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ABC殺人事件/A.クリスティ

The ABC Murders/A.Christie

1936年発表 田村隆一訳 ハヤカワ文庫HM1-83(早川書房)

 複数の被害者の中に本来の標的を紛れ込ませることで動機の隠蔽を図るというネタ自体は、少なくとも(作家名)S=A・ステーマン(ここまで)の長編(以下伏せ字)『三人の中の一人』(ここまで)という先例がありますが、この作品ではさらに工夫が凝らされています。まず、他の被害者としてお互い無関係な人物を選ぶことで真の動機をより強固に隠蔽する一方で、“ABC”というモチーフを使用することで事件の連続性を強調している点が秀逸ですし、アルファベット順の殺人という見せかけの動機によって異常な犯人像を作り出している点、さらに次の事件を予期させることでサスペンスを高めている点なども見事です。

 なお、ここで注意すべきなのは、複数の被害者の接点――隠された共通点もしくは動機――を探す、いわゆる“ミッシング・リンク”テーマではない、ということでしょう。この作品では被害者がアルファベット順に選ばれるということは始めから示されているわけで、“なぜアルファベット順に殺人を犯すのか?”がポイントとなっているのですから。

 “ABC”のモチーフを強調するにあたってはポアロへの挑戦状も非常に効果的ですが、ここに仕組まれた意図的な“宛先の間違い”というトリックもよくできています。

 難点を挙げるとすれば、余計な犯罪を犯すことによる犯人のリスク、真犯人を指摘する証拠が唐突に持ち出される点、そしてダミーの犯人であるカスト氏があからさまに怪しすぎる点くらいでしょうか。

2001.12.04再読了

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