『ビクトール、今日はと一緒にいてやれ』
朝、起きぬけに言われたその言葉。
「なんでまた・・・」
問いかけたくなるのは当たり前。
『自身が知っているかわからないが、今日は誕生日なのだ』
「のか?」
星辰剣に問いかければ、はっきりとした肯定が返ってきた。
「・・・で、なんで俺に言うんだよ?」
星辰剣は呆れたようにため息をつき、ふわりと浮き上がる。
『嫌だというのならかまわん。・・・青雷を探してくる』
「わーっ! まっ、待った!」
『今更知らん』
「星辰剣さま!」
『ふむ、仕方ないな』
土下座をするような勢いのビクトールを見やり、星辰剣は彼の前へやってきて。
『光炎剣も私と同じ心を持つ者だが、やはり「人」とは違うもの。・・・あれは今まで一人だった。今日がはじめてなのだ』
仲間と過ごすはじめての誕生日。
自ら他者と一線を置きたがる性格は相変わらずで、けれども、この城で過ごす間に薄れてきたそれ。
『はおぬしと青雷を特別と認識している』
「二人一緒ってぇのが気にくわないけどな」
ビクトールはそう言うが、星辰剣は本気にとっていない。なぜなら、彼が青雷と同等ではなく、その上をいく存在であると認知しているからだ。
『口の減らぬヤツめ。いつかは追い抜かれるやもしれぬのに』
星辰剣の言葉にビクトールはニヤリと唇を歪めて笑う。その笑みは同時に部屋を出るべく出された足取りと一緒で澱みがない。
『さっさと行け』
「あぁ。・・・サンキュ」
ビクトールが出て行き際にそう言う。星辰剣は出て行く後姿を見ながら呟いた。
『のすべてを包み込める男になれ・・・』
金色の刀身を閃かせながら、ゆったりと動き回っている。
普段身につけている防具は取られ、が女であると再認識させられる瞬間であった。
トランを出てからこの戦いに参加するまでの間に身につけた剣舞は、ゆったりとした動きでだけではなく、ときには、そのまま戦闘に出られるほどの気迫を備えたりもする。
城の兵舎前。城壁と木々に隠れるようにして、は舞っていた。
「よお」
ビクトールが右手を軽く上げて近づくと、は彼の存在を認めて、動きを止めた。
「何をやってんだ?」
彼女の舞う姿を見るのがはじめてなのだろう、彼は興味深そうだ。
「たまにはやっとかないと忘れそうだから、剣舞を少し」
「へぇ・・・。俺にも見せてくれよ」
「また今度な」
今は駄目なのかよ。
だいの大人が拗ねる姿に、は勢い良く吹き出す。
「ビクトール、意外に可愛いとこ、あるよな」
「悪かったな、餓鬼みたいで」
の言いたいことを要約して呟き、ビクトールは更に顔までも反らしてしまう。
「風来坊ビクトールの名が泣くぞ?」
剣を鞘におさめる姿を見たビクトールが、剣の柄を握る手を引っ張る。
「ビクトール?」
「、ちょっとついてきてくれ」
何を思ったのか、彼はの手を握ったまま歩き出す。
わけがわからないまま、は強引な彼に抵抗できずについていく。
「バーバラ!」
「あいよ。なぁんだ、ビクトールじゃないかい?」
「なんだはねぇだろ」
バーバラはビクトールの背後にいるに気付いて「あんたの体でが見えなかったよ」と笑った。
「わりぃんだけど、こいつに似合う服あるか?」
「似合うって、まるで今のが似合わないみたいな言い方じゃないか」
彼女の言葉にビクトールは「言葉が足らなくてすまねぇ」と苦く笑う。
自分の背後にいるを振り返ると、ビクトールは手まねをする。訝しげにしながらも招かれるままに足を踏み出したの背に手を添えたビクトールは、反対の手でその腰にある剣を指差した。
「コレで剣舞を見せてくれるっつーからさ、舞い易い服が欲しいんだ」
「ビクトール、見せると言った覚えは・・・」
そういうことかい、ちょっとお待ち。
の言葉は聞こえていないらしい。
バーバラは暫く倉庫内を見渡し、一つの木箱を取り出した。
「これなら大丈夫だよ」
木箱の中身は黒の服に小さく赤い、裾や襟に金色の刺繍が入った上下のセット。
「淡い色よりこんな濃い色の方がすっきり見えていいはずだよ。スカートやドレスが苦手ならしい一品だろう?」
バーバラは胸を張って言い、木箱の中身をへ渡す。
「ありがとよ!」
渡されたものを流れで受け取ってしまい、は少し慌てた。その隙を狙って、ビクトールはその腰を逞しい腕で引き寄せ、城内へと体を方向転換させてしまった。
「ビクトール!」
「なんだよ、俺に見られるのはそんなにイヤか?」
「そっ、そんなコトは言ってないだろ・・・」
思いのほか真摯な声音に、強い言葉が吐けずにいるは、とうとうビクトールの部屋の前まで来てしまった。
「俺はさ・・・」
彼の声がいっそう低くなった。
の体ごと部屋の中に滑らせ、ようやく手を離す。
「光炎剣や星辰剣にさえ嫉妬しちまってんだよ」
早口で言い放たれた、ビクトールからの言葉。聞き逃しそうになりながらも、頭の中に留めたそれは、彼自身の本心なのがわかった。
明後日の方を向き、腕組をしているビクトールの耳が心なしか赤い。
「悪い、なんて言ったのか聞こえなかった」
もう一度しっかりと耳に残したくて、がそう言えば「二度と言うか!」と小さな台詞。
「光炎剣と星辰剣は、同じ場所にいたことがあるらしいんだ。僕の記憶が戻ればわかるんだろうけど・・・」
少なくとも、光炎剣はの忘れている記憶を知っている。だが、は自力での道を選んだ。
「思い出せないことがこんなに歯痒いなんて・・・思わなかったよ」
は両腕にある服を強く抱きしめる。
「ビクトールには、弱いトコばかりを見せてる気がするな・・・」
小さな呟きと苦笑。
「」
体の周りにある空気が一瞬動いた。いつの間にか間を詰めてきていたビクトールの顔が目の前にあって、は動揺を隠しきれない。
「舞いたくないなら無理にとは言わない。もしそうじゃないなら・・・見たい」
「――・・・舞うのはイヤじゃない。ビクトール、後ろ・・・向いててくれるか?」
「え? あ、すまんっ」
着替えたいと言外に告げれば、彼は慌てたように背を向けた。
滑らかな肌触りのそれは、誂えたもののようにしっくりした。
「ビクトール」
は彼に背中を向けたまま、言葉を続けた。
「もしかして、星辰剣に聞いた?」
ビクトールはただ、あぁ・・・と短く肯定をする。彼は何を問われていたのか、把握できていたらしかった。
「一年に一度、この日だけは必ず舞うことにしてるんだ。――もしかしたら、自分の気持ちに区切りをつけるための方法なのかもしれない」
はゆっくりと振り返る。彼も気配でわかったのか、こちらを向いた。
「結構似合ってるじゃねぇか」
いつもの笑みを見せたビクトールの腰に星辰剣がないことに、今更気づく。
「星辰剣は?」
「置いてけってアイツが言うからな」
彼の指差す壁には、たてかけられた星辰剣。
『私は光炎剣と話がしたい。席をはずせ』
星辰剣は言い、ふわりと浮かんでの目前に移動する。
『、私を腰からはずしてくれるか?』
「あ、あぁ」
これから舞うはずだったから、光炎剣がはずされた。
「てめぇ・・・星辰剣」
ただじゃおかねぇ、と憤り、憎々しげに唸るビクトールの方をぽんっと叩いたは、「かわりのものがあるだろうから」と言って彼を促した。
「あの剣で舞うから意味があるんじぇねぇのか?」
「――いいんだ。・・・・・・今は一人じゃないから。それに、音も欲しいからな」
はビクトールの背中を押して、石版前の広場へと向かった。
「あ!」
「あら・・・」
「! 、キレイ!」
石版前の広場に着いたとビクトールを待っていたのは、いつもは外で芸の稽古をしているリィナ、アイリ、ボルガンの3人だ。
「あいつらなら用立ててくれるかもな」
ビクトールは呟き、広場ににやってきた彼等を引き止めた。
「あぁ、そんなことでしたらお安い御用ですよ」
「でもねぇ・・・タダじゃ嫌だね」
「の剣舞見たい!」
ボルガンの言葉にリィナも笑顔だ。
「そうですね。みなさんに見ていただく、というのはいかがですか?」
その言葉には両手をぷるぷると激しく振る。
「見せて喜ばれるものじゃない」
「謙遜することはないのよ。だって交換条件ですもの」
「ボルガン、みんな呼んでくる!」
嬉しそうに走って行った彼を見送ったアイリは倉庫へ歩き去っていく。二人を見送ったリィナは「ふふ・・・」と口もとに柔らかな笑みを浮かべたまま、の背後へ回って髪を撫ぜた。
「髪も少し色を入れた方がいいかしら・・・?」
どうやら皆での舞台を作るようだ。
「さ、こっちだよ!」
倉庫から返って来たアイリがを引っ張っていく。酒場を越え、階段をあがったところでヒルダに捕まった。
「あと頼むね、ヒルダさん」
「任せておいて」
彼女は胸を張って言い切った。
少しずつ、広場に人が集まり出した。
「カミュー、これは何の集まりだ?」
「賑やかだな・・・」
トランまでの戦闘員としてかりだされていたマイクロトフとフリックは、城内に入った途端に見た人込みに驚いている。
「今から剣舞を見せてくださるそうですよ」
「そうか。俺も見たいのはやまやまなんだが・・・」
シュウ軍師に報告せねばならない。
「マイクロトフ。その必要はないらしいぜ?」
フリックの視線の先には、噂になっていた人物。
「二人とも、ご苦労だった。報告書の提出は明日で良い」
今日ぐらいはいいだろう。
世にも珍しい軍師の言葉に、カミューも含めて驚いてしまう。
「舞はさぞかし見物だろう」
軍師はそう言い置き、自室からやってきた城主ののところへ去っていく。
「ヒルダ」
ビクトールが宿屋の階段をあがってきた。
「アイリが迎えに行けとうるせぇんでやってきたんだ、が・・・・・・?!」
「どう? 美人になったでしょう?」
「女みてぇだな」
「どこからどう見ても女性でしょう」
ビクトールの言葉に、呆れたようにヒルダが言って苦く笑う。
「ビクトールさん、エスコートをお任せしてもよろしいですか?」
「え?」
ヒルダのその言葉に驚いた声を発した彼に、は両肩を落として刺々しい視線を投げる。
「相手に不満ありと?」
は言い、両腕を組んだ。それにビクトールは少しだけ照れたように笑った。それに驚いたのは、の方だ。
「いや・・・ビックリしただけだ。すまねぇ」
それじゃあ、いっちょ気を取り直して。
ビクトールは顔の表情を引き締めてから右手を差し伸べる。
「舞台へとお連れいたしましょう」
うっすらと笑みを浮かべての言葉に、は瞳を細めた。微笑むように薄く笑みをはいた唇は、紅をさしていて。
「お願いできますか?」
「勿論。お願いされましょう」
差し伸べられた右手を自らの左手で取れば、ビクトールの大きな手がそっと、だが力強く自分の方へと体を引き寄せる。くるりと反転させられた体は、目にも止まらぬ早業でビクトールの右腕で腰を抱かれていた。
「エスコートの仕方、間違ってんじゃない?」
「いーや、俺の辞書にはコレしか載ってねぇよ」
腰を抱く腕に力をこめて、ビクトールは視線の隅に入った紅の髪に唇を寄せる。
「この姿はこれきりにしろよ」
寄せた唇はそのままに、低く唸るようなビクトールの言葉。それにはワケがわからないと小首を傾げる。
「俺以外のヤツには金輪際見せたくねぇ」
「それはまた、強欲で」
くすくすと笑う声にビクトールも笑い、寄せた唇を項へと滑らせる。
「ビ、ビクトー・・・ル?!」
「ずっと俺の傍にいてくれねぇか・・・? 俺はフリックのような優しい男でも、カミューのように気のきくようなヤツじゃねぇ。独占欲は強ぇし、金勘定は得意じゃねぇけど」
自らをそう表現するビクトールの言葉は、のため息と笑いを誘うのに充分で。
「そんなこと、とっくに知ってるよ。・・・不器用だからね、ビクトールは」
悪かったな。
ため息を交えて言えば、は更に深く笑みを刻んで。
「仕方ない。相手になってあげるよ」
腰を抱く右腕がを深く抱き寄せ、左手は紅の髪に絡みつく。そっと左手に力が込められ俯かせられたあと、少しだけ感じる痛み。
「ビクトール、なにやって・・・?」
痛みのあとの、濡れた感触。
「唾つーけた」
もう、俺のモン。
そう笑顔でいうビクトールの顔を呆然とは見やり、そして、事の重大さに気づく。
「ビクトール!!」
項に光る、小さな小さな鬱血の跡。
体をくねらせもがき、は拘束する両腕から逃れようとするが、男と女の差は歴然としていて。とうとう諦めたは、自らを拘束して嬉しそうにしているビクトールの腕をつねった。
「皆が待ってるから離して」
「待たせてればいーさ」
「そういうわけにはいかな・・・・・・!」
ちゅ、と触れ合わせるだけのキス。がそれに気づいたのは、離れたあとだったけれど。
「ビークートーォールーーーーー!!」
「怒るなって。こんなことで怒ってちゃ、先が思いやられる」
「それは、僕の台詞だ!! それ以上無駄口たたいてみろ、ぶった切ってやる!!」
は荒々しく息を吐き出し、逃げるビクトールに持っていた剣を振り下ろしたのだった。
剣舞は盛況のうちに終わり、新しいの姿を見た面々は、各々に個々の感想を語り合いながら解散となった。そんな中、誰にも捕まることなくは舞台をおりて消えてしまった。否、誰にもというには語弊がある。たった一名の人物に、強引な身柄拘束をされてしまったため、ほかの誰にも捕まることがなかったというのが本当だ。
城の屋上のある一角。剣舞をしたときの衣装のままのと、それを胸の前で抱きこんでいる男、ビクトール。自らの両足の間にの体を拘束して、ビクトールは愛しげに紅の髪を撫でている。
「ビクトール、いままでそんな素振りなんて一度もしてなかったのに、急にどうして・・・」
こんなふうに、優しく髪を絡ませ弄ぶ姿など、想像できただろうか。
「我慢してたんだよ、これでも」
ビクトールの言葉尻が少しキツクなった。照れているのだろう。
喉を鳴らして笑うに、ビクトールは更に照れてしまって、その仕返しとして遊んでいた髪をバサバサと撫で回す。
「ビクトール、やめろっ」
「俺のモンだっていう証明、もう一個つけていいか?」
首の後ろにある、キスマーク。薄いそれだがカミューにはわかったのだろう、剣舞を見ている最中にビクトールはキツイ眼差しを受けてしまった。だが、それで動じるビクトールではない。
「駄目」
「じゃ、実力行使な」
「わ~~~~っ! 待てっ! わかった、わかったから実力行使だけはやめてくれ!」
実力行使だと、どこにどんな風にされるかわからない。身の危険を感じずにはいられない。
「面白くねぇ」
面白くなくて結構だ!
の叫びに、ビクトールは大きな声で笑う。
「おまえはやっぱりイイな。・・・あぁ、そうだ。今日が誕生日だったな。おめでとさん」
ついでのようなおめでとうの言葉を、は聞き逃さなかった。
「知ってたのか?」
「あぁ。たまたま知ったんだよ。・・・・・・誕生日ってのは、大切な日だからな」
「僕は別に大切でなんかない」
「そうか? 誕生日ってのがないってことは、生まれてないってことだろ? と、いうことはだな・・・・・・俺と会えてなかったってことだぜ」
あぁ、そうか。
生まれていなければ出会うことなんて出来ない。どちらかの一方が欠けても、それは成立しない。
「そう考えるといいんだな・・・・・・。僕は記憶がない自分をどこかで疎んでいる。だから、誕生日なんてものを知っても興味がなかった」
「そりゃあ、嘘だな」
「なぜ、そう思う?」
「この日は必ず剣舞を舞う。そう星辰剣は言っていた。――ってことは、特別な日だってコトじゃねぇのか?」
は黙ってしまう。それが図星だからだ。
「記憶のない自分を疎んでいるのは本当だろうが、それでも、おまえはそんなことにへこたれるヤツじゃあ、ねーしな」
そういいながら、強く強く抱きしめてくるビクトールの両腕に、は目を閉じる。
誰かからの抱擁を受け止められるとは思わなかった。
女に戻るときは、過去を思い出したときだと思っていた。それなのに、ビクトールにかかればこんな簡単に戻ってしまえる。
「とりあえず、離すつもりはねぇから覚悟しろよ?」
「あぁ・・・肝に銘じておくよ」
「――それにしても・・・」
「何?」
「女の姿でその言葉づかいは、似合わねぇぜ?」
「仕方ないだろ。これが僕の言葉なんだから」
抱きしめるビクトールの腕が一つ離れ、無骨な指が腰を撫でる。
「少しずつ慣らしてやろうか?」
「遠慮します!」
淫らな動きを目指すビクトールの指は、の叫びのような言葉と一緒に思いっきり抓りあげられたのだった。
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