Tranquilizer 2 <トランキライザー> 





 

 解散となったあと、ゾロがキッチンから出て行こうとしていた彼女を呼び止めた。
「何?」
 普段どおりの返答。どこまでも、一人を選ぶと、言外にこめられた音。
「隠し事は嫌われるぞ」
「仲間だから?」
「そうじゃねぇ」
「だったらナニ?」
 の、こんなに突き放した喋りはしばらくぶりだと思いながら、ゾロははっきり言うのが一番だろうと口を開く。
「仲間だから心配してんじゃねぇ。おまえを失いたくねぇから心配してんだ」
「同じ意味にしか聞こえない」
「気持ちの問題だ」
 ゾロは彼女の目前に立ち、苛立ちを隠せず壁をダン!と力をこめて叩いた。
「クソマリモ!」
 サンジが止めに入ればゾロは小さく舌打ちして体を離す。
「決めるのは彼女だ」
「んなこたぁわかってる」
 承知しているからこそ苛立つのだ。
「・・・・・・わかってるよ・・・・・・」
 聞かれたくないと主張する小さな声。けれども、近くにいたゾロには聞こえたはず。
?」
 訝しがるゾロに、苦しそうに目を細めて。
 自分がしようとしていることは彼らを怒らせるだろう。それがわかっていても・・・・・・やりたいのだ。彼らの夢を妨げないためにも。
「この船は性に合わないみたいだから、おりるよ」
「この船をおりる?!」
 さっきまでおとなしくしていたサンジも、さすがにこれは驚いたらしい。
 声をはなち、どうしてだと問いただす。
 納得いかないのは彼だけではなく。
「この船に乗ってまだ一ヶ月もたってないのよ。どうしてそんなことを言うの?」
 ナミも表情は落ち着いていても中身は違っているようで、イライラと荒らだつ語尾は押さえられていなかった。
「世話になっといてなんだけど・・・空気が私には合わないよ。緊張感のカケラもない、この船は」
 ナミとサンジは、彼女の一言一句を逃すまいと。
「次の島でこの船をおりる」
 重い沈黙がしばらく続き、ゾロが小さく「勝手にしろ」と吐き捨てた。
「ありがとう」
 言って、はキッチンの外へ出るためにゾロの前を通り過ぎる。
 過ぎ去る後ろ姿を目で追いながら、サンジが呟く。
「止めなくていいのか?」
「別に・・・」
「船をおりるだけだものね」
 ゾロがどうして止めなかったのか、ナミはわかっていたようで。
「彼女は船をおりると言ったけれど、仲間の縁を切ると言ってないんだもの。だから、彼女を引き留められるってワケね」
「ナミさん! さすが!」
 けれども、とナミは胸中で呟く。
 意思の固い彼女をこの船に乗せるだけでひと苦労したのだ。
 次の島へはあと三日で到着する。次の島へのログがたまる時間が短ければ、彼女を引き留められなくなる。
 島へ到着する前にどうにかしなくちゃ・・・。





「どうしたんだ、ナミ?」
 深刻な表情でナミが海図をにらんでいるのに、ルフィが不思議そうに声をかけた。
「あんたの頭は単細胞でいいわね」
 そんな毒舌は、いつのまにか溜め息がまじっていて。
「ダイジョウブだって。な?」
 ルフィはシシシッといつもの笑み。
「ルフィ・・・あんたまさか知って・・・・・・?」
が船をおりるコトか?」
「知ってたのに何も言わなかったの?!」
 ナミの叫びが風にかききえる。
「あいつは、自分を犠牲にすることで俺たちを守ろうとしてるんだ。でも、そんなのは認めねぇっ! 絶対に! だから、ダイジョウブだって。な?」
「あんたのダイジョウブはあてにならな・・・・・・」
 おもむろに視界が狭くなる。
「これ、預かっててくれ」
 ルフィの大事な麦わら帽子が、今はナミの頭にある。
「あいつら蹴散らしてくる」
 大きな音をたてて水しぶきがあがる。
「ルフィ!」
「あいつは俺たちの仲間だ」
 理屈なんていらねぇ、俺が気に入ったんだ!
 そんな風に威張る声が聞こえてきそうな、ルフィの笑顔。
「負けたら承知しないからね!」
「おうっ!」
 当たり前だとルフィは笑う。
 再度大きく揺れた船体。右へ左へと船は揺れる。当てようとしていないのが一目瞭然で、だからこそ、ルフィたちは「威嚇射撃にしては様子がおかしい」と言う。
「まるで私たちをどこかへ連れていくのが目的のようね・・・」
「また追手・・・」
 は小さく溜め息をつく。
 あまりにも多すぎるそれは、の思い過ごしではないのだろう。
!」
 ゾロがの姿をみつけて叫ぶ。それに彼女は片手をあげることで返答する。
 揺れる船体が向かわされている目前には海軍の船。
「海軍?!」
「海賊と海軍が手を組むなんてありえないはずだろ・・・っ」
 チョッパーの叫びに気付いたウソップが叫べば、そちらへ視線を向けたが冷静に言った。
「嫌な相手と組んでまで欲しいものがあるってことじゃない?」
?!」
 が船首へ向かう。
「攻撃がとまった・・・?」
 が姿を見せただけで、あいつらの動きが止まった。・・・ということは、狙いは自身だということか。
 闘いの中でも比較的冷静な判断を出すゾロは、一部始終を考慮にいれて結果を出した。
「私があちらへ移動すればいいだけ。あなたたちと闘うのは不利だとわかっているから」
 彼等も馬鹿じゃないからね。
「おまえは俺たちの仲間だ!」
「もう、仲間じゃない」
「仲間だ」
 の言葉に即答したゾロに、頷きと言葉が援護する。
「船をおりる許可は出したけれど、仲間を外れる話は聞いてないわよ?」
 力強いナミの声音は、ルフィの笑みとの相乗効果を生み。
「そっ、そうだ! 仲間をやめるとは聞いてねぇぞっ」
「おっ・・・おれもっ」
 ウソップとチョッパーも同意。
 しばらくの沈黙。そして、ため息。
「お人よし」
 は自分の中にある気持ちを整理してしまったらしく、今までどおりの声音で言葉を続けた。
「彼らが狙っているのは、私。その私を引き止めるってコトは・・・・・・ちゃんと覚悟はできてるんでしょ?」
「覚悟なんてクソ必要ないぜ」
「・・・そのようね」
 は振り返って皆をみやる。ナミがいるマスト下までむ。
「ナミ、ログポースの指針は?」
「ちゃんと次の島を指してるわ」
「・・・次の島は夏島の影響を受けてるみたいだから・・・・・・」
 は呟き、風の向きを感じ取る。
「ログポースを見せて」
 はい、とナミが腕をあげた。そこには確かに、一方向を示したそれがある。丸いそれに右の人差し指をあて、彼女は「よく見てて」と言い、目を細めた。
 くるくると指針が回りだし、何度か回ったあと、今までとは違う方向を示して止まった。
「えっ?!」
 それを見た皆が驚きの声をあげた。
「その反応は当然よね。このグランドラインではこのログだけが頼り。そのログを書き換えることができる人物は、やはり狙われる対象になるわけ。今まで狙われていたのはそのため。もちろん、コイン目当ても含まれるんだろうけど」
「それはいつから出来る業なんだ?」
 珍しそうに問いかけてくるウソップに、ナミがストップをかけた。
「とりあえず、詳しい話は彼らから逃げ切ったあとでゆっくりと。いいわね?」
「おうっ」
 船のいたるところからそんな掛け声が聞こえてきた。
「まったく、この船は緊張感があるのかないのか、わからない」
 の呟きを聞いたナミが苦笑する。
「それは私にもわからないわ。・・・だけど、ちゃんと働くわよ? アイツらは」
「違いない」
「さて、に一つだけ聞いてもいい?」
 頷きに、ナミが質問を投げつける。
「このログは、どこへ着くのかしら?」
「・・・行けば、わかる」
「なにそれ」
「考古学者の彼女に聞けば、道筋に覚えがあるんじゃないかな」
 それだけを言い、もしもの戦闘のために、船首へと歩き出した。





「ウソップは目がいいから見張りを続けて!」
「わかった」
「ゾロ、右舷から風を受けて!」
「おう」
「チョッパーはサンジくんと舵をお願い!」
「わかった」
「わかりました~」
「ルフィは船尾」
「船首がいい!」
「だったらに言って交代してもらいなさいっ」
「おうっ」
「・・・私は何をしたらいいのかしら? 航海士さん」
「ちょっとだけアイツらの足止めをお願い」
「わかったわ」
 じゃ、はじめるわよ。
 ハナハナの実の能力で、敵の海賊船と目前にいる海軍船に腕を咲かせ、足元をすくう。たったそれだけのことで、皆が動揺をはじめる。
 ドォォォン! と大砲が海軍から発射された。それの着弾するだろう場所へとルフィは走ると、「ゴムゴムのぉぉ」と言いながら腹を膨らませていく。
 もう一方で、海賊船の方からも、海軍よりかは小さいものの、着弾すれば間違いなくダメージになるだろうほどの大砲が打ち込まれてくる。
 ナイフしか持っていないはずの彼女がその大砲の弾へと走り出す。
「無茶しないで!」
「大丈夫」
 は両手にいっぱいのナイフを飛んできた弾へと投げつける。すぐに大きな音を立てて爆発してしまった。
「な、なに?」
「あんなモノはコツさえ覚えれば簡単に壊れるからね。小さいものの方が、案外厄介なんだよ」
 そう言って、はナミに向かっておおらかに笑いかける。
「それでも! あんたは一応、女なんだから」
「一応じゃなくても女だけど?」
「言葉遊びしてるんじゃないのよっ」
「そうだったのか? 遊んでる余裕があるんだなぁと思ってたんだけどね」
 馬鹿言わないで!
 ナミの雷がに落ちる。
「あぁ、もう。わかったから、落ち着いて」
「落ち着けなくしたのはあんたでしょうが!」
「わかった、わかったから。マジで落ち着いてくれなきゃ、私も困るからさ」
 は言い、甲板に座り込む。
?」
 さすがに落ち着いてきたのだろう、ナミはいきなりのことに不思議そうな声で名前を呼んだ。
「黙ってて。すぐに終わるから」
 指を甲板に当て、そっと息を吐く。
「じゃ、行こうか」
「何がよ」
「その先に何があるのか、知りたくないんだ?」
 方向はいつでも変えられるし、別にいいけど? 今じゃなくても。
 が言えば、ナミは釈然としないような表情で、それでも仲間たちに進路を確保するために指示を出す。
「ところで、ちゃん」
 舵をとるのが落ち着いたのか、のところへと軽い足取りでサンジが近づいてくる。
「さっき甲板で何やってたんだ?」
「あぁ、あれ」 

「うぉぉぉぉ?!」

 突然、海軍と海賊の両方から声があがった。歓声ではなく、明らかに焦りの声。
「何をやったの?」
「あいつらのログの指針を狂わせてみただけ」
「へぇ・・・器用だな、その人差し指は」
 珍しいな。
 そんなふうに言いながら、サンジの器用な指がの指を取り上げようとするよりも早く、いつの間にか傍にいたゾロの手がの指をつかみあげていた。
「エロマリモ!」
「あぁ!? てめぇには言われたくねぇ台詞だな、このエロコック!」
「エロじゃねぇ、俺のは『ラブ』だ!」
「なぁにがラブだ! アホくせぇ」
「ちょっとあんたたち!! を真ん中にして喧嘩してんじゃないわよ。喧嘩するなら迷惑にならないところでしなさい!」
 ピシャリと言い切れば、サンジもゾロも顔を背けて。それでもゾロは指を離していないのだが。
「あぁぁぁぁ! てめぇ、まだちゃんの手を・・・っ」
「別にいいじゃねぇか、減るもんじゃなし」
 そう言ってゾロは不敵に笑った。