Tranquilizer 1  <トランキライザー> 





 
 大きな屋敷の門をよじ登ると、彼女はすとん…と軽々着地する。他人を寄せ付けるのが嫌いなここの主は、昨年、他界した。自分の余命がないことを知った彼は、たまたま屋敷に忍び込んだ彼女を引きとめ、まるで客人のようにもてなした。

『私は盗人なんだよ?』
 苦笑しながら問う彼女に、彼はこう言った。
『おまえはそのヘンのコソドロとは違うのだろう?』
『どんな理由をつけても、やってることは一緒だよ』
 それに声をたてて彼は笑う。
『じゃあ、コソドロさん。おまえは何を盗りにきた?』
『地下に眠る歴史』
『俺の目に狂いはなかったな』
 彼はさも、おかしそうに笑う。
『俺が死んだあと、この屋敷をやろう』
『……え?』
『おまえにあとを任せると言っているんだ』
 彼はポケットから金色の鍵を取り出す。
『これはおまえが歴史に触れるときに必要なものだ』
 言いながら、彼は小さな鍵を机にコトリと置いた。
『どうして私に?』
『おまえは「トレジャーハンター」だろう? 私もそうだ』
 彼はそう言って、詳しく話せば長くなるから短く言うが……、と語り始める。
『ここの地下に眠る街を見つけたのは、十年前だった。ここはまだ荒野で、誰もが足を踏み入れなかったが、俺はここに眠る街を見つけた。大きな財宝が眠っているわけではないが、歴史を語るものがたくさんあった。誰にも邪魔されず、誰にも侵されずにこの街を調べていきたかった俺は、ここに屋敷を建てた。屋敷を建て、一つの場所だけに出入り口を設けた。――おまえはその場所を知っているはずだ。その場所に鍵はない。そのかわり、指紋を感知するセンサーがある。それをおまえの指紋に変更しておけば、地下の歴史はおまえだけのものだ』
 彼は鍵を彼女の手の中に滑り込ませる。
『俺の命はあと半年もない。病に侵されている体では、あとがない。俺は他人を傍に置くのが嫌いでね、身内もいない。どうするかと考えた矢先におまえが来た。目を見ればただのコソドロには見えない。答えを聞けばまさしく願ったり叶ったり。――おまえも都合がいいだろう?俺が見つけられないだけで、おまえの目には金が見えるかもしれない。その場所を独り占めだぞ?』
『――確かに、私には都合がいい。住む家を持たない私に、家財を与えてくれるんだからね。けれど――…名前も知らない私に、どうやって譲る気?』
『このあたりは人が来ない。別に主人が替わったところで問題ない。一応、書面にはしておくが……おまえ、このままここに居座れ』
 世話をしろとは言わないから。

 結局、半年もたたずに他界した。それまで彼女は一度も地下へ下りなかった。下りても良いと許可が出ているにもかかわらず。
「まったく、暢気だよ。名前も知らない私に、こんな大きな財産を残すなんて」
 門から玄関までの短くはない道のりをゆっくりと歩く。玄関を入って奥へと進み、書斎へと入る。書斎の隅にある小さな黒いシミのようなものに人差し指を押し当てる。ゆっくりとその前の本棚が移動を始める。空いた人一人分の隙間を通り抜けると、自然に閉まっていく。
「傑作品だね、これは」
 ため息が出そうなほど、巧妙な制御システム。
 数段ある階段の足元にはランプ。通り抜ければ勝手に消えていく。下段までおりると、その先にはランプはない。備え付けてある懐中電灯を持ち、彼女は歩を進める。
 この先、数メートルを歩けば『歴史』へ行き当たる。
「――凄いな……」
 視界が広がった先は、綺麗に残された一つの街だ。
「本当に綺麗だ……」
 彼女はしばらくその場所に立ち止まったまま、その街を見下ろしていた。





「……、
 ゆさゆさと揺らされた体の主は、小さく欠伸をして目を開けた。
「なに?」
 間延びのしていない喋りは、まさしく「眠っていたわけではない」ということを証明している。
「珍しいわね、
 ナミが寝転がっているを見下ろす。
「んー…」
 ふぁあ…と今度は大きく欠伸をして、のろのろと上体を起こす。
がこの船に乗ってから一週間。その間に5回、襲撃にあってる。その理由の検証をね、したいんだけど」
「検証、ね…」
「ルフィやゾロは運動になるって喜んでるけど、私としては、ゆっくり海の上を旅したいのよね」
「――まぁ…迷惑もかけているし……」
 だから私はこの船を下りるって言ったんだけど。
 そう言いたいのだが、言ったところでこの女性には口でかなうわけがない。は諦めて腰をあげた。
 甲板へ行くと、皆が集まっていた。サンジはそんな皆にドリンクを振舞っている。
「ようやく主役の登場ね」
 ロビンが手に持っていた分厚い本にしおりを挟んで閉じた。
 珍しく、彼女もこの話題には興味を惹かれているらしい。
「あの街を出て一週間、その間に襲撃が5回。みんな安っぽい連中ばかりで私たちの相手にはならなかったけど、それでも『新聞記事』を見た連中だと思って、まず間違いない」
「そうね…。そして、おそらくはの持っている宝物のどれかが目当て」
 ロビンはに向き直って、見せてもらいたいのだけれど、と言った。
「私の荷物?」
「そう。たぶん、それにあなたが追われる理由が隠されているんじゃないかしら」
 そういえば、昨日今日とは荷物の傍に行った記憶がないなと思い、は頷いて荷物を取りに女部屋へ向かう。しばらくして戻ってきた彼女の片手に、小さな麻袋。
「これだけ?」
「えぇ。宝物だけだけどね。中身はコインばかり」
 机の上にザラザラとすべてを出してみる。本人の申告どおり、見た限りではコインだけだ。
「あら?」
 ロビンがとあるコインを手に取った。
「これ……どこで手に入れたの?」
「あぁ、それは……ちょっと、ね」
「場所は言えない?」
 含むような答えに、まっすぐな問いが返ってきた。
「譲り受けたモノだから、詳しく言うわけにはいかない。――地下から持ってきた」
 これだけ言えば、歴史に詳しい人間ならわかるはず。地下に埋もれている街は少ない。だいたいは、地上で嵐などで残骸となっている。
「――……地下で……」
 ロビンはそれだけを呟き沈黙する。
「これがどうかしたんですか、ロビンちゃん?」
 サンジの問いかけが聞こえないのか、ロビンはコインを手に取ったまま、思考中だ。
「思い出したわ……ずいぶん昔、人づてに聞いたことがあるけれど……まだ残っていたのね……」
「ロビン?」
「あなた――…彼と知り合いだったの?」
 『彼』と彼女は言った。名前を出さずに、ロビンはに問う。
「――――」
 肯定とも取れる、その沈黙。
「もう…亡くなっているって話だけれど……それも本当?」
 ロビンの問いかけに、答える声はない。
「何度か話したことはあるけれど――…馬鹿な人よね。このコインを売れば数千万ベリーを手にすることが出来るのに、売らずに譲渡するだなんて」
 そこまで聞き、ようやくは表情を崩した。
「彼を知っているんだね」
「おいおいおいおい」
 ウソップが会話にストップをかける。
「俺たちにも説明してくれないかな、ちゃん」
 サンジはそう言いながら、壁に背を預けて煙草を銜えた。
「俺にはさっぱりわからねぇ!」
「威張って言うことじゃねぇだろが」
 ルフィの叫びにゾロが言い放って頭をコツリと叩く。
「ルフィ、あんたは黙って聞いてなさい! ちゃんと知りたかったらあとでわかりやすく砕いて説明してあげるから」
 あんたに口を挟まれると話が進まないんだから。
 ルフィに一喝をいれ、ナミがへと視線を向けた。
「それで、その『彼』というのは、誰?」
「名前は知らない」
「知らない?」
「そういえば…彼は名前を名乗るのを嫌っていたから、私も知らないわ」
 ロビンでさえも知らないとなると、それは本当なのだろう。
「でも、名前を知らないのに――大きな財産を譲ってもらったんでしょ?」
「譲ってもらったというより、無理矢理受け取らされた、ってのが本当」
「それでも、受け取ったにはかわりはないわねぇ」
 ロビンは手の中にあるコインを裏返す。
「このコインは『あの街』にしかないという話を聞いたことがあるわ」
「その通り。だけど、これを狙ってると考えるのが一番妥当なんだけど――……」
 は言いかけた言葉を途切れさせ、思い出すように視線をさまよわせる。

 狙っているのはコイン。そう見せかけて、実は――……。

?」
「どうしたんだ?」
 チョッパーとウソップに問いかけられて我に返ったは、首を振ってから小さく笑う。
「なんでもない」
 そう、なんでもない。――私がここにいなければ、この人たちが追われることは、ない。
「危ないこと考えてんじゃねぇぞ?」
「危ないことって何?」
「たとえば、自分がこの船にいなければ、俺たちは助かるんじゃないか、とか」
「あははは、心配しなくってもそんなこと考えてないよ」
 は笑みを浮かべたまま、皆を見やった。
「このコインはまだ地下に眠っているから――…一枚や二枚、渡したところで惜しくないから」
 だから、そんなこと考えていないよ。
 皆に言い聞かせるように、彼女は笑う。

 コインよりも、命が大事だからね。






 たとえ、裏切るようなことになっても。