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天外消失/早川書房編集部・編

2008年刊 ハヤカワ・ミステリ1819(早川書房)

 一部の作品のみ。

「死刑前夜」 (ブレット・ハリデイ)
 人物と立場の組み合わせを誤認させる叙述トリックにすっかり騙されてしまいましたが、単なる一人称ではなく特定の聞き手――サムではなく語り手が殺人犯だと知っている新聞記者――に向けた語りだというのがポイントで、語り手が“真相”に言及しなくても不自然でないという状況設定がよくできています。

「エメラルド色の空」 (エリック・アンブラー)
 亜砒酸銅の含まれているエメラルド・グリーンの絵の具を使うというトリックもさることながら、それをほうれんそうに組み合わせて隠蔽を図るというアイデアが非常に秀逸です。

「うしろを見るな」 (フレドリック・ブラウン)
 読者=被害者ネタの代表的な作品です。読者が現実に殺害されることはもちろんあり得ないのですが、この作品は小説の中に仕掛けられた犯行予告という体裁をとり、犯行直前までをサスペンスフルに描くという手法で成功しています。“腕のいい印刷工”という――このネタに必須の――犯人像を、偽札の製造に結びつけて無理なく物語に取り込んであるところも見事です。
 難をいえば、雑誌小説”(105頁)という設定が雑誌掲載時のまま改められていないため、被害者となるべき読者に“ずれ”が生じている――本書など単行本の読者は被害者とならない――のが残念なところです。

「天外消失」 (クレイトン・ロースン)
 消失トリックは“どの電話室に入ったのか”を誤認させるもので、事前の仕込みが功を奏しているあたりが奇術らしい印象を与えます。そして、判事が実際に使ったトリックと、マリーニーが実演したトリックと、二つのトリックが盛り込まれているところが何とも贅沢です。

「探偵作家は天国へ行ける」 (C・B・ギルフォード)
 せっかく地上に復活させてもらいながら、肝心の犯人が誰だかわからないというひねりが何ともいえません。そして、暗闇の中でアリグザンダーが得た唯一の手がかりをもとに犯人を指摘する、天使長ミカエルの推理が見事です。

「最後で最高の密室」 (スティーヴン・バー)
 ムーア博士の指摘の通り、“位相幾何学{トポロジー}の問題として、そして人間を実在物として――原子のような実在物として扱っている”(300頁)限り、この作品の真相が盲点となってしまうのは確かでしょう。ただし、この指摘、さらには現場が完全な密室であることなどを考えると、位相幾何学的に犯人は密室から脱出せず、なおかつ実在していないという真相が見えやすくなってしまうきらいがあります。
 なお、この作品のトリックに関して国内作家のある作品を引き合いに出したいところですが、ネタバレになってしまうので一応自粛しておきます*

*: ここで想定しているのは、(作家名)三津田信三(ここまで)(作品名)『凶鳥の如き忌むもの』(ここまで)で、そちらでも位相幾何学的な検討――(以下伏せ字)“人間消失講義”(ここまで)――の盲点として、(こちらの作品とはやや違った形ながら)“死体の変容”という真相が用意されているのが興味深いところです。

2009.02.03読了

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