忍者学校の校庭。その角に一人の少女がいた。短髪を僅かな風に揺らしながら目を閉じている。
ざわめき。
彼女を見つけた数人が駆け寄る。
「おまえは凄いな!」
中忍試験の第二関門を突破した彼女は、閉じていた目をゆっくりと開け「ありがとう」と笑う。
彼らは下忍同士。声をかけてきた下忍たちは今回、中忍試験を受けることを見送った者たちだ。
言葉にある羨望の裏にトゲを感じて、彼女は胸中でため息をつく。昔からこういった感情をぶつけられてきたから今更といえばそうなのだが、できれば回避したいと思う。
こういった負の感情を拾いやすいのは、この身体に流れる血――血継限界ゆえ。特殊な血筋同士から生まれ、更に特殊な能力を身につけてしまった。近い過去と未来を視る能力。右の手には過去を、左の手には未来を、そして両目で現在を視る。
「次はとうとう本選だな」
「きっと勝てるぞ!」
「勝てたらいいけど、私は実戦向きじゃないから」
この能力は諜報活動には向いているが、体術においては何の役にもたたない。
「そうか・・・そうだよな。でも、当然頑張るんだろ?」
「勿論、頑張るよ」
笑みを浮かべたまま彼女は、取り囲んでいた仲間たちを見渡した。
「くの一の服、何で着ないんだ?」
「私には似合わないよ。――それに・・・」
「それに?」
「うううん、何でもない。気にしないで」
それ以上は聞かないで欲しいと、彼女は少し困った顔をした。
「明日からだね、頑張れ」
「うん、ありがとう」
仲間たちが去って行ったあと、彼女は一人ごちる。
「賛美と羨望の狭間、かぁ」
純粋に応援してくれているその心と同じ位置に、羨望が存在する。それは誰にでもあることで、勿論、自分にだってある。そして、自分には更に今の状況が大きくかかわってくる。
性別は女であるのに、くの一の格好をしない自分。
そっと、自分の右腕を左の指でなぞる。その右腕に刻まれた刻印。――自分がくの一の服を着れない理由。
中忍になり新たな仲間に出会ったら、自分を変えよう、そう思っている。いつまでも子供でいられるわけもない。同じ年齢のくの一の中でも、既に胸が大きくなり、女性らしさを強調できる者も多くなってきた。それに比べ、自分はいつまでも胸だけが子供のような薄っぺらい体。
男でも女でもない身体。女にあるものがなく、同時に、男にあるものもない。それは、異端過ぎる呪われた身体。
この呪わしい術のせいで、両親ともに傍らからいなくなった。忍者学校(アカデミー)卒業を待つことなく、この呪いを解くために消え、抜忍となってしまった。抜忍となった二人の行方をわからなくし、追っ手をつけられなくしたのは三代目火影。そして、両親は病気にて死去したことにし、後見人として火影が名乗りをあげた。
「私の『本当』を誰かに見せられる日がくるのかな・・・」
飾らなくて良い自分を、誰か見つけて――・・・。
中忍試験最終日。結果、試合の方は負けてしまったが、数日後、中忍昇格の知らせを受けた。
彼女は思っていることを実行するべく、火影を訪ねた。
「火影様」
「なんだ」
「はい、実は・・・本日の中忍昇格について、一つお願いがあってきました。私のことを知っている火影様なら違和感がないかもしれませんが、皆には不信感を抱かせているようです」
火影は彼女を見、それから渋々ながら頷く。そして、視線だけで先を促す。
「私が女であるのに『くの一』ではないこと。中忍になるのを機会に、その内面にあるものを一掃したいのです」
「なるほど。その気持ちはわからなくはないが・・・おまえはそれで良いのか?」
「構いません。今の状況のまま暮らすことに、少し苦痛を感じていたところですから」
火影は暫く沈黙し、一枚の書面を取り出した。
「そう言う日が来るだろうと思って作っておいたものだ」
彼女は火影からそれを受け取る。
「明日から一週間、暗部として私の傍らで任務についてもらう。本日まで遠方で諜報任務についていたことにし、おまえ自身もまた、明日から長期任務につくことにする」
「つまり、女の私は中忍になると同時に暗部に所属、明日より長期任務につく。男である私は、本日任務より帰郷し、一週間、火影様の傍らで警護をしつつ暗部の組織形態を覚える。一週間後、解任されて中忍となる。――そういうことですね」
あぁ、と火影は頷き、手元の書類を見るように言った。
「それは、明日からのおまえだ」
それには名前以外のことが、ある程度細かく書かれてあった。
「名前はどうする?」
「『』で結構です」
「では『』の名前で登録をしておく。双子だということにしておくが、問題ないな?」
「はい。身近な関係でもなければ上忍の目はごまかせないでしょう」
火影は彼女にもう一枚の書面と鍵を渡す。
「これは?」
「今日中にこちらへ引っ越しだ。同じ場所ではやりづらいだろうからな」
「何から何まで・・・・・・本当にかないませんね、火影様には」
はそう呟いて破顔した。
翌日から、彼女は男を装い、暗部の忍服を着る日がはじまった。暗殺を主とする暗部の任務内容は、ある程度の知識があったために問題はなかった。そして、一週間を経て、は中忍となった。
登録の受付を終えた彼は、はじめての任務を受けるため、受付へ向かう。
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
の挨拶に、受付にいた中忍が書面を見ていた顔をあげて言った。
「えっと・・・」
見慣れない顔だと思ったのだろう、彼は少し困ったような表情をした。
「本日から中忍になったです」
が名乗れば、彼は「ああ!」と納得した顔になった。
「火影様から聞いています。――任務の方は、こちらを渡すようにと」
貰った書類を見やり簡単なものだと確認し、少しだけ安堵する。それに中忍がにこりと笑った。
「仮面をつけての任務とは、まるで違うからね」
が子供であるため、中忍は笑顔のまま優しく言ってくる。それにも安堵感を受けて。
「中忍の任務ははじめてだから、ちょっと緊張してるんです」
ガラにもなくね。
胸中で呟き、は小さく頭をさげて退出する。背後からの「がんばってね」の声に、口元を引き上げながら。
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