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安達ヶ原の鬼密室/歌野晶午

2000年発表 講談社ノベルス(講談社)
「密室の行水者」
 室内に水を充満させて溺死させるというトリックは既視感がありますが、エアマットを利用して被害者を浮かせることで、アリバイ工作のための時限装置に仕立て上げているところがユニークです(被害者の体重をエアマットで支えきれるのかどうか少々疑問ですが)。また、現場が階上の展望風呂であり、“建物の屋根から水が流れ落ちはじめたら満水だ”(281頁)というシュールな光景が描き出されているところが面白いと思います。
 そして、犯人が念入りに実験を繰り返したせいで、本番でうまくいかなかったという皮肉な結末も見事。もっとも、谺健二の某作品によれば、(以下伏せ字)外開きのドアであっても、ラッチ部分に強い力がかかって動かせなくなり、結果としてノブをひねることができずドアが開かない(ここまで)可能性があるようですが……。

「黒塚七人殺し」/「直観探偵・八神一彦」/「鬼の孤島」
 屋敷の奇妙な構造と様々な怪現象を鮮やかに説明するトリックは見事です。特に、虎の彫像の口にくわえられた死体の謎が秀逸。
 ただし、海水が定期的に中庭に入り込んでいたとすれば、それなりの痕跡が残ってしまうのは避けられないので、真相が露見しないのは不自然でしょう。例えば、いくら海が近いとはいえ中庭での潮の匂いは他の場所よりも強烈なはずですし、フジツボ類などの固着動物が住み着いてしまうのもほぼ確実だと思われるので、兵吾少年はともかくとしても、日本兵たちはすぐに真相に気づいてしまうのではないでしょうか。

「The Ripper with Edouard ――メキシコ湾岸の切り裂き魔」/「The Ripper with Edouard ――五つ数えろ!」
 真相が明らかになってみると、冒頭の“エドワードがやってこなければ、彼はジョセフィン・テイラーを殺さなかった”(26頁)という文章にニヤリとさせられます。この文章に代表される、“エドワード”を人間だと誤認させる叙述トリックがよくできています。また、舞台が米国でなければならなかった理由にも納得。

「こうへいくんとナノレンジャーきゅうしゅつだいさくせん」
 解決策だけを取り出してみると比較的ありがちな発想ではあると思うのですが、やはり現象は鮮やかです。
 しかし、“こんばんのうちに、きれいさっぱりくみだしておく。まほうをつかってね”(343頁)という、その手段がさっぱりわかりません。


・物語の全体構造について

 本書に収録された四つの物語に登場するトリックは、いずれも“水の力”(浮力や水圧)を利用したものになっています。つまり、トリックの根本原理が同じという点で四つの物語が関連しているわけで、非常に面白い試みだと思います。裏を返せば、そのつながりを見出すことこそが本書の最大のサプライズであるといえます。

 また、それぞれの物語の配置による効果にも注目すべきでしょう。上で述べたように、「こうへいくんとナノレンジャーきゅうしゅつだいさくせん」の解決策は、少なくともじっくり考えれば思いつく類のものですし、そこから直接“安達ヶ原の鬼密室”につながっていれば、どちらの真相もよりわかりやすくなっていたのではないかと思われます。ところが、間に挟まった“The Ripper with Edouard”で思いきり目先が変わっている上に、叙述トリックによって真相がかなり見えにくくなっていると思います。したがって、「こうへいくんとナノレンジャーきゅうしゅつだいさくせん」“安達ヶ原の鬼密室”大胆なヒントになっているにもかかわらず、まずそれぞれの物語のつながりを読み取ろうとする読者にとっては結果的に、共通点であるトリックの原理も見抜きにくくなっている――つまり物語の配置そのものがミスディレクションとしての機能を担っているといえるのではないでしょうか。

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 しかしながらその一方で、特殊な構造による弊害も見逃せません。確かに“安達ヶ原の鬼密室”「密室の水行者」は探偵役も共通していますし、“安達ヶ原の鬼密室”の謎を解くヒントとして「密室の水行者」が提示されているということで、二つの物語が組み合わされる必然性も認められるのですが、“The Ripper with Edouard”「こうへいくんとナノレンジャーきゅうしゅつだいさくせん」は(トリック以外は)完全に独立した物語であり、本書に一緒に収録される物語上の必然性はありません。そのため、作者の趣向を一方的に押しつけられている感が拭えないのです。

 さらにいえば、少なくとも「密室の水行者」のトリックが暴かれた時点でかなりの部分が見え見えになってしまうため、その後の、特にメインであるはずの“安達ヶ原の鬼密室”の解決編がやや盛り上がりを欠いたものになっているのは否めません。

2007.03.10読了