彼女の見る夢は、いったい何なのだろう? 目の覚めぬ、彼女の――夢は。
出会ったのは、ほんの一瞬の偶然。 出会いはやがて、必然と変わる。――けれども。
「ちっ」
舌打ちが小さく聞こえる。可愛い容姿からは想像できぬその態度。毛先のはねた髪を風に揺らしながら、彼女は息を殺した。
どれぐらい壁にへばりつくようにして、そうしていただろうか。
幾人かの足音と、幾人かの息遣い。それがしばらくして遠くなっていくのに、彼女は小さく嘆息した。
「まったく、執拗に追い掛け回して、私の何が欲しいのやら」
ふぅ、と腕組みをしてため息を深くつく。
「さてと。彼らに見つからないうちに、この町を出ないと」
この町に入ったのは、長期間滞在するためではない。財布の中身が、正直ヤバイ。手元にある宝をお金に換金して食料を手に入れるのが目的だった。けれども、入って数時間後、自分は追われる羽目になった。
どうやら、自分の持っている『宝』のどれかが彼らの目に止まったらしいのだ。いったいどの宝が目的なのか、わからない。わからない以上、どれを売りに出せばよいのやら、悩みどころなのである。
「賞金稼ぎにでもなってやろうかな」
とんでもない呟きを漏らす。
自分自身を守れるくらいには、彼女は強かった。背後に守るべきモノがいる場合は別だが。
「と言っても、私には無理。――トレジャーハントが限界、か」
苦笑とも自嘲ともとれる笑みを口元だけに浮かべ、彼女は建物の隙間から顔を覗かせる。
――先ほどの彼らは……いないようだ。
通りに出ると、そこはもう薄暗くなっていた。
「アイツらのせいで、この町から出られなくなったじゃない」
両手を腰にあて、空を仰ぐ。途方に暮れたってしょうがないけれど、そうやっていれば少し気持ちが落ち着く。
「野宿、かな……やっぱり」
幸い、今日は天気が良い。この町は春の気候らしく、風が強くなければ心地よい気温だ。
「大きな船と船の間にでもいれば、風は凌げるかもしれない」
彼女は野宿の場所を決定し、町の南にある港へ向けて歩き始めて少ししたとき。
「うわぁぁっ」
「あんなのに勝てるわきゃねぇっ」
バタバタと慌てて店から出てくる数人のうちの幾人かに見覚えがあった。
――ヤバイ、ヤツらだ。
彼女は隠れようと身を翻すが、隠れる場所がない。
「おいおい、そっちから喧嘩売っといて、そりゃぁねぇだろ」
「お客さん!」
「逃げやしねぇよ」
店員に支払いをしていけと呼びとめられ、低い声が比較的穏やかに返答をかえす。
「てっ…てめぇっ」
一人の男が、店から出てきた緑の頭をした男に向かって、意気込んで声を放つ。その後ろの数人が、彼女を見つけてしまった。
「頭、後ろを!」
『頭』と呼ばれた彼が振り向き――こともあろうか、しっかりと目が合ってしまった。
「やっちまいますか?!」
「男より女だ」
声に、彼女は身を翻す。
「おいおい。女相手に三人とは、ちぃっと大人げないんじゃないのか? それにな、てめぇらは俺との勝負の真っ最中だ。そこんとこ、忘れてもらっちゃぁ困るな」
唇には笑みを、けれどもその瞳には剣呑この上ない色を宿して、それはさながら、狩りを待つ獣のようだ。
「何やってんだ、おまえらはあの女を追え!」
「しっ…しかしっ」
「いいから、行けっ」
小さく男たちは頷き、頭の彼を一人おいて彼女を追いかけるために走り出した。
「まったく、反吐が出るほどなさけねぇな」
緑の髪の男はそう言い、腰に携えていた剣の一本を抜いた。
「度胸だけは認めてやる」
一人でかかってくる、な。
唇を不敵に引き上げ、笑う。その姿を視界の隅に映しながら、彼女は追いかけてくる数人の男たちから逃れるように地を蹴った。
翻した体を宿屋の屋根へとおろし、彼女は彼らを見下ろす。
「どこに行った?!」
「見ろ、屋根の上だ!」
「へぇ…身軽だなァ」
「あんたたちのせいでこの町から出られなくなるんだから、責任だけはきっちり取ってもらわないと」
緑の髪の男にも視線を向けながら、彼女は言い放つ。
「おい、俺も入ってンのか?」
「当たり前でしょう? こんな騒ぎを起こして、どうやって……」
言いかけ、彼女はため息を深く深くついて。
「愚痴ったってしょうがないか」
カタをつければ済むことよね。
彼女は一人呟き「誰か知らないけど、腕はたつんでしょ?」と問うた。
「勿論」
しっかりとした言葉に、彼女は唇に笑みを刻み、そして、屋根から舞い降りた。
「それにしても、強ぇな」
息も乱さずに男が言うのに、彼女は肩で息をしながら「嫌味?」と本当に嫌そうに言った。
「あなたの腕に比べれば、『月とすっぽん』よね」
ため息まじりの呟きを落としながら、ジーンズについた土埃を払い落とす。そして、右手に持っていたナイフを腰へとおさめた。
「正直、助かったわ。――ところであなた、この酒場に払い、済ませてないんでしょ?」
「あぁ、そうだった」
「行ってこないと、無銭飲食だと思われるわよ?」
そうだな、と彼は店の中へと戻っていく。それを見つめて、彼女はその場を後にするべく歩を進める。
名前を聞かれても、答える名前がない。一人で生きてきた自分には、名前がないのだから。
幾歩か歩みを進めたところで肩をつかまれた。ぐぃと引き止められ、その手の強さで強引に振り向かされた。
「ナニ?」
「酒は飲めるのか?」
「残念ながら」
「嘘だな」
「――……どうしてそう思うの?」
「勘」
緑の短髪が暗くなった空に紛れ込む。意外なほど真摯な瞳を見つけて、それ以上、強く拒むことができなくなってしまう。
「あなたの言うとおり、嘘。一応、飲めないこともないけれど、あなたの相手になれるかどうかは疑問ね」
見るからに酒に強そうな彼に付き合えるほど、酒が好きなわけではない。
「じゃあ、付き合え」
彼は後ろから彼女がついてきているのを確認しないまま、別の酒場に向かって歩き出した。
まったくどうかしている。
緑色の髪の毛を見ながら、彼女は名前も知らない、どこの馬の骨ともわからぬ人間と一緒に歩いている。
「あぁ、あった。ここだな」
彼はどうやらこの店を探していたらしかった。
「ここに来る予定だったんだが、どう間違えたのかあんな辺鄙なところに出ちまってな」
そう彼女に言い、思わず呟かれた「そうとうな方向音痴ね」の言葉に「うるせぇ」と低い声が吐き出された。
「ま、無事につけたんだからいいだろ。終わりよければすべてよし」
言いつつ、名も知らぬ彼は酒場の扉を開いた。そのまま一人で入って行けばそのまま踵を返そうと思ったのだが、それは「来いよ」と振り向きながら言われた言葉にかなわなかった。
「お、ゾロ! 待ちくたびれちまった」
「ルフィ、てめぇ…その腹でナニが『待ちくたびれた』だァ?」
見ればこれ以上もなく膨れたそのお腹。
「あら?」
どうやらこの緑頭はゾロという名前らしいと思っていると、女性の声が聞こえてくる。
「あぁぁぁぁっ」
その隣でなにやら奉仕している蜜色の髪をしたスーツ姿の彼が目を丸くして叫んだ。
「ゾロ、その後ろの彼女は誰?」
あら?と呟いた黒髪の女性の二つ隣にいるオレンジ色の髪をした活発そうな女性がそう言ってくる。それにゾロと呼ばれた彼は、気づいたように視線を投げてくる。
言葉ではなく目線だけで「こっちへ来い」と言われていることに気づいた彼女が幾歩か歩いてゾロの隣へとたつ。
「……どうも」
挨拶するのも面倒で、彼女は愛想笑いもせずにそれだけ言う。こういうことになるのなら、もっとしっかり逃げておけばよかったと。
「どこか具合でも悪いのか?」
青い鼻のトナカイがそう言って心配そうに聞いてくるのに「いや…」とこれまた愛想のない返事を返す。
人と馴れ合うのがあまり好きじゃない彼女には、大変迷惑この上ない。
「あぁ、悪ィな。俺はこいつと話がある。カウンターの方で飲んでる」
なんとなく声の感じから察したのか、ゾロはそう言ってカウンターの方へ行っていろと言う。それに頷き、彼女はカウンターへと歩いていった。
「それにしても、可愛いじゃない?」
ゾロがあんな子を引っ掛けてくるなんて。そんな言葉が続きそうな言葉に、ゾロは嫌そうな顔をしながら。
「ここへ来るのに迷っちまって、道聞こうと思って近くの酒場入ったら、なんだか知らねぇうちにイチャモンつけられちまってな。そいつらと一悶着しているところにアイツが来たってわけだ」
「ふぅん? それで?」
「ナミ、ロビン。そんなに聞いてやるなよ」
「そんなこと言っても、気になるじゃない。ウソップだってそうでしょ?」
「そりゃそうだけど」
ウソップは長い鼻を掻いている。
「でも、かわいそうだよ」
助け舟を出すチョッパーの帽子をトントンとゾロは叩いて、サンキュと声にしない言葉をかける。
「知りたきゃあとで話す。今は――アイツと話がしてぇ」
そう落ち着いた声でゾロが言えば、黙っていたルフィがゾロを見上げてニヤリと笑った。
「そうだな」
ルフィはそう言っておおらかに笑った。
コトン、と目の前に置かれたグラス。店主はグラスを磨きながら、彼女をチラリと見やって検分しているようだ。
「ありがとう」
それだけを口にして、彼女はグラスに口をつける。
「よぉ、待たせたな」
「何度か帰ろうと思ったよ」
そう低く呟いた彼女に、ゾロは「悪ィな」とまったく悪びれないような声音で謝った。
「それで? 何で私を誘ったのよ」
「あぁ…別にこれと言って用はないんだが……話をしたいと、思ったんだよ」
「話?」
「たとえば、どうしてあんな野蛮な連中に追われているのか、とか」
「あんたには関係ないでしょ」
「それに、おまえの名前もまだ聞いてないしな」
やっぱりそうきたか、と彼女は胸中で苦笑し、跳ねた髪をかきあげる。
「私の名前を聞く前に、自分の名前を言うのが先」
「あぁ、悪ィ。…確かにそうだな」
さっきから謝ってばかりの彼に少し苦笑してみせる。
「俺ぁ『ロロノア・ゾロ』だ。海賊狩りをやってたんだが、今は見てのとおり『海賊の仲間』入りだ」
「どこかで見た顔だと思ったら、膨大な値段の賞金首かかってた男ね」
そう言って彼女は「六千万」だったかなぁと自分に向けて呟く。
「で、おまえは?」
「『名無し』」
「はぁ? 冗談は――」
「ないんだよ、私には」
ゾロの言葉をかき消すように、彼女はそう強く言い切った。
「――本当なんだ。私には、名前がない。…まぁ、別にそれで困ったなと感じることもなかったしね」
名前がないから、人と馴れ合うことが嫌いになった。――それが真相なのだけれども、そんなことを愚痴ったところで「名前が出来る」わけでもない。
「どうして名前がないんだって聞いてもいいか?」
「聞いてもいいか? なんて言いながら聞いてるじゃない」
彼女は苦笑して、グラスの中身を喉へと流し込む。
「――隠すことでもないけれど……」
喉の奥へと流し込むと、身体の芯が熱くなる。ゆっくりと置かれたグラスに注がれた琥珀色のそれに、彼女は顔をあげた。
「俺の奢りだ」
ありがとうと素直に受け取り、彼女は小さく息を吐いた。
「生まれたときには間違いなく名前があったと思う。父がいて母がいて――だから私が生まれた。だけど、私が気がついたときにはまわりには誰もいなかった。……いたのは、黒い猫だけだった」
「両親は?」
「わからない。誰も私の両親の行方を知らない。両親の実家さえも知らない私には、探す宛もない。――それに、両親が本当に両親なのかどうかも……今ではわからない」
「そんなこと――」
「ありえないとは言い切れない。悪魔の実なんてある世の中だもの、それぐらいのこと、あったって不思議じゃない。猫と自分――二人分の食料さえ手にない状態で、私はいろんなことをしてきた。見ず知らずの人たちに甘えたこともある。恵みを与えてもらおうとしたこともある。そんな状況でずっとギリギリの状態で生きてきた」
「すげぇな、おまえは。――尊敬する」
ゾロの感嘆に、彼女は苦笑だけを宿す。
「尊敬してもらえることなんて、一つもしたことはないよ。……猫を従えて、私は宝探しをはじめた。『トレジャーハント』をはじめて、そこで見つけたものの中にどうやら『彼ら』には魅力的な『何か』があったらしいんだけど、どうも私にはわからなくて」
困っていたんだ、と彼女は最後に締めくくる。
「そうか、それでやつらに狙われていたのか。――しかし、名無しじゃあ…どうしたもんかな」
ゾロは困ったように呟き、それを耳にした彼女は『何が?』と問うた。
「どうやらおまえ、うちのヤツらに気に入られてるようだしな」
「はあ?」
何がなんだかわからないという彼女に、彼は振り向け、と言った。そう言われて振り向くと、仲間だろうと思われる数人がにこやかにこちらを見ていた。
トナカイは深く帽子をかぶってはいるが、自分を心配そうに見つめてくれている。長い鼻の彼は、お腹をいっぱいに膨らませた彼から自分の食事を死守しようと必死ではあるものの、こちらを気にしているようだ。黒髪の、一番年長だろう彼女は、本を片手に、それでも視線はこちらに向けて薄く笑っていて、オレンジ色の髪の彼女は手を振ってくる。立って先ほどから奉仕を続けていた彼も、手を休めてこちらを見、前髪で隠れていない目を細めて笑っている。そして、ルフィと長い鼻の彼に呼ばれた男は、食事する手を止めてニヤリと笑った。
どうやら、事情があるのだろうと読めている顔だ。
誰もが、自分に負の感情を抱いていないことがすぐに感じ取れた。
「名前がなけりゃ、呼ぶことができねぇ」
「名前なんて必要ない。――私は、誰とも馴れ合うつもりはないから」
彼女は言い、椅子から腰をあげた。
「ありがとう。聞いてくれて少し楽になった」
彼女が立ち上がったその背後に、ゾロの仲間がやってきた。
「今夜の宿はお決まり?」
「宿と食事を『無料』で提供いたしますよ」
ロビンといわれていただろうか、と彼らの会話をたどりながら黒髪の彼女を見やる。そのあと続けざまに言われた言葉に、危うく「お願いします」と頭をさげそうになってしまった。
蜜色の髪をした彼は、静かな動きで彼女の前にたどり着き、腰を折った。
「どういたしますか、お嬢様?」
そう言って彼は唇の端を引き上げる。
「お嬢様なんて柄じゃない。――それに、私には名前がな……」
「俺が決める」
「――え?」
彼女の言葉をさえぎるようにゾロが力強く言った。
「あんたがぁ?」
「ナミ、そんなにあからさまに笑うな!」
ゾロがオレンジ色の髪をした彼女へと言い放つ。少し耳を赤くして、ゾロは怒りというより羞恥を感じているようだった。
「名前がないのか? ――きっとあった方がいいと思うぞ?」
トナカイが彼女の前へとやってきてニコリと笑った。
「どうする? 無料で宿と食事が手に入るんだ。悪い話じゃねぇだろ?」
ゾロに言われて、彼女は彼らを見渡す。
名無しでも無愛想でも、彼らは自分の船へと招待すると言ってくれている。それに、少しだけ甘えてみようと――彼女は思う。
「一晩だけ、お願いできますか?」
問えば大きな声が返ってきた。
「一晩だなんて遠慮するな!」
それは、船長であるモンキー・D・ルフィだった。
酒場をあとにした彼ら。
一番先を歩くのはナミとサンジ、その後ろにロビンとチョッパー。そこから少し外れてルフィのウソップ。最後にゾロがいて、その横に。
「名前を決めるって――本気?」
問いかけると、ゾロは困ったように、けれどもハッキリと頷いた。
「言ったからには決める。ずっとおまえ呼ばわりもできねぇし……それにな」
ゾロは言いかけた言葉を飲み込み、隣を歩く彼女を見下ろす。女性でも少し背の低い彼女は、ゾロの肩よりも視線が低い。
「名前を…呼んでみてぇ」
彼はそう照れたように言って、見下ろしていた視線をまっすぐ前へと向けた。カチャリと歩くたびに鳴る三本の刀の音と、足音だけが二人の間に落ちる。
「二人で何を話しているのかしら」
少し気になるなとナミが言えば、サンジは小さく笑って。
「くそゾロにしてはいい点をついてきたなと思いますけどね。まさか彼女があの――」
「それは言っちゃだめよ」
近くに来たロビンが声を潜めた。
「何でだ?」
チョッパーが尋ねるのに、ロビンは「そのうちわかるわ」というだけだ。
「ついたぜ」
縄梯子でしか乗り降りのできない小さな船。他の船に比べて断然小さい船で、攻撃をできるような大砲も数えるくらいしかないのに、よくも無事で乗り越えてきたなと関心してしまうほどだ。
「手ぇ貸そうか?」
「一人で行ける」
船へと先にのぼったゾロが彼女に向けて手を出す。だが、彼女はその手を取ろうとはしない。
「まったく、そんなところが気に入ってんだけどなァ」
そう一人呟く声は彼女には届いていないようだ。だが、別の人物には聞き取られてしまっていたようで。
「ゾロがそんなこと言うなんてねぇ…」
「うるさい」
悪魔に聞かれてしまったと、彼は胸中で呟く。
「サンジ、腹減った!」
ルフィの声に、サンジが「さっきまでたらふく喰ってただろうが!」と蹴りが入る。けれども、ふと見上げた空に星があるのを見つけ、彼は嬉々とした色を蒼い瞳に乗せた。
「飲み物と軽いつまみを用意しますよ。……夜空を見ながらティータイムもクソうめぇはずだ」
語尾は空を見ながらの呟き。それに皆が同意した。
「本当にいいの?」
「今更帰るなんていうなよ?」
「いっ…言わないわよ」
詰まった言葉にゾロは苦笑し、こっちへ来いと彼女をみかん畑のそばへと連れて行く。
「こんなところに来て、大丈夫?」
「あぁ、心配いらねぇよ。どうせ小さい船の中だ。一周回ればたどり着く」
ゾロはみかんの木に背を預け、節くれだった指をトナカイへと向けた。
「あれが船医のチョッパー。ヒトヒトの実っていう悪魔の実を喰って、トナカイだったのに人間になっちまったヤツ。…で、あいつ。長い鼻のあれがウソップ。嘘ばっかり言って怖がりだけどな、結構役に立つ。船の修理もするしな。――あぁ、この船、ゴーイングメリー号っつーんだけどな、あいつの彼女からもらったモノで、ついでにアイツも転がり込んできたって感じだな。…違うか、アイツが来たからこの船が手に入ったのか」
仲間の特徴と名前を言いながら、ゾロはあまり普段はしゃべらないのだろう、ゆっくりと、言葉を選ぶように声にする。
「おっと、出てきたな。あいつがサンジ。コックで、戦闘は足技。手は料理に使うから傷つけたくねぇんだとよ。悔しいがあいつのコックの腕も戦闘の腕もピカイチだ」
「本人には死んでもいえないって顔してる」
「…るさい。本片手に海見てるやつがロビン。ハナハナの実ってやつの能力を持っている。どんなところにでも手を出せる。一本だろうが五本だろうがな。後ろのみかんの木、これがナミの大事なモン。もっとも、ほとんど俺の隠れ蓑だけどな。海賊目当ての泥棒をやっていた。今はたよりになるけど煩い航海士だ」
ふぅん…ととりあえず相槌を打ち、彼女は言われた特徴と名前と顔を一致させるべく、視線を彼らの方へ向けたところで、サンジの視線にぶつかった。
「大喰らいのあいつがルフィ。一応、この船の船長だ。ゴムゴムの実の能力者。コックの一番の悩みは、ルフィの食事の量だろうな」
ゴムだからか、やたらとよく食べやがる。
ゾロは食事はそこそこに、どちらかと言えば酒の方が多い。
「用意が出来たみえてぇだな。煩く言われねぇうちに行くか」
よいせっと体を起こして立ち上がったゾロは、問いかけもせずに彼女の手を持ち引き上げた。
「ちょっ…はなし……っ」
「新鮮でいいな」
こんなこと、したことがないからな。
ゾロの声に、彼女は声をたてて笑ってしまう。
「笑うな!」
「柄じゃないと思うならしなきゃいいのに」
「やってみたかったんだよ、俺が」
ゾロは乱暴に手を離すと、ズンズンと一人、仲間の元へと歩いていってしまう。
まったくもう、なんだか――不思議なところ。
それが、彼らの船の、第一印象だった。 |