約 束  6





 
 宴は夕方からはじまり、太陽が落ちて月がのぼっても、終わることはなかった。
 そんな中、は皆に見つからないようにその場から抜け出した。1本の瓶を持って。
 自分が彼に助けられたその場所は、そのころとはまるで変っていて。
「嘘のようだな」
 呟きが落ちる。
 が出て行ったあとに、海軍の手によって防護ネットが張られたらしい。村長が掛け合ったのだと聞いた。
「私は海賊になっちゃったけど・・・それでも、あの船に乗ったこと、後悔していないよ」
 持ってきた瓶をあけると、そっと口を傾ける。
「酒も飲めるようになったし、料理も上手くなったよ。・・・船員(クルー)のおかげだけどね」
 瓶の口から流れていく液体を見つめながら、言葉を続ける。
「自分を責めて、責め続けて生きていくんだって、ずっと思ってた」
 すべての液体を流し終えて、は薄く笑う。
「ここで助けてもらえなかったら、私は彼らに会うことができなかった。・・・だから、感謝してる」
 宴で騒ぐ声が遠くに聞こえ、ルフィの気持ちよく歌う声を聴くことにする。その声に交じって、チョッパーやウソップの声が聞こえてきて、そのうち、村人の声も聞こえるようになった。
 ルフィは何かしらを引き寄せる力を持っている。人だけではなく、動物も。滅茶苦茶な理屈を通すことも、我儘を通すこともある。それでも、彼のまっすぐな性格が「仕方ないな」と思わせるのだ。
「こうやって思えるようになったのは、きっと『彼』のおかげだな」
 『彼』はルフィを指しているのではない。自分がどこにいても探し出してくれる『彼』。今も、宴の輪にいないことに気付いて探しているかもしれない。
「あの箱も、あの指輪も、彼に預けることにしたよ。ちゃんと2本そろえてね」
 私の心を尊重してくれた彼だから、預けることができる。甘えだということも承知で、それでも、いつかそれを見ながら笑いあえることを信じて。
「彼の横は今までで一番心地よくて、落ち着くから・・・ごめんね」
 自分のことを思い出にして生きてくれと言った貴方のためではなく、私が私でいるために。
 コツリ、と靴音が響く。誰の靴音なのか、すぐにわかった。
「探したよ、ちゃん」
 ふわりと彼の吸う煙草の匂いがした。
「よくわかったね」
ちゃんのこと、いつも見てるからね」
 ナミやロビンに向けるハートマークの飛び交う声とは明らかに違う、静かな声。その声で呼ばれるたび、サンジは自分にとって『特別な存在』だと思い知らされるのだ。
 の横に立ったサンジも、と同じ瓶を1本、左手に持っていた。
ちゃんも持ってきていたのか」
 サンジは言いつつ左手をあげる。
 白い瓶に桜の花びらの模様。隣町の特産品で、この村にもたくさん貯蓄してあったものだ。
「これが一番、馴染みだろうと思ってサ。・・・彼には飲ませてあげたんだろう?」
 頷くを見やってから、サンジはその瓶をあけた。
「じゃあ、これは俺たちで飲もうか」
 サンジは手にある酒瓶を口元に持っていくと、そのまま1口飲んだ。
 え、とは目を見張る。
「珍しい」
 サンジは酒瓶をもう1度煽って飲むと、「たまにはね」と笑う。サンジが差し出すそれを受け取り、もそのまま口へ運ぶ。
 喉に通るアルコールは弱く、味は少し甘めだ。ほのかに桜の香りが鼻に抜けていく。
「サンジには甘すぎるんじゃない?」
「まあね。ちゃんは好きそうだ」
 もう1口と飲んで、ふと思う。
 何も考えずに受け取って飲んだが、これは所謂『間接キス』なのでは・・・。
 ちらりとサンジへ視線を向けると、してやったりの顔。
 ――確信犯ってことね・・・。
 アルコールのせいだけではない頬のほてりを気付かれないことを祈って、はサンジへと酒瓶を戻す。
「戻ろうか」
 は他のクルーが気付いて大騒ぎする前に戻ろうと、踵を返してサンジの横を通り過ぎようとするが、その腕を彼がとらえた。
 疑問に思う間もなく腕が引かれ、その勢いのまま胸に飛び込む形となった。瓶を持った左手をの腰に回し、右手は彼女の腕を捉えたまま。
「もう少し・・・」
 サンジの低い声。
 服に染み付いた煙草の匂いを吸い込み、は「少しだけね」と笑った。
「ありがとう」
 彼に見せつけたいのか、嫉妬しているのか――あるいは、両方か。
 サンジの思いはわからないが、それでもこの腕の中は心地いいから。
「気が済むまで付き合ってあげる。でも、船の中では禁止だからね?」
 腕の中から言えば、サンジはにやりと笑って。
「船の中じゃなきゃ、いいんだ?」
「え? あ、いや・・・そうじゃないんだけど」
 歯切れの悪いの言葉に、サンジはさらに笑みを深くして。
「約束、忘れたとは言わないね?」
 は思い出してしまったその約束を思い出し、諦めたように溜息を吐き出した。










 村人まで巻き込んで騒いだ翌日の朝、は広場に転がっているルフィを見下ろし苦笑する。ルフィから少し離れたところに、ゾロが壁にもたれて眠っている。ナミやロビン、ウソップやチョッパーはの家のリビングで眠っていた。
 あれから一緒に戻ってきたサンジは、の自室で、と一緒の布団にくるまって眠った。そして、今はの家のキッチンで、クルーが起きてきたら簡単な食事ができるようにと、スープを作っている。
 が散歩を終えて帰宅すると、家の中にいた全員が起きていて、サンジの給仕を受けているところだった。
「ルフィとゾロはまだ外で寝てるの?」
 ナミの問いかけに、は「よく寝てたよ」と頷く。
「もうそろそろ起こしたほうがいいかしらね」
 言ってナミは椅子から腰をあげる。
「私はルフィを連れて船に戻るわ」
「ナミさん、「腹減った」ってうるさいだろうから、アイツにこれを」
 ルフィ用の弁当をナミに渡すと、サンジはの前にスープを置いた。
「俺も船に戻るとするか。・・・ついでに買い出しもしたいしな!」
「じゃあ、俺も! 一緒に帰るよ」
 ウソップの言葉にチョッパーも帰ると言う。どちらにしろ、明日には出航予定だ。今日中には船に戻らなければならない。
「ロビンちゃんはどうする?」
 もう少しゆっくりするなら、ロビンに飲み物でも出そうと思っていたのだろう。サンジの問いに、ロビンはうっすらと笑みを浮かべて。
「私も船に戻るわ。・・・本屋さんにも寄ってみたいし」
 ゆっくりと立ち上がると、サンジに「ご馳走様」と言ってから、家を出て行った。
 はその会話を耳にしながら、ゆっくりとスープを飲む。この家で、まさかこんなに賑やかな会話が行われるとは思っていなかった。それに少し、戸惑っている。
ちゃんはどうする?」
「あの店に寄ってから帰るよ」
「俺も一緒に行ってもいい?」
「いいよ。受け取るだけのつもりだしね」
 サンジはの食べ終わったスープ皿を受け取り、流しへ置く。
「挨拶に行くだろ? その間に片付けておくよ」
「いいよ、自分でするし」
「いいから。――行っておいで」
 いつも以上に優しいサンジの声音に、は頷くことしかできなかった。





 村長と彼の母親に挨拶をし、こちらへ進路が向いたときには顔を見せにくると約束し、サンジとともに街へ戻ってきた。船へ戻る前にあの店に寄り、指輪を受け取った。オルゴールの箱に二つ並べて入れると、それをサンジへ手渡す。
、戻ってきたのね」
 サンジとともに船に戻ったは、ルフィを連れて戻ってきていたナミに引っ張られて、女部屋へと連行された。
「や~め~ろ~っ!」
「言うこと聞きなさいっ!!」
 女部屋からはの切羽詰まった悲鳴に似た声が聞こえたが、ナミの一喝で静かになった。
 ナミはの服を強引に脱がすと、手に持っていた服を彼女へ押し付ける。
「これを着なさい」
「何で!?」
「ちゃんと『自分』を見せてあげなさいよ。明日にはまた船の生活になるんだから、それ着てデートしてきなさい」
「えっ!? デ・・・ッ」
「着ないなら、この格好のまま部屋から放り出すわよ?」
 服は脱がされてしまったから、下着の状態だ。そのまま放り出されるのは、絶対に嫌だ。
 渋々、は渡されたブルーのワンピースに袖を通す。
 ライトブルーのシャツワンピース。足元は白いサンダル。諦めたように溜息をついたの腰に、ナミはブルーベースのチェックシャツを巻いて結んだ。
「いや、似合わないってコレ・・・」
「大丈夫よ」
 女部屋から無理矢理送り出されたは途方に暮れる。後ろから出てきたナミは腕を組んで仁王立ち。
「ほら、行ってきなさい。大丈夫よ、自信を持ちなさい」
 ナミに言われて、甲板に出る。そこには、海を見ながら煙草を咥えているサンジがいた。
 少し光沢のある黒いパンツに白いカットソー、ネイビーブラックのジャケット。
 気配に気づいたのか、サンジが振り返る。
「サンジ、その恰好・・・」
「どうやら、ちゃんも・・・みたいだね」
 がナミに連行されたあと、ロビンに着替えるように手渡されたらしい。
「お手をどうぞ」
 恭しく手を差し出され、は困惑してしまう。
 サンジは差し出した手での手を取ると、その甲に口づけを落とす。
「行こうか」
 手に取った指はそのままに、サンジは口元を綻ばせた。





「行った・・・みたいね」
 ナミはようやく肩の荷が下りたと呟き、ロビンはその呟きに「そうね」と相槌をうつ。
「きっとサンジくんなら、を丸ごと受け止められると思うわ」
 クルーが知らないの過去を知っていると、ロビンはサンジから聞いた。内容は本人が言わないのに自分が言うわけにはいかないと、口を堅く閉ざして詳しい話を聞くことはできなかったが。
「オルゴールの箱をキッチンに置いていたわ。コックさんの持ち物ではないみたい」
 上着のポケットから取り出して、サンジはキッチンの上の方の棚に置いた。手の届きにくい高い場所は、視界にも入りにくい。だが、場所さえわかれば見える場所。
「サンジくんが自分のテリトリーに置くってことは、相当大事なものよね」
 彼がそこまでするのなら、それはサンジのものではなく、『彼女』のものだろう。
「――の過去の欠片・・・かしら?」
「そうでしょうね・・・。きっとから喋ってくれるでしょ。今はそれでよしとするわ」
 ナミはロビンと一緒に甲板に出ると、遠くに見える二人の後姿を見やった。






【約束 完】









     





「約束」 完結いたしました。
この話を書きはじめたのは随分前で、ロビンが仲間になったばかりのことでした。(アラバスタ編のすぐあとぐらい・・・かな?)
船もゴーイングメリー号で(作品内に名前は出しませんでしたが)、見切り発車をした作品でした。
ラスト(サンジと二人で出かけた後)を書いていませんが、ご想像にお任せします、ということで。
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。