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  4. 少女を殺す100の方法

少女を殺す100の方法/白井智之

2018年発表 (光文社)
「少女教室」
 途中でカットバックによる倒叙形式に切り替わり、推理が披露されるより前にススワタリ自身が真犯人だったことが明らかになるのが異色ですが、事件に至る背景が先にじっくりと説明しておくことで、結末がスピーディで鮮やかな展開となっているのが見逃せないところです。そして犯人が明らかになっても、犯人自身がどのように“偽の推理”を作り出すかが魅力的な“謎”となるところがよくできています*1

 そのススワタリの推理は、まず教室の前側にだけ血飛沫がついたカーテンから出発して、[犯人はジャージで登校した]という条件を導き出し*2、次に[眼帯をしていたなつみは犯人ではない]として、さらになつみが脚を撃たれていたことから[犯人はなつみが脚を怪我したと思い込んだ]という条件を追加し、カードキーだけでなく生徒手帳*3まで捨てられていたことから[転入生*4は犯人ではない]として、最後に[一番後ろの席の生徒は犯人ではない]という条件を持ち出して〈さつきが犯人〉と結論づけるものです。犯行時の描写をみても、ススワタリが“自分に強運が味方していた”(60頁)と独白しているように“結果オーライ”ではありますが、一見すると非の打ちどころがない上にすべてをさつきに押しつけられる、実に見事な推理といっていいでしょう。

 最後のネコヤマの解決については、防犯カメラの映像で“なつみは松葉杖を使っていない(28頁)のはかなりわかりやすい手がかりだと思いますが、エアコンに貼られた藁半紙に“毛髪と肉片がこびりついていたが、血痕は見当たらない”(18頁)ことからアリバイトリックを見抜く推理はよくできています。そして何より、クラス皆殺しがさつきの“操り”だったという真相が強烈です。

「少女ミキサー」
 まず、〈ニーナが犯人〉とするドロシーの解決は、ニーナが見ていた“知らない人をやっつける”“身体をバラバラにされちゃう”(いずれも95頁)という夢の内容をうまく取り入れて、“眠ったまま殺した”とすることで催眠ガスの問題をクリアしているのが巧妙ですが、やはりいささか強引なのは否めません。とはいえ、もう一人の容疑者であるドロシーについては、“自分はレイラを殺してなどいない”(97頁)地の文で明示されているのが大きなネックです。

 これに対してサトコは、切断された死体の“首の付け根から鎖骨にかけてはほとんど素肌のままだった”(92頁)という地味な手がかりから、死体が上下逆向きに切断されたと推理して、脚を傷めているニーナはカッターの刃に上れないので犯人ではない――したがって〈ドロシーが犯人〉と結論づけています。この推理自体は妥当に思えます*5し、フリーダイビングの経験で催眠ガスをやりすごすことができるのも納得ですが、これだけでは不可解な点が多く残るのも確かです。

 しかして、レイラの骨髄移植に関するやり取りから双子の姉妹の存在が導き出された上に、レイラのものと思われた死体が双子のものだった*6ことに驚愕。そして、レイラが殺されたと見せかける*7ことで、生存者を五人そろえて――自分は刃のついたポールに縛りつけられて安全な状態で――ミキサーを作動させ、最後にミキサーが傾いたところで外に出るという、ドロシーの周到な計画に圧倒されます。

「「少女」殺人事件」
 原稿が“カズオは死んだ。”(153頁)で終わるメタ趣向にはニヤリとさせられますが、そこで披露されているカズオの推理は、犯人当てとしてはまずまず妥当なところでしょうか。容疑者全員に一時四十五分のアリバイがあるという不可能状況を打破するために、カズオの証言は誤りとせざるを得ませんし、他に絞り込みの条件が見当たらないので、テーブルクロスを利用して、“手袋は被害者が犯人から盗んだもの”とする推理はなかなか巧妙です。

 これに対して赤井が用意した真相――というよりも、そこに至る無茶苦茶なロジックには、唖然とさせられるよりほかありません。“ノックスの十戒”を、読者にも課せられたルールとして通用させようとする剛腕には恐れ入ります。

 細かく見てみると、探偵である赤井が第七条で除外され、終盤に登場したカズオが第一条で除外されるあたりはまだいいとして、いきなり犯人だと指摘された(137頁~138頁)マナミが第六条で除外されるのがすごいというか何というか。続くモキチについての、第十条*8を“逆用”して年齢を限定し、未成年で鍵を持つことができない*9とする推理は面白いと思いますが、ケンは中国人だと推理できるので第五条で除外……どころか“この小説に登場しない(159頁)とされているのには、さすがに笑いを禁じ得ません。最後に残ったサトコのアリバイが“投げっぱなし”で終わるのも、オチとして完璧といっていいでしょう。

 ところで、サトコのアリバイに合理的な説明がつけられないとすると、“解明されない不可能状況は魔術に等しい”と見なして、第二条に抵触する*10――と反論することもできるのではないでしょうか。

「少女ビデオ 公開版
 赤ん坊殺しの真相そのものは、ボールペンとシャーペンが見つかった時に“どこからともなくウンコの臭いがした”(192頁)という手がかり(と、おまるの性癖(176頁))で、かなりわかりやすいのではないかと思います。

 問題は、おまるが“お前の母ちゃん”(163頁)だったことが明らかであるにもかかわらず、赤ん坊が死んでしまったところにありますが、これは“おまるの娘が生きている”ことから逆算して“赤ん坊が双子だった”*11と推理すべき……なのかもしれません。

「少女が町に降ってくる」
 まず、会津サトコのあいつだけじゃない。あいつのほかにもたくさんいる”(247頁)という言葉の意味が“反転”する――監禁した犯人ではなく、監禁された被害者を指していたことが明らかになるのが鮮やか。父親の他にも犯人がいるというフジ岡の思い込みに引っ張られるのもさることながら、“自分のことを苗字で呼んでいる”(237頁)という村の“ローカルルール”が――“あいつ”という苗字も相まって――盲点になりやすい*12ということもあるでしょう。

 監禁されていた女たち――空から降ってきた少女の生き残りを使って、“インチキ動画”を撮影して義父を安楽死させるモモヨの計画もなかなか巧妙で、遺伝子が同一であってなおかつ年齢が一つずつずれることになるという設定がうまく生かされています。もっとも、作中でも指摘されているようにその後に色々と困難が生じるのは確かで、とりわけミロと瓜二つの少女*13が村に現れると安楽死のトリックまで露見しかねないのが最大の危険。そこで、鎮守の森に落ちてきた少女を拉致し続ける一方で、監禁していた方から一人ずつ“二十一人目”として表に出していくというアイデアは、なかなか面白いと思います*14

 そして、“メメコ”が右腕を切断された理由につながる、ミロの入れ替わりが実に巧妙でうならされます。もともと同じ顔なので作中での偽装は問題ないとして、“二人一役”の叙述トリックによる視点人物のすり替えが秀逸。“メメメの日”以後の「0」「8」以降の視点人物はミロではないのですが、「0」での“ミロの喉から擦れた息が洩れる。”(223頁)「8」での“ミロはもちろん何も言わない”(259頁)“ミロの息遣いだけが聞こえる”(261頁)“ミロの喉からひゅうと変な音が洩れる”(262頁)といった地の文の記述は、すべて視点人物ではなくミロ=“メメコ”の描写で、特に“ベッドに目を向け、息が止まりそうになる。まっすぐにミロと目が合っていた。”(263頁)という記述が絶妙です。

*1: このあたり、霞流一の某作品を思い起こしました。
*2: 省略しましたが、ジャージを着ていた死体の人数に関する検討もよくできています。
*3: “一人ずつ氏名を印字したノートや生徒手帳を配布していたのが、今年からは記名なしのものに替わっていた。”(8頁)と、さりげなく手がかりが示されています。
*4: “二学期にまおが転入して二十一人になりました。”(21頁)
*5: ただし、ドロシーがわざわざカッターの刃の上に死体を持ち上げて切断した理由は気になるところですが……。
*6: サトコが指摘するのは当然不可能ですが、ドロシーが殺した少女の“肩には蕁麻疹のぶつぶつができていた。”(85頁)という描写に対応する、バラバラ死体の“肩には見覚えのある蕁麻疹が浮かんでいる。”(92頁)という記述が、読者に対する手がかりとなっています。
 また、死体が切断されていた理由も納得できるものではありますが、レイラが“手首と足首が欠けており”(113頁)と、指輪をしていた左手以外も切断されていたのは大いに疑問。五人目が落ちてくるまでレイラを生かしておかなければならないドロシーとしては、余計な部分まで切断して失血死のリスクを高めることはあり得ないはずです。
*7: ドロシーの“床に首や手足を落とした犯人は、彼女だろう”(98頁)という独白も、レイラのことを指していたことになります。
*8: よく考えてみれば、この作品で“十戒”を持ち出しておきながら、「少女教室」(なつみ・ななみ)・「少女ミキサー」(レイラ姉妹)・「少女ビデオ 公開版」(おまるの娘たち)の三篇に双子が登場し、「少女が町に降ってくる」では瓜二つの人物(155頁)が出てくる――この作品以外の四篇がことごとく第十条に反するというのが、何とも愉快です。
*9: しかしそうだとすれば、“部室の鍵を持ってんのはサークルのメンバーだけ”(131頁)という理由で、モキチまで容疑者として扱われ続けているのはおかしな話だと思います。
*10: そもそも、大怪獣グラグラが登場してくる時点で第二条に違反しているような気がしないでもないですが(苦笑)。
*11: アラジンがわざわざ赤ん坊を育てていたというのは、少々無理があるようにも思えますが……。
*12: さらにいえば、本書の全篇にサトコが登場しているのもくせもので、「少女ミキサー」から「少女ビデオ 公開版」までの三篇では苗字が出てこないことに加えて、“サトコ”の共通性に読者の目を引き付けることで、この作品でのサトコの特殊性――自分を“あいつ”と呼ぶこと――を隠蔽する狙いがあるのかもしれません。
*13: ほとんどの少女は地面に激突して顔が潰れるので問題にならず(“メメコ”も同様)、“空から降ってくる”という設定がよく考えられていると思います。
*14: 作中では、“殺して山に埋めるのも危険だ。三十年後にはあたりが死体だらけになっちまう。”(291頁)と指摘されていますが、実のところ、昔から“二十一人”が降ってきていたとすれば、鎮守の森はすでに死体だらけのはずなので、多少増えたところであまり問題にならないようにも思えます。

2018.02.02読了