいが?」
「そんなコト思ってるのは、アンタだけよ!」
 言って、は自由になった左足を振り上げる。ワンピースだからとか言っている場合ではない。一刻も早くここから出なくては。
「ようやく捕まえたんだ、逃すかよ」
 振り上げた足を男は掴むと、ニヤリと笑った。





「逃げられた……っ!」
 医務室にあったのは、が着ていたワンピースとサンダル。そして、左の足首に貼ってあったシップと上からかぶせていたネット。
 船長の命令で医務室へ様子を見に来たシャチは、慌てて船長室へ駆け込む。
「キャプテン!」
「どうした?」
「逃げられました!」
「あァ?!」
 船長が医務室へいくと、確かにが居た形跡だけが残されているが、本人はどこにもいない。
 シャチ・ペンギン・ベポを呼び、街を捜索するように指示を出す。
「子電伝虫を持っていろ」
「「リョーカイ」」
「アイアイ~」
 2人と1匹が街へ出た後、彼は能力を発動する。
「"ROOM"――"スキャン"」
 島内全体を見るが、の姿が見当たらない。
 チッ、と舌打ちをし、自らも街へおりることにした。










     <殴る勢いでキスをする>
  ゆびのかず 様 (お題配布サイト)