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忍法八犬伝/山田風太郎

1964年発表 講談社文庫 や5-10(講談社)

 八犬士の命がけの活躍によって、八つの珠は無事に村雨の手に渡り、里見家は存亡の危機を免れたかに思えます(これが慶長19年(1614年)3月)。ところが史実によれば、里見家は慶長19年(1614年)9月に安房から伯耆へと改易され、さらにその領地も召し上げられたあげく、元和8年(1622年)に当主・忠義の病死により断絶となってしまったようです(→参考)。里見家は結局、本多佐渡守の魔の手(?)から逃れることができなかった、ということでしょうか。

 基本的に史実を曲げることなく、“実際にあった(とされる)こと”の隙間に“あったかもしれないこと”を挿入していくスタイルで書かれている風太郎忍法帖のことですから、作中では直接言及されていないとはいえ、本書の結末の後にそのような運命が待ち受けていると考えるのは自然でしょう。決して里見家のために戦ったというわけではないにせよ、八犬士の死闘が里見家を、ひいては村雨を襲う悲運をわずかに先延ばしにしたにすぎなかったと考えると、何ともやりきれないものが残ります。

 結局のところ、作中ではあえて里見家が救われるところまでを描いておき、史実を知る者だけが無常感を強くする、という効果を狙ったということなのかもしれません。

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 ただし、本書に限っては、必ずしもそうとはいいきれないようにも思えます。虚構であるはずの『南総里見八犬伝』が作中で“史実”として扱われ、物語の前提となっている本書は、史実の隙間ではなく『八犬伝』という虚構の上にさらに虚構を重ねた作品であり、それゆえに“史実の縛り”にとらわれないと考えることもできるのではないでしょうか。日下三蔵氏の解説でも言及されている、年代的にずれている滝沢瑣吉(後の馬琴)の登場もまた、本書が必ずしも史実に則っていないことを裏付ける根拠となり得るように思います。

 となれば、本書の結末で物語は完全に幕を閉じ、里見家の断絶という後日談は本書の世界では存在しないとも考えられます。もちろんこれは単なる妄想にしかすぎませんが、個人的にはそうあってほしいと思います。

2004.07.01読了

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