| かじかむ指とそまる頬 3 |
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船に戻ったローは、木箱を本棚の隅に置いた。いずれの耳に入るものだ。
ベッドで眠るはあどけない表情で、やはり女なのだと思う。
「キャプテン?」
瞼を開けたが、掠れた声でローを呼ぶ。それだけのことで、ささくれ立っていた気持ちが解けていく。
「?」
彼女の手が伸びて、ローの服の裾を引っ張った。問いかければ更に強く引かれた。
「何か……あったんですか」
「わかるか?」
「ん。いつもと違って、威圧感がトゲトゲしてます。本当はやりたくなかったのにって顔してます」
の前だと感情が抑制できないのか、ローはよく彼女に言い当てられるようになった。
「これからの予定は?」
「何もねェよ」
「じゃあ、ゴロゴロしませんか」
の言葉に「たまにはそれもいいかもしれねェな」と笑って、刀を立てかけ彼女の隣に潜り込む。
「お前の手、つめてぇ」
「春島出身のオレには、まだ冬島の気候は辛いみたいで」
そう言う彼女の手をローは自らの手で包み込む。
「頬はこんなに赤いのにな?」
「あんまり見ないでください、キャプテン」
「あと3回だ」
「ん? ……あ、アレ! マジで数えて……?」
『5回「キャプテン」と呼ぶごとに、俺の望む通りにしてもらう。もちろん、ベッドの上でな』
の脳裏に響く、ローの楽しそうな声。
「当たり前だ、俺の楽しみの1つだからな」
前回の分はカウントしていないんだ、優しいだろう?
言いながらニヤリと笑ったローを見ていられなくて、は彼の胸に額を付けて。
「構いたくなるんだよ」
ローの囁きを聞きながら、は赤くなったままの頬を、ローの手に包まれていない指で覆った。
それから何事もなく10日が過ぎた。あと3日で出航になる。今日は艦内を確認し、日持ちのする食材を購入することにする。
「オレ、買い出し行ってきますね」
は荷物を持つために、自分の刀を置いていくことにする。
「、刀は持って行っておけ」
「刀持ってたら、買い出しできないし」
船長室の扉を開けたままが言えば、ローは読んでいた本を閉じて椅子から腰をあげた。
「俺も行く」
刀を持っていなくとも、がそこらの悪党に負けることはないと思っているが、それでも心配になるのはが女であるという事実があるからで。否、それよりも『特別』であるからこそ、だろう。
「お前は閃雷を持っていろ」
何かあってからでは遅いのだ。
「取ってきます」
が自室へ走っていくのを見やってから、ローは長刀を手に甲板へ出る。
「お待たせしました」
は閃雷を手に、ローを見上げる。
「行くぞ」
「アイアイ~」
ベポを真似た口調に、ローは薄く笑った。
「上達してるか?」
武器屋の区画を通っていると、突然、頭をがっつりと大きな手で押さえられた。
「痛っ!」
結構な力で捕まれた頭で見上げると、そこには武器屋の店主――ヒルデベルト・レールマンの姿があった。
「あぁ、武器屋の店主さん。とりあえず、痛いんで手ェ退けてください」
の低い声に、わりぃわりぃと大仰に笑いながら手を離す。
「おまえな……」
ローは呆れ顔だ。
「トラファルガー、今夜は空いてるか?」
「……空いてはいるが」
今夜はのピアスを開けようかと考えていたところに横槍を入れられて、ローは少々面白くない。
「そいつと一緒に店に来いよ。イイ酒が手に入ったからな。もちろん、酒場から料理は取り寄せる」
「わかった」
武器屋の店主は笑みを浮かべたまま、自らの店へと戻っていった。
「今日は少し多めに買い込め」
「リョーカイしました」
帰艦は午前様になるだろうと予想して、は苦く笑った。
ローとは店主に言われたとおり、彼の店へと足を運んでいた。ローに連れられるまま、Sランクの店のある区画へと足を入れる。
こじんまりとした店だったが、中に入れば、あきらかに質が違うとわかる品々、手入れの道具まで用意されていた。
「来たか」
男は笑い、店の奥へ来るように勧めた。2人が椅子に座ったのを見て取り、店主はコトリと木のテーブルの上に1本の酒瓶を置いた。
「これ、どうして……っ!」
青色の細身の瓶。
「お前さんの好きな酒だろう? 俺は預かっただけだ」
これを知っているのは、マスターとローと――……。
「赤髪か」
ローは忌々し気に呟く。
「そっか、シャンクス来てたんでしたね」
それに比べ、赤髪と聞いてもけろっとしている。
「お嬢さんは赤髪と会いたいと思わないのか?」
「シャンクスと? 会いたいとは思うけど、今じゃなくてもいいし。必要じゃないというか、……んー……今は満たされてるっていうか、無理して会う必要はないと思ってる」
「へぇ?」
「ハートの船員であることの方が、シャンクスと会うことよりも、オレの中では大事だから」
「だってよ?」
店主がローに向けて言えば、彼は無表情のまま「うるせぇ」と言い放つ。
「今日はここに泊っていけ」
店主は一番奥に客間があるからそこを使えと言う。
「いや……」
は断りを入れようとしたが、ローは「使わせてもらう」と彼女の腕を持って促す。
――ここで襲ったりしねぇよ。
耳元で彼が言えば「当たり前だろ!?」と彼女は素の言葉で目尻をつりあげる。
喉で笑うローに、店主はニヤリと笑って。
「それが素か。いいじゃねぇか、俺もこんな嫁がほしい」
「嫁じゃねぇっ!」
「あっはっはっはっ」
店主は笑ってガシガシ頭を撫でる。
「やーめーろー!」
噛みつく勢いでが再度叫べば、ローが「やめてやれ」と笑いながら止める。
「キャプテンのまわりって、オレを弄って遊ぶ人ばっかり!」
「あの兄ちゃんたちか」
珍しく笑いが止まらないまま、ローはの腕を持ったまま、引きずるようにして廊下を歩きだした。
翌朝。
は隣にローがいないことに気づいて目が覚めた。どうやら違う場所でも、ローがいれば眠れるようだ。
眠い目をこすりながら体を起こして――そして、気づく、今までとは違う大きな存在感。
椅子の背にかけてあったツナギを着ると、廊下を店の方へと歩いていく。
「よく眠れたか」
長い刀を左手で持ち、店の入り口と廊下の間で、壁に背をもたせかけていたローに問われて頷く。ローは体を壁から離して、を見下ろした。
「気づいてきたんだろうが……」
どうする?
視線で問われた。
「ここまで来て会わないわけにはいかないでしょう?」
「わかった」
刀を持っていない右手での髪を撫でると、その手で1歩ローより前に出たの背を押した。
「久しぶりだな」
椅子に座った男が、に言った。
「お久しぶりです」
は真っ直ぐに自分を見てくる男を、相手と同じように真っ直ぐ見詰めた。
「いい目になった。……俺の威圧に飲まれなくなったか」
「キャプテンのおかげです」
そこは俺のおかげとは言わねぇのか。
男はそう言ってニヤリと笑う。
「シャンクスには、あの時すごくお世話になって、感謝してます。だけど、今ココにいるのは、キャプテンがいたからです」
「へぇ……」
シャンクスはローを見やる。その視線を真っ向から受け止めるロー。
「その左目も変わらずか」
シャンクスはすぐにへと視線を戻して。
「最近は痛みもなくなってるし、覇気がなくても能力者じゃなかったら戦えますから、なんとかなってますよ」
――覇気がなくても戦える、か。
は過去をこの男に語ったらしい。俺が助けたことも、左目がどういうものかを知った上で、トラファルガー・ローという男はを船に乗せたのか。もしかしたら、10年前の手配書のことも知っているかもしれねぇな……。
シャンクスの胸中に気づいたのか、は「全部話してますよ」と事もなげに言った。
「俺が心配することもないようだな」
シャンクスは椅子から腰をあげた。
「が納得して船に乗っているなら構わねぇよ」
彼が1歩を踏み出すと、先ほど以上に肌がピリピリする。――覇気を強めたのだろう。
「頼むから、これ以上覇気を強くしないでくれよ。店が壊れたらどうしてくれる」
店主は言って苦笑いする。
「強くなったな」
シャンクスはの前まで行き頭を撫でると、「を頼む」とローに告げた。
「言われるまでもない」
打てば響くような答えに、彼は満足げだ。
「これからはお前たちの時代だ」
シャンクスはそう言って、店を後にした。
その後ろ姿を見送り、ローは無意識に詰めていた息を吐いた。随分と力を落としたものだったが、覇気の威力は凄まじい。
「お前……わかってて泊めたな?」
店主をローは睨みつける。
「あァ、もちろん。お前たちには必要だと思ったからな」
「え? もしかして、シャンクスとグル?」
「そういうことだな……」
の言葉にローは肯定をし、「行くか」と彼女を促す。
「明後日には出航だ。買い出しは今日中に終わらすぞ」
「キャプテンも来るんですか?」
「嫌なのか?」
「そうじゃないけど」
「けど?」
店を出ようとするの腕を捕まえ、ローはその先を促す。だが、は喋りたくないようで。
「えーっと」
「正直に吐け」
「えーっ……嫌だ」
を捕まえていた腕を離し、ローは手にある長刀を鞘から抜こうとするが、慌てたに止められた。
店の外に出ながら、は少し黙りこんで。
「あ……あんなコト言ったあとで……恥ずかしいんです……」
まるでロー以外はいらないと告白したようで――実際に告白したのと同じことだろうが――今になって恥ずかしくなったらしい。
「今更だろう。――行くぞ」
ローは呆れ顔で言うと、の背を押した。
出航当日の朝、は甲板にいた。
ツナギの下に着込んではいるが、いまだ冬の気候に慣れていないは小さく体を震わせる。
甲板から見つめるのは、海の上にある一隻の船。
エターナルポースを持っているのだろう、ログがたまるのを待たずに出航したようだ。
聞きなれた靴音が響いたが、の視線は海上の船にあった。
「出航したか……」
言葉に返すことなく、の視線はいまだ海へ向かっている。
「あの船に乗りたかったか?」
「乗りたくないですよ。乗ってもキャプテンがいないんじゃ、意味がない」
海へ視線を向けたまま、は言いきる。
――昨日のセリフで恥ずかしいと言ったくせに、こうも簡単に言い切られたら、こっちがどう反応していいかわからなくなるな……。
ローは吐きだす息が白くなるのを見やりながら、隣にいるの横顔を眺める。
「中に入れ、そのまま居れば風邪をひく。……指もかじかんでるじゃねぇか」
の赤くなった手を取れば冷たく、思うどおりに動かせないようだ。冷たさのせいで、頬も鼻先も赤くなってしまっている。
「風邪をひいて俺に看病されるのと、大人しく船に戻るのと――好きな方を選べ」
「看病って……バラシ?」
の問いに意味深に笑えば、彼女は「船に戻ります」と艦内へ消えていった。
【かじかむ指とそまる頬 完】
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as far as I know様 (お題配布サイト) |
「かじかむ指とそまる頬」 完結いたしました。
いろいろと突っ込みどころもあるとは思いますが、目を瞑っていただけると助かります。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
2017.04.23
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