ミステリ&SF感想vol.31

2001.12.05
『AΩ[アルファ・オメガ]』 『愛は血を流して横たわる』 『凶笑面』 『ABC殺人事件』 『「ABC」殺人事件』


AΩ[アルファ・オメガ]  小林泰三
 2001年発表 (角川書店)

[紹介]
  ジャンボジェット機の墜落事故に巻き込まれた諸星隼人は、散乱する遺体の中から甦った。謎の敵〈影〉を追って地球へとやってきたプラズマ生命体〈ガ〉が、地上で活動するために隼人の体に乗り移ったのだ。死者の復活という奇蹟をきっかけにして宗教団体〈アルファ・オメガ〉が勢力を伸ばし、同時に〈影〉の活動により〈人間もどき〉がその数を増やしていく。“白い超人”に変身した隼人は、〈影〉との最後の戦いに挑むが……。

[感想]
 “超・ハード・SF・ホラー”と銘打たれた作品ですが、これがピタリとはまっています。航空機事故現場と遺体の様子を描いたスプラッタ・ホラー風の冒頭は、作者の本領が発揮された強烈な気色悪さ。それが唐突にプラズマ生命体〈ガ〉の視点から描かれたハードSFに変貌しています。そして“超”は“スーパー”でも“ハイパー”でもなく、あくまでも“ウルトラ”。さらに、シリアスな物語でありながらも笑いを禁じ得ない小ネタがちらほらと……。“変身”のメカニズムや数分間しか戦えない理由などを一見真面目に追求する一方で、“××光線”や“ロケットパンチ”を登場させるなど、やりたい放題です。

 中盤以降は〈影〉の影響による黙示録的世界が出現し、無慈悲な作者の手によって登場人物たちが次々と悲惨な状況に陥っていく中で、隼人は彼なりの理由で〈ガ〉とともに戦うことを決意していきます。このあたりになると、物語前半にみられたある種の軽快さが影を潜め、やや単調に感じられてしまうのが残念です。救いのあるようなないようなラストは何ともいえないものですが、オチはファンにはうれしいところでしょう。

 作品全体に作者の邪悪さがにじみ出た怪作/快作です。

2001.11.23読了  [小林泰三]



愛は血を流して横たわる Love Lies Bleeding  エドマンド・クリスピン
 1948年発表 (滝口達也訳 国書刊行会 世界探偵小説全集5)ネタバレ感想

[紹介]
 終業式を目前に控えたカスタヴェンフォード校では、芝居の稽古に来ていた女子校生の失踪、そして化学実験室からの薬品盗難と、怪事件が相次いでいた。そしてついに終業式前夜、二人の教員が何者かに射殺されるという惨事が起こったのだ。終業式の来賓として居合わせたフェン教授が捜査への協力を依頼されるが、さらに郊外のあばら家で第三の死体が発見されるに及んで……。

[感想]
 地方の学校を舞台にした作品で、生徒よりも教員の側に焦点が当てられているものの、学校行事がうまく取り入れられているため、学園ミステリといってもいい雰囲気です。『消えた玩具屋』よりもドタバタは控えめですが、会話や描写などにそこはかとなく漂うユーモアがいい味を出しています。

 二人の教員が殺害された時点で動機は定かではなく、また主要な関係者には確固としたアリバイがあり、捜査は暗礁に乗り上げたかに見えます。やがて第三の死体が発見され、動機の一端が明らかになり始めます。終盤まで解明されないアリバイの問題は、解き明かされてみればなるほどと納得せざるを得ません。なかなか巧妙に組み立てられた作品であると思います。

 邦題が内容と合致していない(“Love”は被害者の一人の姓です)ところは問題ですが、これは致し方ないところでしょうか。

2001.11.26読了  [エドマンド・クリスピン]



凶笑面 蓮丈那智フィールドファイルI  北森 鴻
 2000年発表 (新潮エンターテインメント倶楽部SS)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 美貌にして異端の民俗学者・蓮丈那智と助手の内藤三國が、フィールドワークの過程で遭遇した事件の顛末を描いた連作短編集です。民俗学とミステリがバランスよく組み合わされ、一体となって独特の世界が構築されています。どちらの謎についても検証が不十分な場合が多いという弱点もありますが、解決自体にはその弱点をさほど感じさせない説得力があると思います。
 個人的ベストは「不帰屋」か「邪宗仏」でしょうか。

「鬼封会」
 ある学生から那智のもとへ送られてきたビデオテープには、を封じる奇妙な祭の様子が撮影されていた。興味を抱いた那智は三國を連れて現地へ赴いたが、調査を始める間もなく当の学生が殺されてしまった。その犯人は……。
 民俗学的な考察は面白くはあるものの、だいぶ飛躍があるように感じられます。一方、事件の真相はといえば、ミステリであるということを考慮すれば見え見えでしょう。しかし、両方の要素があるキーワードでつながってしまうところがよくできていると思います。

「凶笑面」
 悪名高い骨董屋から舞い込んだ鑑定の依頼。その対象は凶々しい笑みをたたえた面だった。現地に到着した那智は、その〈凶笑面〉とともに、あたかも対になるかのような〈喜人面〉の写真を見せられる。やがて骨董屋が蔵の中で殺害される事件が起きて……。
 に関する考察と結論は非常に鮮やかですが、事件の方は今ひとつ。“証拠”が提示されてはいるものの、殺人の直接の証拠にはなっていないところがやや問題に感じられます。とはいえ、全体の構造はよくできているというべきでしょう。

「不帰屋」
 奇妙な構造の離屋のある寒村の名家。そこで生まれ育ったフェミニズム学者は、その離屋を女性差別の象徴である〈不浄の間〉と考え、那智に調査を依頼してきた。だがある夜、離屋にこもった依頼人が怪死を遂げてしまったのだ……。
 民俗学よりも事件のトリックの方にやや重点が置かれていますが、そのトリックが民俗学にフィードバックされているところが秀逸です。

「双死神」
 製鉄史を研究するために、単独で調査に出た三國。だが、早々に“狐”と名乗る女性から謎めいた警告を受けてしまう。やがて、調査の依頼人が調査現場での落盤事故により命を落としてしまったのだが、その裏には……。
 色々な意味で毛色の変わった作品です。三國が単独で事件に遭遇するという構成も例外的ですが、作者の他の著書との関連が示されている点(読者サービスでしょうか)や、今後の展開を暗示するようなラストなど、シリーズ中特異な位置を占めています。その分、民俗学+ミステリという本来のテーマの比重が軽くなっているのがやや残念ですが。

「邪宗仏」
 研究室に届いた二通のレポート。それはいずれも、ある村で発見された両腕のない秘仏に関するものだった。だが、村を訪れた那智を待っていたのは、片方のレポートの主が殺されたという知らせだった。しかも、被害者の両腕が切断されていたのだ……。
 冒頭からとんでもない会話で幕を開ける作品ですが、話は一旦そこから離れ、秘仏と事件の謎が中心となっています。事件と民俗学のつながりは薄く、事件自体も比較的単純なものですが、秘仏から導き出される結論は実に予想外で、よくできています。そしてラストで冒頭の会話に戻ってくるわけですが、真相はいざ知らず、なるほどと思わせる説得力があると思います。

2001.11.28読了  [北森 鴻]
【関連】 『触身仏』 『写楽・考』



ABC殺人事件 The ABC Murders  アガサ・クリスティ
 1936年発表 (田村隆一訳 ハヤカワ文庫HM1-83)ネタバレ感想

[紹介]
 名探偵ポアロのもとに送られてきた挑戦状。“ABC”と署名されたその手紙は、アンドーヴァの町での犯罪を予告するものだった。果たしてアンドーヴァでは予告通り“A”の頭文字を持つ老婆が殺害され、現場にはABC鉄道案内が残されていた。“ABC”からの予告はさらに続き、“B”で始まる土地で“B”の頭文字の娘が、そして“C”で始まる土地で“C”の頭文字の紳士が殺されていく。アルファベット順に犯行を重ねていく犯人に、さすがのポアロも苦戦するが……。

[感想]
 クリスティの有名な作品群の中にあって、さほどの傑作とはいえないようにも思いますが、やはりよくできた作品であることは間違いありません。中心となるネタには先例がありますが、その使い方が非常に秀逸です。繰り返される犯人からの挑戦はスリリングですし、巧妙に仕組まれた計画もよくできています。そして何より、ポアロによって少しずつ描き出されていく特異な犯人像は非常にユニークです。ネタだけはご存知の方も多いかもしれませんが、ぜひ一度は読んでおくべき作品でしょう。

2001.12.04再読了  [アガサ・クリスティ]



「ABC」殺人事件  有栖川有栖・他
 2001年発表 (講談社文庫 あ58-9)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 上のA.クリスティ『ABC殺人事件』をモチーフにして、新本格作家により書き下ろされた短編を集めたアンソロジーです。とはいえ、かなりテーマから逸脱している作品もあり、やや閉口させられます。作品自体の出来でいえば「ABCD包囲網」がベストですが、テーマを考慮すると「猫の家のアリス」に軍配を上げるべきでしょうか。
 なお、当然といえば当然かもしれませんが、『ABC殺人事件』ネタバレを含んだ作品がありますので、未読の方はご注意下さい。

「ABCキラー」 有栖川有栖
 安遠町で浅倉一輝が、別院町で番藤ロミが、そして千曲町で茶谷滋之が殺された――警察にはアルファベット順の殺人を宣言する犯行声明が届き、マスコミは姿なき犯人を“ABCキラー”と名づけた。それぞれの被害者には接点がなく、犯罪社会学者・火村英生もこの事件にはお手上げかと思われたのだが……。
 このアンソロジーの中では、最もストレートにクリスティ作品に挑んだ作品といえるでしょう。だからこそ、というべきか、あまり面白みが感じられません。ラストが今ひとつしまりのない印象を残しているのも残念です。

「あなたと夜と音楽と」 恩田 陸
 ラジオ番組で紹介された奇妙な謎。それは、放送局の入口に毎週変わった物が置かれているというものだった。一組の雛人形、大きなビーチボール、そしてバカボンのパパのお面……。不可解な謎にリスナーの興味も集まる中、やがて事件が……。
 これは何といったらいいか……。テーマに関しては、変化球どころか大暴投という印象です。作品自体の出来もあまりいいとは思えません。中心となる謎はそれなりのものだと思うのですが。

「猫の家のアリス」 加納朋子
 猫の飼い主が多く集うインターネットの掲示板で、飼い猫が次々と殺されていく事件が報告されていた。手口は常に同じで、しかも対象は名前のアルファベット順に選ばれているらしいのだ。11匹の猫を飼っている猫好きの依頼を受けて、探偵の仁木と助手の安梨沙は早速調査に取りかかったが……。
 『螺旋階段のアリス』の続編です。テーマとアレンジのバランスが取れていて、コンパクトにまとまった印象を受けます。インパクトに欠けるという弱点もありますが、全体としてはまずまずではないでしょうか。

「連鎖する数字」 貫井徳郎
 若者たちが次々と殺害される事件が発生した。現場には「2」、「13」、「19」、「17」と謎の数字を記した紙片が残され、同一犯人であると考えられたが、被害者の間には何も接点が見つからない。担当刑事の“ぼく”は、難事件の解決に実績のある作家の吉祥院先輩に相談したのだが……。
 物語としては面白いのですが、途中で犯人は見え見えになってしまいます。また、基本的にシリアスであるにもかかわらず、吉祥院先輩が登場する箇所だけ浮き上がっているように感じられるところも難点です。

「ABCD包囲網」 法月綸太郎
 久能警部は、自首マニア・鳥飼俊輔の来訪に困り果てていた。鳥飼は、次々と犯してもいない罪を自白しにやってくるのだ。一件目の殺人事件は別の容疑者が捜査線上に浮上し、二件目は自殺、三件目も自殺もしくは事故と断定されたにもかかわらず……。だが、彼の妻の話から、鳥飼の隠された意図の手がかりをつかんだ警部は……。
 ひねりという意味ではアンソロジー中随一かもしれません。序盤は鳥飼の不可解な言動に興味を引かれますが、まさかその奥にこんな真相が隠されていたとは……。犯人が少しやりすぎのようにも思えますが、なかなかの出来だと思います。ただ、作者自身が余計なことをしているところがもったいなく感じられます。

2001.12.04読了  [有栖川有栖・他]


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