ミステリ&SF感想vol.233

2022.02.14

全日本探偵道コンクール セーラー服と黙示録  古野まほろ

ネタバレ感想 2017年発表 (角川文庫 ふ31-4)

[紹介]
 高校生探偵の日本一を決める、全日本探偵道コンクール。今年の決勝戦は、因縁浅からぬ聖アリスガワ女学校代表と愛知県立勁草館高校代表――くしくも女生徒三人同士の対決となった。まずは先鋒戦、“ホワイダニット”の葉月茉莉衣と“アルテミスの化身”穴井戸栄子が激突する……。
 ……上原村、綾小路財閥の当主・欣造翁が残した不穏な遺言状。条件付きとはいえ実の娘三人を差し置いて、遺産の大半をメイドの娘・千暮雛子が相続することになったのだ。やがてその雛子は不可解な失踪を遂げ、疑いをかけられた謎のインド人が留置所内で毒殺されてしまう――先鋒戦、『唇のかわいい怪婆』事件。

[感想]
 探偵養成学校・聖アリスガワ女学校を主な舞台とした〈セーラー服シリーズ〉の、長編としては『ぐるりよざ殺人事件』に続く第三作*1となる本書ですが、今回はこれまでの“本筋”から離れて、“探偵の甲子園”こと〈全日本探偵道コンクール〉の決勝戦という、“虚構”の土俵での探偵対決が描かれた、番外編的な作品となっています。聖アリスガワ女学校の三人娘に対するは、作者の代表作である〈天帝シリーズ〉*2に登場する(らしい)勁草館高校の三人娘ということで、作者のファンにはうれしい一作といえるのではないでしょうか。

 決戦の地・四国某所で両校代表が顔を合わせる「序章 選手入場」はともかく、続く「中継」と題された幕間劇での“お祭り”らしい悪ノリ*3には苦笑を禁じ得ませんが、両校の先鋒が放り込まれる“作中劇”は、アーサー・コナン・ドイル「唇のねじれた男」を下敷きに『唇のかわいい怪婆』と題され、また横溝正史『犬神家の一族』さながらの奇怪な遺言状をめぐる一幕から始まるなど、“虚構”ということで遠慮なく大々的に“横溝+ホームズ”パロディ*4に仕立てられており、全体としてパロデイ色がかなり強い作品となっています。

 先鋒の二人、聖アリスガワの葉月茉莉衣と勁草館の穴井戸栄子*5は、何者かが遺言絡みで送りつけた脅迫状を受けて、解決のために現地に招かれた――という設定で“作中劇”に参加します。やがて起こる事件は、財閥の若き相続人の不可解な失踪、そして関与が疑われた謎のインド人(苦笑)留置所内での毒殺で、“探偵”たる茉莉衣と栄子は調査を進めていき、手がかりが出揃ったと判断したところで、“読者への挑戦状”ならぬ*6“解決編への挑戦カード”を提示して謎解きを始めることになります。

 実のところ、事件の真相そのものにさしたる驚きはないというか、少なくともある程度の部分までは何となく見当がついてしまうものではありますが、無数の細かい手がかりを入念に拾い上げ、読者にとっての“何となく”を丁寧に言語化して――“コンクール”ということもあって“芸術点”まで意識しながら――数学の証明問題さながらの解答を繰り出していく、100頁を超える解決編はやはり圧巻。そしてもちろん、茉莉衣と栄子の勝負がどのような決着を迎えるのか*7、というのも目が離せないところです。

 パロディ要素を抜きにしても全体が完全に“ゲーム”なので、シリーズのこれまでの作品に比べると緊張感は低めに感じられますが、その分、やや肩の力を抜いて楽しめる作品といってもいいかもしれません。三人娘のうち、古野みづきの活躍がみられない*8のは残念ではありますが、続く中堅戦に出場する予定で楽しみです……と、読了当時は思っていたのですが、その後に“色々あった”せいもあってか、2021年現在も続編が発表されていないのがこれまた残念です。続きが大いに気になるところではあるのですが……。

*
「学内編 島津今日子の図書館」
 聖アリスガワ女学校の三年生・小竹結菜は、深夜の図書室で、とある理由から全日本探偵道コンクールへの出場を辞退するよう懇願してきた親友を殺害してしまった。図書委員長である結菜は、勝手知ったる現場に万全の偽装を施して立ち去ったが、しかし翌朝、図書委員の一年生・島津今日子が寮室に訪ねてきて……。
 本篇の「序章 選手入場」で言及されている、一年前の事件――去年の聖アリスガワ女学校代表チームが出場辞退を余儀なくされた、殺人事件の顛末が描かれた作品です。
 犯人の視点で描かれた倒叙ミステリとなっていますが、シリーズの読者はご承知のように、島津今日子のフーダニットは“解明”よりも“証明”に近いもので、ゆっくりと、しかし着実に犯人を追いつめていく手順は倒叙ミステリにこそ本領を発揮する、といえるかもしれません。……と思っていると、最後に予想外の切り札が飛び出してくるのが圧巻。島津今日子の真骨頂ともいうべき快作です。
*

*1: 作中の時系列では、『ぐるりよざ殺人事件』→本書→『セーラー服と黙示録』の順になりますが、基本的にどこから読んでも問題なさそうです。
*2: デビュー作『天帝のはしたなき果実』(幻冬舎文庫)など(未読)。
*3: 実在の作家をもじった司会者や一部の審査員もさることながら、最後に紹介される審査員などは、ここに出てきて大丈夫なのか(苦笑)。
*4: 横溝正史(の代表作)を読んだのはかなり昔ですし、ホームズものに至ってはほぼ子供向けのものを読んだきりなので、残念ながら細かいネタはよくわかりません。
*5: 『セーラー服とシャーロキエンヌ』(角川文庫;未読)でも探偵役をつとめています。
*6: とはいえ、当然ながら“読者への挑戦状”としても機能しています。
*7: “最終的にどちらが勝利するのか”だけでなく、“解決編そのものがどのように展開されるのか”も見どころです。
*8: 島津今日子はもちろん併録の短編で活躍するほか、本篇の「終章」にも若干の“見せ場”が用意されています。

2017.12.06読了  [古野まほろ]
【関連】 『セーラー服と黙示録』 『ぐるりよざ殺人事件』 『ねらわれた女学校』

宇宙探偵ノーグレイ  田中啓文

ネタバレ感想 2017年発表 (河出文庫 た37-3)

[紹介と感想]
 それぞれに奇怪な生態や社会が構築された*1五つの惑星を舞台に、私立探偵キーコ・ノーグレイが難事件の解決に挑む、奇想天外なSFハードボイルド連作です。
 投資の失敗で経済的に追い詰められた*2ノーグレイが引き受けるのは何ともハードな依頼ばかりで、ノーグレイは早々にひどい目に遭うことになりますが、それでも何とか真相にたどり着いた後の結末は――といった、連作の“お約束”として定型化された展開、さらにその範囲内でのバリエーションが見どころです。
 基本は“犯人探し”から始まりつつ、どちらかといえばミステリ的な解決の手順よりもSF的な真相の面白さに重きが置かれている感がありますが、特に「怪獣惑星キンゴジ」などは“SFを題材にしたミステリ的な謎解き”といってもよさそうですし、SFファンだけでなくミステリファンも楽しめる*3一冊といえるのではないでしょうか。

「怪獣惑星キンゴジ」
 粘性巨菌類の森に巨大な怪獣たちが跋扈する怪獣惑星キンゴジ。その怪獣たちを集めた観光施設・怪獣ランドで一番人気の怪獣ガッドジラが、すっぱり首を切られて殺される事件が起きたというのだ。しかも二度。怪獣ランドのディレクターに事件の解決を依頼されたノーグレイは……。
 現場は一種の密室状況、しかもガッドジラの硬い皮膚や骨を切断できる凶器がない、という不可能犯罪が扱われた作品。ハウダニットもさることながら、犯人と動機に関する真相、ひいてはそこにつながる伏線が秀逸です。そして、思わず途方に暮れてしまう結末も面白いところです。

「天国惑星パライゾ」
 聖書の教えを厳格に守る人々が暮らし、空には“天使”が舞うという天国惑星パライゾ。犯罪など起こるはずのない、そして実際に三百年間何も起こらなかった文字どおりの“天国”で、なぜか殺人事件が発生し始めたという。十五代目の法王に事件の解決を依頼されたノーグレイは……。
 聖書の教えが厳格に守られる世界という設定による、ユニークな“不可能状況”*4での殺人が描かれています。犯人はある程度見当をつけやすいのではないかと思いますが、そこから先の真相がなかなか強烈な印象を残します。

「輪廻惑星テンショウ」
 住民の数が99,999人に定まっているという惑星テンショウ。その秘密は、この星特有の輪廻転生システムにあった。しかしこのところ、転生を待っている霊魂の中に、国家主席に霊的な攻撃を仕掛けてきている者がいるというのだ。国家主席に事件の解決を依頼されたノーグレイは……。
 最初に語られる、惑星に備わっている輪廻転生のシステムとそれが明らかになっていった経緯が、まずは非常に興味深いところです。そして、“犯人探し”ならぬ“犯探し”*5に始まって、思いもよらぬ凄まじい真相が明らかになるのが圧巻です。

「芝居惑星エンゲッキ」
 皇帝の命令で、全住民が一挙手一投足に至るまで脚本どおりの生活を送ることを義務づけられている、芝居惑星エンゲッキ。しかし、脚本に書かれていない出来事――脚本総括担当の職員が殺害される事件が発生してしまった。演劇大臣に事件の解決を依頼されたノーグレイは……。
 全住民が一日おきに“稽古”と“本番”を繰り返す演劇惑星で、ノーグレイも住民と同じく脚本に従うことになりますが、そこから先が本書の中ではかなりの“変化球”で、事件の真相よりも“どうやって定型に収まるか”が見どころといってもいいかもしれません。最後の最後に明らかになる“動機”が鮮やか。

「猿の惑星チキュウ」
 一年ぶりに地球に戻ってきたノーグレイは、ニューヨークの街中で服を着た猿人の姿を見かける。見間違いかと思いきや、しばらく前から目撃の噂が広まっているという。そして、猿人による人類の危機を銀河連邦政府に知らされ、連邦長官に事態の解決を依頼されたノーグレイは……。
 最後の惑星は地球で、題名でも明らかなように映画「猿の惑星」を下敷きにした作品。今回の依頼は犯人探しではなくトラブルシューティングですが、猿人出現の原因となった秘密は非常に面白いと思いますし、“猿の惑星化”を防ぐ作戦はスリリングで、ノーグレイの奮闘から最後まで目が離せません。そして、連作としての趣向の掉尾を飾る結末もお見事です。
*1: 最後の惑星“チキュウ”を除く。
*2: このあたりをみると、題名も含めてジャック・ヴァンス『宇宙探偵マグナス・リドルフ』を意識したところがあるのかもしれません。
*3: “SFはほとんど知らない”という方には少々厳しいかもしれませんが……。
*4: 古野まほろ『ぐるりよざ殺人事件』などにも通じるところがあるでしょう。
*5: 通常のミステリを裏返したように、霊魂が転生すると容疑者から外れていくところが面白いと思います。

2017.12.15読了  [田中啓文]

黒い睡蓮 Nympheas noirs  ミシェル・ビュッシ

ネタバレ感想 2010年発表 (平岡 敦訳 集英社文庫 ヒ82)

[紹介]
 モネの「睡蓮」で有名なジヴェルニー村の川辺で、眼科医のモルヴァルが殺害された。女好きで、絵画のコレクターとしても知られた被害者は、心臓を刺し、頭を割り、顔を水に沈めるという念入りな手口で殺されていた。動機は愛憎絡み、あるいは絵画取引に関する怨恨なのか。事件の捜査を担当するセレナック警部は、被害者が言い寄っていた美貌の小学校教師ステファニーに話を聞くうちに、彼女に心惹かれていく。そして村では、画家を志す少女がその才能を輝かせ始める一方、風変わりな老女が密かに徘徊し……。

[感想]
 フランスのミステリ作家ミシェル・ビュッシによる話題作*1で、印象派の画家クロード・モネの「睡蓮」で有名な村を舞台に、奇妙な老女“わたし”、小学校教師ステファニー、そして画才豊かな少女ファネットと三人の女を主役に据えて、殺人事件とモネの絵画と男女の愛憎をめぐる謎めいた物語が展開されていきます。

 まずは何といっても、“ある村に、三人の女がいた。(中略)三人とも、旅立ちを夢見ていたのだ。そう、ジヴェルニーを出ることを。(中略)さてあなたは、三人のうち誰が脱出に成功したと思うだろうか?という、一風変わった“読者への挑戦状”風のプロローグが目を引きます。三人の女が主役だと宣言されている(に等しい)のはいいとして、殺人にはほとんど触れられないあたりが、のっけから一筋縄ではいかない印象をかもし出しています。

 はたして、物語本篇ではいきなり死体が登場し、陽気なセレナック警部と部下の生真面目なベナヴィッド警部のコンビによる捜査を軸に進んでいきます……が、何というか、二人の捜査の部分のみが――被害者の女性関係や美術品絡みなどに枝分かれしてなかなか道筋が見えないとはいえ――くっきりしていて、その周辺を取り巻く物語はどこかとらえどころがないように感じられ、輪郭がはっきりしないあたりはそれこそ印象派の絵画に通じるところがあるかもしれません*2

 二部構成の本書において、そのような調子で進んでいく「タブロー1 印象」は、500頁近い“問題篇”といってもよさそうですが、決して退屈なわけではありません――セレナックとベナヴィッドのやり取りがなかなか愉快な一方、セレナックとステファニーの恋愛はスリリングです――し、終盤になってくるといくつかの事実が明かされ始めます。そして最後には予想外の不可解な謎が炸裂し、そのまま“解決篇”となる「タブロー2 展示」へとなだれ込みます。

 最後に明らかになる真相は、若干アンフェア気味に感じられる部分もないではないですが、実に周到に組み立てられているのは間違いないでしょう。そして何より、真相により“焦点が合った”ように忽然と浮かび上がってくる“もの”、さらには強力なカタルシスをもたらす結末が非常に秀逸で、フェア/アンフェアなどどうでもよくなる、しっかりした満足感と余韻を与えてくれます。分量のせいもあってややとっつきにくく感じられるかもしれませんが、おすすめの傑作です。

*1: 『彼女のいない飛行機』(集英社文庫;未読)に続く邦訳第二弾で、本国フランスでは五つの文学賞を受賞し、探偵小説研究会・編著「2018本格ミステリ・ベスト10」(原書房)の海外本格ミステリ・ランキングでも――期限ぎりぎりに刊行されたにもかかわらず――第4位に食い込んでいます。
*2: 牽強付会ではありますが、本書第一部のタイトルが「タブロー1 印象とされているあたり、作者自身が狙っているようにも思えます。

2017.12.28読了

少女を殺す100の方法  白井智之

ネタバレ感想 2018年発表 (光文社)

[紹介と感想]
 〈奇怪な特殊設定悪趣味なグロ描写ロジカルな推理〉という独特の作風を確立している作者による、五つの短編を収録した初の短編集で、各篇で少女が二十人程度殺される*1ことからこのような題名になっています。
 全篇に一人だけ共通する(ように見える)人物が登場していますが、各篇に話のつながりはまったくない*2といってよく、帯によればそれぞれ“学園、ホラー、メタミス、エログロ、SF”と、幅の広い内容になっています――といいつつ、どれをとってもグロ描写が強烈なので、読者を選ぶ作品であることは間違いないでしょう。
 個人的ベストは……「少女教室」「少女ミキサー」でしょうか。

「少女教室」
 とある名門女子中学校。ある日、鍵のかかった二年A組の教室で、生徒二十人が惨殺されているのが見つかった。教頭は学校に都合のいい真相をひねり出すために、警察への通報前に犯人を見つけ出そうとするが、死体の顔が潰されており、容疑者――クラスの残る一人の生徒が誰なのかわからない。と、そこで……。
 舞台設定は本書の中で最もオーソドックスですが、クラスほぼ皆殺しという事件はやはり凄まじいものがあります。思いのほか早く犯人が指摘されるかというところで、突然カットバックに切り替わるのには困惑させられますが、読み終えてみるとこの構成が効果的。そしてついに繰り広げられる怒涛の推理は圧巻です。

「少女ミキサー」
 巨大なミキサーの中に落とされたドロシー。中にいた二人の少女によると、その部屋にある三つのミキサーには毎日少女が一人ずつ落ちてきて、生存者が五人になるとミキサーの刃が回転し、少女たちはミンチにされてしまうという。毎日“四人目”を殺し続ければ、何とか生き延びられるはずだったが、予期せぬ殺人が……。
 奇怪な閉鎖空間の中で進んでいく一篇。(回想場面を除いて)“外部”を描かないことで、特殊な“ルール”に支配された一種の“異世界”として成立している感があります。容疑者が極端に限られているので犯人の意外性こそ乏しい*3ものの、“極限状況下でなぜ殺人が起きたのか”という疑問に対する回答が非常に秀逸です。

「「少女」殺人事件」
 大怪獣が大学を襲ったその時、アイドル研究会で行われていたオーディションで、候補者の少女二十人が惨殺される。名探偵・赤井と助手・カズオは、アイドル研究会の四人の容疑者から事情を聴いて――という、ミス研の先輩で新人作家の赤井虫太郎が書いた犯人当て小説を読んで、カズオは懸命に推理するが……。
 作中作がお題ということで、二十人の少女が殺されようとも安心して読める……というのは何かおかしな気もしますが、“ノックスの十戒”(→「Wikipedia」)を遵守して書かれたという犯人当てに仕掛けられた“飛び道具”は、これ以上ないほど破壊力抜群。フェアとアンフェアが境界を失って混沌とする怪作です。

「少女ビデオ 公開版
 父親から娘に宛てたビデオレター――俺は十四年前、少女たちを売り飛ばして稼いでいる男から、使い物にならなくなって返品された少女を始末する仕事を請け負っていたが、ある日やってきたおまるという少女が妊娠していることが判明する。やがておまるが産気づく中、児童相談員のカラサワと名乗る男が現れて……。
 ビデオレターという体裁で、一人称で語られていく作品。終盤になってようやく不可解な謎が現れるものの、ミステリ要素はさほどでもなく、あとは終始容赦なくひたすら悪趣味でグロテスクな物語ですが、最後には微妙に悪くない後味を残しているようにも思えるのがすごいところ。いや、まったくおすすめはできませんが……。

「少女が町に降ってくる」
 盂蘭盆村の叔母の家に居候することになったミロ。知り合いになったフジ岡によれば、村では毎年、二十人の少女が空から降ってくるという。その当日、本当に降ってきた少女たちは、次々と地面に激突して死んでいく。何とか生き残った一人を病院へ運んだものの、翌日、右腕を切られて殺されているのが見つかり……。
 これも無茶な設定――というよりも(作中でいわれているように)“怪異”ですが、村では長年続く当たり前の現象として受け入れられており、その上で、奇跡的に生き残りが発見されるイレギュラーな事態に端を発して、隠されていた思いもよらない真相が掘り起こされていく*4のが魅力です。そして結末も印象的。
*1: 一部の作品では人数がはっきりしません。
*2: お察しのとおり、この共通する人物は(全部とはいかないまでも)複数の作品で死んでしまうので、同一人物というよりも、各篇が別の“世界”であること、もしくはどれも“現実ではない”ことを強調しているようにも思われます。
*3: とはいえ、一筋縄ではいかない企みが用意されているところがよくできています。
*4: “怪異”そのものは最後まで謎のままですが。

2018.02.02読了  [白井智之]

月食館の朝と夜 奇蹟審問官アーサー  柄刀 一

ネタバレ感想 2017年発表 (講談社ノベルス)

[紹介]
 来日したヴァチカンの奇蹟審問官アーサー・クレメンスは、弟の甲斐とともに、世界を放浪した陶芸家・萬生こと故・五十幡典膳の屋敷を訪れた。かつて英国で萬生に出会ったアーサーは、萬生の長男にして屋敷の主・昭らと語り合い、屋敷の中の〈万物ギャラリー〉に飾られた萬生の作品を鑑賞する。しかし翌朝、塔の上の〈月宮殿〉でひとり皆既月食を観測していたはずの昭が、体の一部を焼かれた奇怪な遺体となって見つかり、〈万物ギャラリー〉でも客の一人が刺殺体で発見される。不可解な事件を前にして、アーサーの推理は……?

[感想]
 奇蹟の真贋を判定するヴァチカンの奇蹟審問官アーサー・クレメンスを探偵役とした、〈奇蹟審問官アーサー〉シリーズの八年ぶりとなる最新作です。今回は、アーサーが奇蹟審問の仕事ではなく別の用務で訪れた日本が舞台で、『サタンの僧院』に登場した異母弟の甲斐・クレメンス*1とともに事件に遭遇するという、シリーズの異色作といってもよさそうです。また題名で“月食館”と謳われている*2ようにいわゆる“館もの”で、巻頭には館の一部の見取図も付されていますが、それに続いて何とも意味ありげな文章が掲げられているのが目を引きます。

 全体で250頁ほどのうち、事件が起きるまでのおよそ100頁ほどでは――さらに事件が起きてからもしばしば、アーサーを取り巻いて展開される衒学的/哲学的な談義がかなりの分量を占めています。その分、物語がなかなか加速しないのは好みの分かれるところかもしれませんが、陶芸家・萬生に関する芸術論を中心に、月食、西洋と東洋、そして神学など、多岐にわたる話題は興味深いものがあります。そしてその中にもちょっとした謎が用意され、アーサーが鮮やかに解き明かしてみせるのが印象的です。

 やがて深夜、月食の最中に二つの事件が起こりますが、ちょうど月食の見立てのように一部が焼かれた死体に、不可解な状況*3での刺殺体と、いずれも魅力的な謎となっています。それに対して、担当刑事がやけに協力的なせいもあってか、アーサーはもちろん弟の甲斐も積極的に事件の謎に挑むことになり、三人のディスカッションを通じて様々な仮説が検討されていく丁寧な推理――同時に、それを支える細部まで作りこまれた謎――は、実に見ごたえがあります。

 そして最後の、犯人との対話*4によって事件の真相が明らかになる“解決篇”が圧巻。ディスカッションの集大成ともいうべき推理の筋道もよくできていますが、柄刀一らしい豪快なトリックを解き明かしていくアーサーの手際は、“奇蹟の解体”に等しいといっても過言ではないでしょう。同時に、謎解きの向かう先が糾弾ではなく“救い”なのが見逃せないところで、神父ならではの解決となっています。“奇蹟を解き明かす”という定型からは外れているものの、謎解きと物語がうまく結びついている点で、個人的にはシリーズ中でベストの作品です。

*1: 甲斐が日本の高校生として登場することから、『サタンの僧院』よりも前の出来事のようですが、『サタンの僧院』とはどうもうまくつながらないところがありますし、カバーの「作者のことば」でも“様式の中で時空を超えて、最善のために駆ける名探偵たち……”とされているので、そちらとは“パラレルワールド”的な関係だと考えた方がよさそうです。
*2: ただし作中では、舞台となる五十幡邸が〈月食館〉と呼ばれている節はありません。
*3: 発見された現場の状態もさることながら、読者にのみ示された事件直前の一幕がくせものです。
*4: とある理由で、犯人の見当はつけやすくなっていますが……。

2018.02.16読了  [柄刀 一]
【関連】 『サタンの僧院』 『奇蹟審問官アーサー 神の手の不可能殺人』 『奇蹟審問官アーサー 死蝶天国』