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亜智一郎の恐慌/泡坂妻夫

1997年発表 (双葉社)

 一部の作品のみ。

「雲見番拝命」
 初出時(野生時代'86年2月号)には、解決場面のページに家紋を描いた提灯を含むイラストが掲載されていたと記憶していますが、単行本では文章による説明のみになっているのが少々残念なところ。というわけで、毛利家の「一の字に三つ星」は「武家家伝_毛利氏」を、渡辺家の「三つ星に一文字」は「武家家伝_渡辺氏」をそれぞれご覧下さい。
 家紋を使ったトリックは紋章上絵師を本業とする作者らしいものですが、下座見役の緋熊重太郎が家紋の知識によって渡辺一味の企みを見抜いたのに対して、あべこべになった提灯を手がかりとした論理によって真相を推理した亜智一郎は、さすがは亜愛一郎のご先祖様というところです。

「補陀落往生」
 誰も手を触れることなく朝にはお迎えが来るという“不可能犯罪”の真相そのものもよくできていますが、それが物語の発端となっている藩主の大量殺人につながっていくところが秀逸。というよりも、そこに設定された直接の因果関係が巧妙に隠蔽されているのにうならされます。蝙蝠の出没という手がかりも見事。

「地震時計」
 謎解き役のはずの亜智一郎ではなく、緋熊重太郎がいきなりホームズばりの推理を披露するのに驚かされますが、それが一旦は外れたかと見せて真相に絡んでくるという、ひねりの加えられた扱いもよくできています。〈地震時計〉の方が露骨に怪しいのは残念ではありますが、致し方ないところでしょうか。

「女方の胸」
 “おらんだ由来の秘伝の薬”はもちろん眉唾ものですが、偽装された裸身をさらすことで真相を隠蔽するトリックは、亜愛一郎ものの(以下伏せ字)「赤島砂上」(ここまで)に通じるところがあります。
 青衣霧之丞が家定の子だという真相は、読者にとっては話の展開から見え見えではありますが、それを“本来見せるべきでないものを見せる”という行動に着目してロジカルに導き出した亜智一郎の解決はよくできていると思います。

2008.10.13再読了

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