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  4. リロ・グラ・シスタ

リロ・グラ・シスタ/詠坂雄二

2007年発表 カッパ・ノベルス(光文社)

 本書に盛り込まれている主なネタは、以下の五点です。

1.観鞍茜の秘密
 “私”が更衣室で出会った“観鞍茜”の正体は、妹の杏の存在が示された時点でさすがに見え見え。二人が双子だという事実は学年の違いによって隠されていますが、それは“入れ替わり”を成立させるのに必要不可欠な条件ではない――“入れ替わり”の可能性を多少*1補強するにすぎない――ため、明かされたところで大きなサプライズとはなり得ないでしょう。

2.死体を屋上へ移動させるトリック
 死体の移動トリックは作中で前面に出されている感がありますが、セキュリティシステムの存在やワンゲル部の依頼、そしてもちろん屋上の大時計の異常などから、早い段階でおおよその見当はついてしまいます。時野の誤った推理も最後に示される真相もその延長線上を外れることなく、正誤を分けるトリックの具体的な細部は瑣末なものにしか感じられません。

3.語り手の性別誤認
 性別の誤認、とりわけ女性を男性に見せかける叙述トリックにはいくつもの前例がありますし、ハードボイルド文体をミスディレクションに使った前例も少なくとも一つはある*2ので、この点に新味があるとはいえないでしょう。

4.一人称の語り手/探偵が犯人
 “一人称の語り手=犯人”と“探偵=犯人”はどちらも枚挙に暇がないほどの前例があり、両者を組み合わせた例もあったかと思います。

5.犯人がトリックを使った理由
 “探偵=犯人”の例の中には、犯人が自ら探偵役として事件の捜査に関わるために奇妙な演出を施すというものもあり、本書で犯人がトリックを使った理由もその一環ととらえることができるのではないでしょうか。

 このように、一つ一つのネタそのものはさほどでもありませんし、早い段階で見えてしまう部分もあるのですが、しかしネタの扱いには見るべきところがあると思います。

 例えば“私”の性別誤認トリックについては、空咲瑤子が“私”にベタベタしてくる場面が再三描かれていますが、あからさますぎて逆効果になっているきらいもないではないとはいえ、“援交ガール”(by佳多山大地氏)という設定が不自然さを減じている部分もありますし、その中でさらりと“あたしのお客、女の子は少ないからね”(206頁)という伏線が示されているのも巧妙。さらに、冒頭の更衣室の場面*3で提示される謎――観鞍茜の性別が(一応は)不確定となることが、“私”の性別に対する“迷彩”となっているようにも思われます。

 そして“盗撮写真で脅迫されていた女子が葉群を殺した”という前提に立てば、性別誤認トリックが機能している限り“私”は容疑を免れることになります。つまり、本書の性別誤認トリックはそれ自体のサプライズを狙ったものというよりも、“語り手=犯人”/“探偵=犯人”と同様に真犯人を隠蔽するために用意された仕掛けの一環といえます。このように複数の仕掛けが複合することで、真相の全体像が見えにくくなっているのが本書のポイントといえるのではないでしょうか。

 真犯人の隠蔽に関しては、本書で採用されているハードボイルド文体の貢献も見逃せないところです。犯人の一人称で記述されている場合、地の文で真相がわからないふりをする――内面で嘘をつく――のは基本的にアンフェアとなってしまうので、本書では都合の悪い箇所で地の文による内面描写が極力省略されているのですが、それがハードボイルド文体――全般的に抑制された語り口によって目立たなくなっています。

 そしてまた、屋上へ死体を移動させる物理トリックを作中で前面に出しておいて、そこに十年前の“自殺”事件を組み合わせてあるところが非常に秀逸です。一見すると本筋と無関係な形で終わってしまっている十年前の事件ですが、そこに現在の事件に通じる物理トリックの“影”がちらつくために、“私”は死体移動トリック――もちろん十年前の事件の――の解明に挑むことになります。さらにミステリマニアの時野将自が助手に据えられてトリックの解明に夢中になっていることで、“私”が実際には現在の事件のトリックを解明しようとはしていない*4にもかかわらず、あたかもそうしているような印象が生じており、結果として“私”が犯人ではないとミスリードされることになっているのです。

 葉群を殺した犯人であるとはいえ、“私”がすべてを知っているわけではない、というのも重要です。前述の十年前の事件もそうですが、“私”の最大の目的である盗撮写真とネガの隠し場所はもちろんのこと、さらに観鞍茜の秘密という“私”にとっての謎が盛り込まれているために、(真犯人でありながら)探偵として謎を解こうとしている“私”の姿に説得力が生じ、読者は“私”が事件の謎解きに挑んでいると思い込まされてしまうことになります。

 “私”が依頼を最優先する“ハードボイルド探偵”であるために、物理トリックを弄することで自ら積極的に事件に関わりながら、必ずしも事件を解決する――“犯人”を明らかにする必要がないというのも面白いところで、そのあたりもよく考えられているといえるのではないでしょうか。

 個人的には、“私”が真犯人だったという真相そのものよりもその動機に関わる事実、すなわちストイックな“ハードボイルド探偵”である“私”が葉群に脅迫されるような一面を持っていたという、人物像の反転が強く印象に残りました。

*1: 双子とはいっても二卵性双生児なのですから、年齢の近い兄妹の場合とさほど大きな差があるとはいえません。
*2: 国内作家(作家名)山口雅也(ここまで)の短編(作品名)「半熟卵にしてくれと探偵は言った」(ここまで)
*3: 実は、以下に引用するこの場面には、よくよく考えてみると不自然なところもあります。
 その小柄な影は、柔らかな線で縁取られた背をこちらへ向け、細い腕で自らを抱き震えていた。上は裸で、下はグレーの制服ズボンだ。着替えていたのだろう。私は声を掛けた。
「じき戸締まりだ。急いだ方がいい」
 (中略)
「――お前、女だったのか
 (8頁~9頁;強調は筆者)
 これを素直に読む限り、“私”は相手が上半身裸の男子だと認識しながら普通に声をかけている(そして相手が“女子”だと知って驚いている)ことになるので、場所は女子更衣室ではなく男子更衣室だと考えるのが妥当でしょう。“名探偵”たるもの、物音がすれば異性の更衣室であっても覗くのが当然……ということなのでしょうか。
*4: 特に「第14章」(129頁~154頁)を読み返してみると、地の文で記される“私”の思考が極端に少なくなっていますし、会話でも明らかに時野の方が主体となり、“私”はリアクションに徹している様子がうかがえます。

2008.11.03読了