は宿に戻っていた。
――能力を使ったようね。
自分の姿は島内に見つからないはずだ。
――この姿だもの。
は胸中で呟き小さく笑った。
今日はブルージーンズに白いブラウス。姿を偽っても見つかるとわかったし、身動きが取れなくなるのは困る。
相変わらず、左足首には鈍痛がある。
一時的に逃げたところで捕まってしまうだろうとは思うが、あの船にいる理由がない。
「さて、行きますか」
次の島に行こうかとも思ったが、しばらくこの島に滞在することに決めた。どの島へ行っても見つかるのだ。移動は少ない方がいい。
島の高台にある宿に泊まることにする。この高台は眺めがよくて気に入っている。
早々に宿をとり、部屋に入る。窓際に腰掛けて、昨夜食べることができなかったパンをちぎって口に入れた。
少し甘みのあるこのパンが、は好きだ。
「あら?」
何気なく見下ろしたそこに、海軍大佐――コビーの姿。
「どうしたの?」
の問いかけに、彼は苦い笑いを浮かべる。
「あがってきて。……あまり動きたくないの」
は彼を部屋へと通す。
「宿、変えたんですね」
「ほとんど無意味でしょうけれどね。それに、1泊しかとっていなかったから」
はパンを咀嚼すると、手にあったコーヒーを一口飲んだ。
「仕事しなくて大丈夫なの?」
「えぇ、長居する気はありませんから」
「そう、それで?」
「実は気になって少し調べたんですけど……さん、目の下の傷、シャボンディ諸島で受けたんですよね?」
「――……えぇ、そうよ。もうほとんど消えているけど」
「その傷をつけた相手が誰かも知っているんですか?」
「相手? 知っているわよ?」
あの男――トラファルガー・ローだ。
「どうやら、その傷のことであなたを探しているみたいですよ」
「かすり傷よ。謝ってもらう必要はないし、いっそ迷惑よ。……それを伝えるためにわざわざ?」
「……まぁ、そうですね」
「ありがとう。……もうすぐ来るでしょうから、鉢合わないうちに仕事に戻ったほうがいいわ」
その言葉に、コビーは「そのようですね」と呟き、部屋から出て行った。
あの時、シャボンディ諸島で私はあの男の放った力を避けることができなかった。自分のミスで受けた傷だ。
武装色の覇気をあの男が纏っていたら、自分はその衝撃で命を落としていたかもしれない。
あの男が展開した能力内にいたのも、私のミス。
「――お前」
悪魔の実の能力で来たのだろう、男はのいる部屋の前まで、音もなくやってきて扉を開けた。
「部屋の主に断りもなく、入ってこないでちょうだい」
冷めてしまったコーヒーを飲むと、はまっすぐ男を見上げた。
「来い」
「嫌よ」
チッ、と不機嫌な顔で男は舌打ちし、を見下ろす。
「放っておいてって言ったでしょう? あなたに追われる理由も、あなたに従う理由もないわ」
そう、あの時のミスは全て私のミス。だから、あの時を思い出させないで。
は男から視線を外して、外を見やる。
そんな彼女の腕を取ると、それを引き上げ、自分へと引き寄せる。
「――ッ!」
左足首に痛みが走る。
声には出さなかったが、痛みに息をつめたのに気づいた男が、彼女を肩に担ぎあげた。
「ちょっと!」
の声を無視し、男は能力で船の医務室に移動する。
医務室のベッドへをおろし、すぐに能力を発動する。
能力――ROOM内での左膝から下を切断すると、左足首にテーピングを施す。
「今日はここで大人しくしていろ」
「大人しくってね、この状況でどうしろって言うのよ?」
「どういうわけか、お前は逃げるのが得意なようだからな」
「今の状況で逃げられるわけないでしょ」
男は、の切断した足をつけることはしないようだ。
「ずっと探していた――……」
名前で呼ばれて、彼女は眉を寄せる。
男はベッドへを押し付け、見下ろす。
「何もできない女に、よくこんなことができるわね」
「が逃げなければ、こんなことしなくてもいいんだ」
男の指が、の左目の下をなぞる。
「俺のせいだろう?」
傷のことを指していると気づき、はその手を振り払おうと首を振る。その頬を固定され、彼女は自由な手を振り上げたが、その手はすぐに男の手に捕まった。逆の手も同じように男の手に取られてしまう。
完全にベッドに押さえつけられ、逃げ道がなくなる。
「なぜ逃げる?」
「あなたが追うからよ」
「追わなくても逃げるだろう?」
逃げないと言えばいいのだろうが、は声が出なかった。
「」
名前を呼ばれたが、彼女は男から視線をそらす。
「俺のせいにしておけ。お前のせいじゃない……俺のせいだ」
「何で放っておいてくれないのよ! 何で思い出させるの!?」
キッと睨みつけてくるに、男は場違いなほどゆっくり目の傷へ指を這わす。
「トラファルガー・ローだ」
「知ってるわよ、今更言われなくても。……って、ち、近い! ちょっ……!」
ローは文句を言うの唇を塞ぐ。
すぐに離れたが、の手が勢いよく振り上げられて、静かなその場に、乾いた音が響き渡った。
女の手で頬を叩かれたぐらいでは痛みを感じないのか、それとも、わかっていたのか。
ローはに叩かれても、驚きすらしない。
「何で避けないのよ! あなたならできるでしょ!?」
の問いに、ローは答えない。
「馬鹿!! ……もうっ!!」
答えない男に向けて言い放つと、は彼の服の襟首を掴み、勢いよく引き寄せる。
お互いの唇が触れあうだけではあったが、これには驚いたのか、ローは瞬きをする。
「今回は私の負けよ」
「まだ逃げる気か」
「私の自由をあなたが奪うつもりなら、逃げるしかないじゃない?」
――まだ、私の奥の手は見せていないしね。
「逃げても捕まえるだけだ」
彼はニヤリと笑い、の目の傷をもう一度、ゆっくりと撫でた。
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