[紹介]
“忠孝悌仁義礼智信”――八つの珠をめぐる伏姫と八犬士たちの伝説も今は昔。家宝として伝わるその八つの珠を、里見家当主・安房守忠義が一年後に徳川家に献上すると明言したことから、新たな危機が訪れる。献上の期日までに珠が紛失してしまえば、申し開きはできない。かくして、里見家の取りつぶしをもくろむ本多佐渡守の意を受けて、八人の伊賀くノ一たちが里見家に潜入し、“淫戯乱盗狂惑悦弄”との文字が記された偽の珠にすり替えてしまったのだ。お家存亡の危機に、伝説の八犬士の子孫である八人の老忠臣は、甲賀卍谷で忍法修行をしているはずの息子たちに後事を託し、切腹して果てる。しかし、当の息子たちは卍谷から姿を消していた……。
[感想]
いうまでもなく曲亭(滝沢)馬琴の『南総里見八犬伝』を下敷きにした作品ですが、“風太郎版『八犬伝』”というよりは、“『八犬伝』で味つけした風太郎忍法帖”という印象を受けます。つまり、『八犬伝』の筋をなぞるのではなく、あくまでも“忍法帖”が主となり、そこに『八犬伝』のモチーフが取り入れられた形です。しかもそれが単なる借用ではなく、随所に大胆なアレンジが施されているのが見どころです。
最も目につくのが、“忠孝悌仁義礼智信”という八つの珠が“惑弄悦狂戯乱盗淫”(対応する順序に並べてみました)という、字面や音は似ていながら意味がまったく違うものに変わっているところですが、これがさらに現在の若き八犬士たちの姿を象徴しているのが実によくできています。結果として、名前こそ受け継がれているものの、八犬士たちの人物像は原典とはまったく異なっており、風太郎忍法帖としてはまったく違和感のないものになっています。
物語の骨格も、いかにも風太郎忍法帖らしいもので、八つの珠の争奪戦という展開は『外道忍法帖』を彷彿とさせますし、主役となる八犬士たちの境遇やヒロインとの関わりはそのまま『風来忍法帖』再びといっても過言ではありません。さらに、伊賀vs甲賀や男vs女といった構図もおなじみのものです。このあたりは、『八犬伝』という要素を取り入れた分、その他の部分を既存の忍法帖のバリエーションとすることで、忍法帖としての統一感を打ち出そうという狙いがあったのかもしれません。また、里見家存亡の危機の原因が、後の『銀河忍法帖』や『忍法封印いま破る』などへとつながっていくところも面白いと思います。
八犬士たちの忍法修行が中途半端なために、忍法対決よりも戦略的な部分に比重が置かれているあたりも『風来忍法帖』を踏襲している感がありますが、主役たちが敵の攻撃を防ぐ立場にあったそちらと違って、本書では八犬士たちが積極的に攻めなければならない立場にあることが、ひと味違った面白さをかもし出しています。そして、期限が切られていることによるタイムリミット・サスペンス的な興味や、八犬士の中の軍師格・犬村角太郎の忍法による効果的なトリックなども見逃せないでしょう。
作者自身の評価はBクラスだったようですが、まぎれもなく傑作。風太郎忍法帖への入口としても最適の作品の一つだと思います。
2004.07.01読了 [山田風太郎] |