自室に入ったは、部屋の隅にあるテーブルへ近寄り、その一番上の引き出しをあけた。そして、その奥へと手を伸ばす。
取り出したのは、ずっと奥へと閉まっていたオルゴール。開けばそこに、彼のくれた指輪があった。置きっぱなしだった指輪はくすんで輝きを失っていたが、あの店にあったものとまったく同じ作りだった。
思い出にするために、ここへ来た。それに皆は気付いているのだろうか。
コンコン、と控えめなノックの音。この家は大きくないから、の部屋がここだとすぐにわかるだろう。そして、この控えめな音をさせるのは――1人しかいない。
一人にしてくれって言ったはずなんだけどな。
引き出しを閉じ手にあった箱をテーブルに置いてから、部屋の扉を開いた。
「一人にしてくれって頼んだはずだけど」
まだ、あの箱に少し触れただけだ。思い出にするには、時間がかかる。
そんな思いもあって、の声はいつもより不機嫌になっていた。
「あぁ、悪ィ。何か食べたほうがいいと思ったからサ」
サンジの手に、コーヒーとサンドイッチがあった。
の開けた扉からするりと中に入ってきたサンジは、そのトレイをオルゴールの横に置いた。
「無理に来たのは悪かったと思ってる。俺が勝手にあのじーさんから聞き出したのも悪いと思ってる。――けど、できれば頼ってほしかったよ」
サンジはトレイからへと視線を向け、まっすぐに見る。
「なんでも1人でやろうとするなよ。・・・1人で背負って、傷ついてほしくないんだ」
はサンジから視線をはずし、オルゴールへと向けた。
船員たちが自分のことを大切にしてくれているのは、わかっていた。わかっていたからこそ、迷惑をかけたくなかった。
――みんな、お人よしすぎる。
は小さく苦笑いをする。
「この村は昔、まわりは崖で覆われていたんだ。地盤の緩い土地が多くて、長雨になるとすぐに崩れるような場所ばかりで。・・・この家はそんな崖の近くにあった」
「今はそんな場所、見当たらなかったな・・・」
「私もここに来るまでに驚いたよ。――昔の面影がまるでなかったから」
サンジの言葉に、は頷いた。そして、自分の服のポケットから、サンジから手渡された手紙を取り出し、それを彼へと差し出した。
「いいのか・・・?」
「サンジだけならいい。できれば、ナミたちには見せたくない」
きっと、ナミやチョッパーは泣くだろう。ルフィやゾロには自分が泣かされるかもしれない。ロビンの反応はわからないが、核心に触れてくるかもしれない。
「わかった」
サンジは頷き、その手紙を広げる。
しばらくして読み終わったサンジは元通りに手紙を戻して、へ返す。
「指輪はその中に?」
オルゴールに視線を向けて言うと、は頷く。
「店のは?」
「店にあるままだよ。――帰りに取りにいく」
「そうか。・・・だったら、コレを俺に預からせてくれないか?」
「え?」
は船に戻ったら、このオルゴールの箱に2本セットで入れて、そのまま海に流すつもりだった。
「ちゃんがそいつのことが愛してたってことも、そいつがちゃんのことを愛してたってこともわかってる。それを思い出にしようと努力してるってことも、わかってる。――けど、この指輪を捨てるのは・・・違うと思う」
「・・・!」
ちゃんはきっと、これを海に流すだろ?
サンジの言葉に、気付かれていたのかと驚く。
「海に流すのと捨てるのとは違うっていうかもしれないが・・・言い方が違うだけで、手元から『失う』のは同じことだ。――俺はちゃんが好きだ。本当は、こんな指輪なんかなくなってしまえばいいと思ってる。だけど、そうしてもちゃんはきっといつか・・・自分から手放してしまったことを、後悔する気がする」
だから、せめて自分の手の内に置いておきたい、とサンジは言った。
「けど、サンジはそれでいいのか?」
「嫉妬で目の前が真っ赤になるだろうけどね」
両肩をすくめてみせるサンジは、見慣れた煙草を咥えた姿。
「ちゃん、さっき俺が言ったこと聞いてたよな?」
「もちろん聞いてたよ」
聞いていたが、それがどうしたのだろう?
はサンジの問いを不思議に思う。そして、台詞を思い返してみる。
「!」
目を丸くし、の頬に朱が走る。
「反応がないからちょっと心配した。――そういうワケだからサ、俺は俺の思惑での過去を清算させたい。ソイツのことをクソ野郎と思うけど、愛した『女性』を守った心は理解できるからな」
サンジの、見える片目が細められる。
「――・・・」
はサンジに言われて、視線を明後日の方へ向けた。
――頬が熱い・・・。
「俺は下に行ってるよ」
心の整理も必要だろうしな。
サンジは胸中でそう呟くと、の部屋から出て行った。
翌日。
今日は海賊が来ると聞いた日だ。
村は物音ひとつなく、静まり返っている。村人が海賊を警戒しているからだろう。
家にいる麦わら海賊団の面々は、いつもどおり、騒がしく食事していた。
はひとしきり食べると、椅子から腰をあげた。
村人はきっと、この騒がしさを快く思っていないだろう。
「少し散歩してくるよ」
「俺も一緒に行っていいかい?」
サンジの言葉には無言で頷く。
この人には気づかれてしまっている。今更、隠す必要がない――・・・。
と横に並び、サンジは歩く。煙草の煙をくゆらせながら、ちらりとへ視線を向けた。
「この村の出入り口は一か所しかないから、来るならそこからだ」
は言い、入口付近で立ち止まる。
「待ち伏せるのか?」
「もちろん。村で暴れたら迷惑がかかるからね」
しばらくすると、遠くから人影が見えた。大男が2人、あとは10人ほど、剣を携えた男たち。
「アレぐらいならちゃん1人で十分そうだな」
「悪魔の実の能力者がいなかったらね」
影は花畑を踏み荒らしながら、こちらへと近づいてくる。
はサンジと入口でただ立っているだけだ。
「帰ってくれないかな」
の横を男たちが通り過ぎようとしたとき、彼女は言った。それに男たちは見下ろしながら大きく笑う。
「この村のモノは俺たちのモノだ。何をしようと俺たちの自由だ」
大男の1人が言えば、他の男たちもたちに向かって卑下た笑みを浮かべた。
「クソ汚ねぇ笑いだな」
サンジが思わず呟くが、は無表情で男たちを見上げた。
「コイツ、男にしてはもったいねぇぐらいキレイな顔してるぜ?」
くつくつと笑う男に侮蔑を含んだ視線を向けたは、横にいるサンジへちらりと目を向ける。
「船に戻ってじっくり可愛がってやろうか?」
サンジがギラリと射貫くような目で男たちを見るが、それをが止めた。
「遠慮するよ。私にも選ぶ権利がある。私より強くないと、主とは認めないんでね」
言葉の裏に『自分より弱い』と込められたのがわかったのだろう、男たちは目尻をつりあげ、剣を構えた。
「悪いけど、村に入る前にあんたたちを片付けるよ」
「言わせておけば・・・!!」
男たちは一斉にへ襲い掛かるが、彼女は無表情のままだ。そのまま右手を柄にかけ、勢いよく引き抜き両手で構えて振り下ろし、そのまま鞘におさめた。
彼らは風が走ったとしか感じられなかっただろうとサンジは思う。
動体視力が優れていれば見えただろう太刀筋。
男たちは自分に何が起こっているか理解できていないようで、剣を振りかぶった。
「やめといた方がいいと思うけど」
男たちがもう1度へ向かってこようとしたとき、それは起きた。
ぷっ・・・とサンジが吹き出す。吹き出すだけでは耐えきれず、彼は目尻に涙を浮かべながら大笑いをはじめた。
男たちはそこでようやく自身に起こったことを把握した。
ひらり、と男たちのズボンが落ちていく。は傷を負わせることなく、男たちのベルトを切ったのだ。
「~~~~!!」
遠くからルフィの声がする。散歩から帰ってこないのを心配したのか、じっとしていられなかったからか――・・・。
ま、後者かな。
は胸中で呟き、無表情だった顔に少しだけ笑みを浮かべた。
「俺に任せろぉぉぉぉっ!」
びよーん、と伸びたルフィの手が男たちを一纏めにする。
「ルフィ、村ン中では暴れるなよ!」
サンジの声にルフィはシシシ!と笑って、村の外へ力いっぱい投げた。
「「うわーーーーっ!」」
男たちはズボンをはぎ取られた状態で、花畑の向こうへと飛ばされる。
「あーあ」
手をだすことなく言ったのにな、とは苦笑いをするしかない。
「の敵は俺たちの敵だ!!」
ルフィの大声に目を丸くして、そして、は声をたてて笑った。
「ちゃん?」
サンジは驚いたように問いかける。
船に乗ってから、こんな風に笑ったのははじめてだからだ。
「あの男たち、どうしようか?」
笑みを浮かべたままが問えば、ばたばたと走って来たウソップとチョッパーが縄を持っていた。
「縛っておいた方がいいと思って、持ってきたわ」
ロビンがうふふ、と笑みを浮かべる。
その横をゾロがゆったりと村から出て、男たちの方へと歩いていく。
「ちゃん、村長の家はわかる?」
「わたしがいた時と変わっていたらわからない。――おばさんに聞いた方がいいかな」
「大丈夫よ。ちゃんと聞いてきたから」
いつの間にかナミがやってきていた。
「私たちがアイツらを海軍に引き渡すわけにはいかないでしょ」
花畑の向こうを見やると、男たちは1人ずつ縄で縛られていた。ゾロがきつく締めあげたようで、縄から抜けることは不可能だろう。
「あの場所にいることは伝えてあるわ。――、どうする? このまま村を出るか、一度戻るか」
ナミはをまっすぐに見る。
荷物があるわけではないし、あの箱はサンジが持っている。
「ちゃん!」
村の中央から呼び声がする。それに振り返れば、の部屋を掃除してくれていた女性と、細身の、白衣を着た男性が1人。
「貴女の話は父から聞いています」
父というのは、指輪の入ったオルゴールを彼から預かってくれていた医者のことだろう。
「私は貴女が村を出た一週間後に、この村へ帰ってきました」
医者になるため、自分は大きな島へ修行に出ていたのだという。
「そうですか」
笑みを浮かべていた顔を真顔へ戻し、は深く頭を下げた。
「あの海賊のこと、よろしくお願いします」
「頭をあげてください! こちらこそ、ありがとうございました」
「ちゃん、いつでも帰ってきていいんだよ」
女性は今にも泣きそうな顔でを抱きしめた。
「でも、わたしは海賊だから」
「この時代に海賊だからっていうのは、理由にならないと思うわ」
ロビンは柔らかな笑みを浮かべて、の背を小さく撫でた。
「そうよ、私だってちゃんと故郷はあるし、うちに船員(クルー)はみんなそうよ?」
「ちゃん、大丈夫だよ。海賊の故郷だからって、この村に迷惑はかからないよ」
それにまだ、ちゃんは賞金首じゃないしね、俺たちと違って。
サンジの言葉に、はようやく納得したようだ。
「わかった。・・・ありがとう」
抱きしめられていた体をやんわりと抱き返して、は薄く笑う。
「いつになるかわからないけど、また帰ってくるよ」
「よぉぉし! サンジ!」
「そうくると思ったぜ」
サンジは嬉しそうに笑い、を見やる。
「ちゃん、手伝ってくれるかい?」
「ん? ・・・あぁ、いいよ」
女性から体を離すと、はサンジの横まで移動した。
「サンジの手伝いするのも久々だな」
船に乗っているときに、時折、サンジの手伝いをしていたのだ。食材を切ったり皮をむいたりするのはサンジなりのこだわりがあるからやらないが、それ以外のことは何でもこなした。
「宴だぁぁぁっ!!!」
ルフィの声が、村中に響き渡った。
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