またか・・・と、ひとり呟く。最近、度重なる些細ないざこざが続いている。
急に、背後が凪いだ。振り向く暇もないほど早業で消えていく。
上忍に任せるほどの伝令とは。
「いったい誰が召集されたのやら・・・」
深い溜息と呟きが落とされた。
「ようやく来たか」
火影の部屋に集まった面子を彼は見遣り、そして、一点を暫く見つめてから火影へと向き直った。
「カカシ、お主にしてはちと遅すぎやしないか」
「スミマセン。どーも久しぶりなもんで」
暗部を抜けて暫くたつカカシにまで、伝令があったようだ。
「火影様」
「なんじゃ?」
「なんで俺が呼ばれてるんですかね?」
間延びした口調で問い掛けた男は、漆黒の長い前髪を革手袋をはいた右手でかきあげながら言った。
「今更それを聞くか」
「これだけの面子いれば、俺は必要ナイ気がしますケド?」
アスマ、紅、アンコ、カカシ。それ以外にも、元暗部や上忍、特別上忍、中忍でも優秀な者たちばかりだ。
「俺のような落ちこぼれは必要ないでしょ? ・・・ってぇコトで、俺はココでサヨナラです」
彼はニッコリと笑って部屋を出ていってしまった。
「アイツ・・・!」
誰かがそう吐き出せば、火影は小さく咳ばらいをした。
「仕方ない。やる気のないものにやらせるわけにはいくまい」
火影はイルカを呼び、資料を持ってくるように言った。
「これは、最近起こっている争いの場所を示したものだ」
火影はその中の一点をさす。
「この場所で抜忍を見た者がおる。木ノ葉ではないだろうとの見解じゃ」
木ノ葉の人間の『誰か』が狙われている。だが、それが誰なのかまで突き止めることが出来なかった。
抜忍でいまだ生きているということは、簡単に言えば『強い』ということだ。だからこの面子が集められた。
火影からの命を持ち散らばった忍たち。だが、カカシだけはいまだその場に留まっている。
「火影様。・・・本当は狙われている人物の目星がついているのでは?」
見える片目が細められる。それに火影は苦く笑う。
「かなわぬな・・・」
火影はカカシに、一枚の紙切れを手渡す。
「ここにいる人物を護衛してほしい」
「山の中・・・?」
「ああ、そうじゃ。あやつを護衛するのはちと難儀じゃろうが・・・」
とにかく人と接するのが嫌いでな。気配がするだけで嫌気がさすと言い、滅多に顔を出さん。
「この者の名前は?」
「おぬしの知っている者じゃよ」
「知っている・・・?」
呟いたあと、思いついたことがあったのか、カカシは先ほどの彼が出て行った扉を振り返り見やった。
「・・・そうじゃ」
それは、短い肯定の意。
「あれの両親は抜忍となった。本当は殺さねばならぬその二人を追わずに見逃したのは、わしじゃ。・・・・・・暗部にさえ知らせることなく逃がしたのは――わしのエゴなのかもしれんが、な・・・」
火影は目を閉じ、銜えていた煙草の紫煙を吐き出した。
「あやつの『本当』を手に入れるために、彼らは抜忍となるしかなかったんじゃよ」
どうしておるものやら・・・・・・。
「では、彼の両親は今もまだ・・・」
「健在だろう。――ここ数日、彼らからの連絡が絶たれた。ほとんど毎日あった連絡が途切れたのだ。それがどういう意味か、カカシ、おまえには理解できるだろう?」
危険を冒してまで火影に連絡をとっていた二人。抜忍となって生きていられるほど力のある者たち。その二人が連絡を取れる状況ではない、ということは。
――危険な状況に陥っていると考えるのが妥当だろう。
「多分、狙いは『アレ』だ」
「・・・ですか」
「そうだ。アレは特殊な力を持っている。全力で勝負すればわしらの力なぞ、取るに足りんぐらいの力じゃ。――そういうことだからな・・・アレには気付かれても構わん。本来ならば、アレの真横にいられるぐらいでなければならんのだが・・・」
「あの性格では無理でしょうね」
カカシは、苦笑した火影につられたように苦く笑う。
「まぁ、なんとかなるでしょ」
「何とかなればよいが・・・。頼むぞ、カカシ」
火影に小さく頭をさげ、カカシは姿を消した。
「俺が狙われているんだろうな」
彼は小さく呟く。
彼には、この里の誰とも違う「もの」を持っている。はたけカカシや下忍のうちはサスケのような写輪眼でもなく、うずまきナルトのように、身体に何かを宿しているわけでもない。
「出てきたら? 隠れてても意味がない」
かさりと微かな布擦れの音がした殺那、現れたのは思ってもみない人物で。
「あんたが俺の護衛?」
片目を額あてで隠し、鼻から下を布で隠している、元暗部。
――はたけカカシ。
「落ちこぼれにエリート忍者が護衛とはご苦労なことだ」
くくく、と喉の奥で笑い、彼は「おいで」とカカシに背を向けながら言った。
「お茶ぐらいは飲むだろう?」
見える方の目が驚きに見開かれたのがわかった。それに彼は苦く笑って。
「俺も人の子だからな。一応の接客はするさ」
自嘲し、彼はカカシを手招きするのだった。
あの身体は特殊だ。
あぁ、あの力が確定されれば・・・。
だが、あの身体が具現化する前に我々の手中に納めなければ。
あれが確定される前に、手を打とう・・・。
カカシが彼の護衛任務について、丸一日がたった。たいした変化はなく、平和そのものだ。
「あんた、何で俺が狙われているのか・・・知ってるのか?」
「いや・・・」
そうか、と彼は小さく呟く。
奇妙な沈黙。
ザァァァ・・・・・・。
木々のざわめきのなか、微かに聞こえた足音が三つ。カカシの目がギラリと光る。
「おでまし、みたいだな。俺は下がってた方が良い? それとも、あんたの側にいた方が良い?」
ノンキな口調で問うてくる彼に、カカシは見える位置での待機を指示した。
「へーい」
一応の返事を返し、彼は木の幹をトントンと叩いて確認してから、その幹に背を預けた。これで、背後から狙われる心配が少なくなる。
「気付かれていたようだな」
一人の忍者がカカシにそう言った。
「おまえたち、抜忍だな・・・」
どこかで見た顔だと思った。
カカシは言ってクナイを構えた。
「元暗部のおまえが護衛では、我等の敗北は必至だな」
「残念だが、今回は退こう」
音も立てずに消えていった彼等の動きに、カカシは暫く警戒を解かなかった。
「もう、大丈夫そうだな・・・」
クナイを戻したカカシは、彼に向き直った。
「君は何故、狙われている?」
「俺の身体がいるんだろ」
美味いらしいぜ?
本気なのかどうかわからない言葉を吐き、彼はニヤリと笑う。
「美味い?」
「まあ、実際に喰われたらどうなるかなんてわからないけどな」
「・・・・・・」
カカシは視線を彼に向ける。
「ナニ?」
「いや・・・」
カカシの視線が問うているのはわかっている。だが、正直に語ってよいのか、判断をつけかねている。
と、急に、が胸をおさえた。唇をかみ締め、声を抑える。それにカカシが気づいた。
「・・・っ・・・!」
「!?」
名前を呼び、膝から崩れ落ちた彼の手に伸ばされたカカシの手を、彼は振り払う。
「大丈夫だ」
「それのどこが?」
「いつもの・・・ことだ。・・・・・・すぐ、戻る」
苦しみに喘ぎながら、それでも毅然とした態度を崩さないに、カカシは冷たい視線を投げ付ける。
「自らの体を自ら管理できないから、いつまでも半人前と言われるんじゃないのか?」
暗部にいたからか、彼は時折冷たく接するときがある。その言葉に彼は、背筋に流れる汗の冷たさを感じながら、薄く自嘲の笑みを刻んだ。
「・・・自覚はあるよ・・・・・・」
囁きのような声を落としたあと、は前のめりに崩れていった。
「これじゃあ・・・忍、失格だなぁ」
ベッドの上で小さく喘ぎながら、乾いた唇を薄く開いて息を零す。そんなにカカシは「まったくだ」と頷き、額に浮き上がってきた汗を拭ってやる。
「いい加減、聞かせて欲しいね。・・・が、それほどまでして自分を偽る理由」
カカシはずるずると椅子をベッドサイドまで引っ張ってきて腰を落ち着ける。
「俺のプライドさ・・・馬鹿みたいにちっぽけな」
布団の中の彼の手が、胸を押さえているのを感じ取りながら、カカシはそれでも気付かないフリをする。――目線だけで先を促す。
「俺は生まれながらに異端だ。・・・気付いたかもしれないが」
カカシに視線を向けた彼は、その見える瞳の色で察したようだ。
「両性・・・どちらの性もないんだ」
「それで『男』になっているんだな」
「胸の膨らみがないのに『女』は演じられない」
「演じているのはそれだけが理由じゃない?」
「さすがエリート」
「茶化すな」
一喝され、彼は息をついた。
「さっき性がないって言ったよな? けど、生まれる前まではあったんだ・・・・・・『女』の性が・・・」
今更『女』にはなれないけどな。
呟きは苦く。
「それを取り戻す方法を、の両親は探してるんだな」
抜忍になるくらいなら性なんてなくてよかったのにと、は胸中で呟く。
「じゃあ、『ちゃん』」
カカシの呼びかけに、が過剰な反応を示す。
「あんた、俺に喧嘩売るつもりか!?」
「俺はの『本当』が見たいよ。・・・いつも突っ張って背伸びして、気付いたら引き返せなくなってしまったの、本当をね」
落ちこぼれだと自らを評価する。だが、俺は知っている。――自分に引けをとらないほど、忍としての能力に長けているを。
「あんた、頭、大丈夫か?」
「俺は真面目に言ってるんだけどなぁ。信用できない?」
「信用するもしないもな・・・?!」
離れていくカカシの顔と鼓膜を揺らす小さな音が、を正気に戻す。
「なっ、なっ、なっ・・・!!」
「何をするんだ! って?」
コクコク頷くに、カカシはにっこりと満面の笑み。
「キス。だぁってぇ、ちゃん可愛いからぁ」
まるで遊んでいるかのような言葉に、はベッドに深く沈み込む。
この男には勝てない・・・。
「ちゃんと守るよ。命にかえても、なんてコトは言わない。・・・生きて、の本当を見たいからね」
彼というべきなのか、彼女というべきなのか。そのあたりは迷うところだが、女性を取り戻すまでは彼と呼ぶべきだろうと、カカシは結論づけ、ぽん・・・との頭を軽く叩きながらそう言って、自らの口元を覆う布をそっと引き下ろした。
火影は小さく笑う。
水晶の中に映るカカシと。一部始終をこれで見ていたのだ。
「あやつは昔からカカシを見ていたからな・・・」
カカシも、のことを見ていたようだしな・・・。
呟きは安堵と不安の織り交ざった響きを宿していた。
「火影様!」
入ってきたのはイルカ。とある中忍が、任務中に受け取ったのだという巻物を預かってきたらしい。
「血の臭いだな」
「はい。報告によりますと、木ノ葉の抜忍であろうということですが・・・」
「で、その当人は?」
「はい。巻物を火影様に渡して欲しいと託し、その場で自害を・・・」
「容姿を聞いたか?」
「はい。男は黒髪の短髪、右目が義眼。女は金髪に左頬に痣があったと」
火影は小さく息を吐くと、巻物を見つめる。チャクラを練ると、それに『呪(まじな)い』が施されていたことがわかった。
呪いは、彼らの血を受けて解除されるようになっていた。
「これをわしに渡すために自害をしたか・・・」
「では、私はこれで」
「イルカ。暫く待っておれ」
惜しい人物をなくした。
火影は胸中で苦々しく呟きながら、巻物を開く。
【まずは火影様にはお礼を申し上げます。これを手にしているということは、私どもの命が尽きているということ。我らの我が儘を咎めなきよう手配してくださったことに、感謝しております。】
走り書きでないところを見ると、前もって書いていたものだと推測できる。
【には直接伝えたことはありませんが、あの子は自分で『女』の性を持っていたことに気づいているようでした。そして、私たちが封印した力を、半ば解放したようです。】
力の暴走と狙われる危険性を考慮にいれ、乳飲み子のうちに二人がかりで封印した力。
【あの子には過去と未来を見る能力があり、意識せずに見てしまうこともあります】
火影は彼らの家系を思い出す。
父の家系は過去を、母の家系は近い未来を見ることができた。二人が婚約することに不安を抱く者もいたのは事実。そして、その不安は現実となってしまった。
【母体にいたときに性を奪われたため、力の安定がはかれず、はきっと苦しむでしょう。自らの身体にさえ影響を及ぼし、チャクラを練ることすらままならないほど・・・・・・。】
はそれを自覚している。だから自分を「落ちこぼれ」だと言う。だが、彼の力は間違いなく上忍だ。
忍者学校(アカデミー)卒業が6歳、中忍昇格が8歳。特別上忍となったのが12歳。上忍昇格が13歳。だが、22歳となった去年、体調を崩して木ノ葉病院に世話になることになった。一般医師は原因がわからないと言い、忍医は術を施されているようだが、種類がまったくわからないと、お手上げ状態になってしまった。
火影はの書類を取り出し、その経歴を眺める。
は、自身の力を調節できなくなっていることに気づいた。上忍の受け持つ依頼はA又はSランク。それを遂行することが出来ないほどの状態なのだろう。
【ひとつだけ、性を取り戻す方法を見つけました。『奴』の血を体内に受け入れることができれば、術は解けます。】
奴の居場所を知る者はいない。わかっているのは、どこかの抜忍ということだけ。
「イルカ、カカシにこの巻物を渡してきてくれ」
火影様が俺に退出を命じなかった理由は、巻物の内容をあらかた把握していたからだろう。
そうイルカは結論づけた。
「しかし・・・私には、上忍に見つからずにこれを渡すことは・・・」
の経緯をイルカも知っている。報告書を受け取ったことも、一緒に任務についたこともある。
「大丈夫じゃ。これに幻術をかけておく。より先にカカシが気づくじゃろう」
エリート忍者と言われるカカシと、エリートと言われる実力を持ちながらも、実戦から退かざるをえなかった。二人の差はそれほど広がっているということなのか。
「・・・・・わかりました」
火影の手から直接巻物を受け取り、イルカは退出するのだった。
カカシはようやく眠りについたを眺め、時計を見やる。
午後9時。
ここへ来て二度目の夜だ。
不意に、外に気配を感じた。カカシは印を結んで影分身を作り、自らは気配の主と会うために外へ出る。
「イルカ先生、いるんでしょ?」
外へ出ると、木の上から髪をひとつに結った忍、イルカがおりてきた。
「これを火影様から預かってきました」
「ありがとうございます」
カカシは言い、幻術の施されたそれを受け取った。
「それじゃ、俺はこれで」
イルカはカカシにそれを託して消えた。
カカシは幻術を解き、中を確認する。その内容をすべて読み終え、それを胸元へとしまう。
そういえば、とカカシは昔を振り返る。
何度か一緒に任務遂行をしたことがある。そのたびに、彼は革手袋をしていた。その革手袋は任務中はどんなことがあってもはずされることはなかった。もしかするとそれは、の力を制御するためのものだったのかもしれない。
――でも、今は。
手袋を身に付けていない彼の指は、確かに女性のそれに似ていると思う。女性だという認識があっての領域でなくとも、男性にしては細すぎる指だ。背はどちらかというと低いほうだが、女性だということを考慮に入れれば、それほど低い部類には入らないはずだ。
は自分を自室へと招きいれた。苦く笑いながら、それでも。
「――・・・」
受け入れることを拒むかのように――まるで演じているかのように感じていたそれは、やはり当たっていたのだと、カカシは思うようになった。
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