ミステリ&SF感想vol.142

2007.03.13
『林真紅郎と五つの謎』 『パヴァーヌ』 『赤死病の館の殺人』 『善意の殺人』 『安達ヶ原の鬼密室』



林真紅郎と五つの謎  乾 くるみ
 2003年発表 (カッパ・ノベルス)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 30代半ばにして、妻を事故で亡くしたことがきっかけで仕事を辞め、家でゴロゴロしている元法医学者・林真紅郎。普段の頼りない姿とは裏腹に、時に思わぬ推理の才能を発揮する彼が、日常生活の中で遭遇した五つの事件の顛末は……?
 鬼才・乾くるみにしてはあまりにもオーソドックスな、本格ミステリ連作短編集です。主人公・林真紅郎が日常生活の中で遭遇する、“日常の謎”というには殺伐とした事件が描かれていますが、主人公の人となりと同様、どこかとらえどころのない印象を受けるのが何とも微妙。ちりばめられた細かい手がかり/伏線をもとに、仮説が次々と組み立てられていく過程が見どころでしょうか。

「いちばん奥の個室」
 姪の仁美の付き添いで、人気バンド《ダイナモ・エックス》のコンサートにやってきた真紅郎。バンドのパフォーマンスを楽しんだ後、トイレに行った仁美を待っていたが、なかなか戻ってこないまま、やがてトイレから仁美の悲鳴が。個室の中に女性の死体があったというのだ……。
 真相そのものよりも、それを“謎”に仕立て上げる見せ方が巧妙です。それにしても、登場人物のネーミングには苦笑。

「ひいらぎ駅の怪事件」
 雨と風で大荒れの夜。大学時代の友人と飲んだ帰りに、駅のホームで電車を待っていた真紅郎は、悲鳴と激しい音を耳にする。そこには、階段から転落した外国人女性が意識を失って倒れていた。騒ぎになったその間に、今度はホームにいた若い女性のカメラが消えて……。
 謎と解決がテンポよく提示されていく佳作で、細かい手がかりの巧みな扱いが見逃せません。

「陽炎のように」
 大学時代の友人の妻が急死し、その告別式に出席した真紅郎は、棺の中から何か白いものが出てきたように感じた。その帰り道、同行した友人夫妻とともにファミレスに入った真紅郎は、そこで何かに取り憑かれたかのように推理を繰り広げる。予想もつかないその結論は……?
 H.ケメルマン「九マイルは遠すぎる」や西澤保彦の一部の作品を思わせる、発端からは思いもよらない結論へとつながっていく怒濤の妄想推理(?)が圧巻です。また、オカルト的な味付けも面白く感じられます。

「過去からきた暗号」
 小学校時代の親友と偶然再会した真紅郎は、思い出話の中で、当時暗号を自作していたことを聞かされるが、詳しいことはさっぱり思い出せない。やがて、その頃自分が書いた暗号文の年賀状が届けられ、真紅郎は対照表もないまま、文章を推測しながら解読を試みるが……。
 まず、かつて自作した暗号の解読に挑むという状況が何ともユニークです。そして、意外な展開を見せるプロット、さらには皮肉で笑える結末が秀逸。

「雪とボウガンのパズル」
 一面の雪景色の中、犬の散歩に出かけた真紅郎は、大学に勤めていた頃の教え子と出会ってその下宿先まで同行するが、そこにはちょうどサイレンを鳴らして救急車が到着していた。足跡一つない裏庭で、下宿生の一人が胸にボウガンの矢を突き刺されて死んでいたのだ……。
 いかにも本格ミステリらしい状況ですが、真相も、そしてそこに至る推理もなかなか豪快。

2007.02.25読了  [乾 くるみ]



パヴァーヌ Pavane  キース・ロバーツ
 1968年発表 (越智道雄訳 扶桑社・入手困難

[紹介]
 1588年、女王エリザベスI世が暗殺され、スペイン無敵艦隊が英国本土を侵略した結果、スペイン国王フェリペII世が英国を統治することとなった。かくしてカトリック教会の支配下に入った英国では、科学技術の使用と発達が徹底的に制限され、古い社会構造が維持され続けていた――そして20世紀。路上を走る蒸気機関車の運転士は、かなわぬ恋に思い悩み……少年は、全国に張り巡らされた通信網を支える、腕木信号を操る信号手になることを熱望し……優れた工芸の才能を備えた修道士は、教会に命じられた任務に人生を狂わされ……やがて世界は少しずつ動き始める……。

[感想]

 カトリック教会に支配され、中世の社会構造がほぼそのまま20世紀まで維持されている“もう一つの英国”を舞台にした歴史改変小説であり、長らく“幻の名作”とされてきた作品です。物語は、歴史の“分岐点”を簡単に説明した「序」に始まり、年代を追って進んでいく「第一旋律」「第六旋律」、そして新たな時代の開幕を予感させる「終楽章」とから構成されています。

 メインである「第一旋律」「第六旋律」は、ほぼ独立していながらところどころに微妙なつながりが見受けられる、連作短編とも長編の一部ともつかない独特の雰囲気になっています。そこで描かれているのは、異なる歴史を歩んだ結果としての異なる世界。とはいえ、まったく想像を絶するというようなものではなく、科学技術の制限によって生み出された擬似スチームパンクともいうべきその姿は、どこか親しみやすく、そして大きな魅力を放っています。

 各篇の主役となっているのは、社会に多大な影響を及ぼし得る権力者などではなく、蒸気機関車の運転士や若き信号手といった市井の人々であり、様々な束縛の存在する社会の中でそれぞれに情熱を燃やしつつ懸命に生きていこうとする姿は、鮮烈なイメージを残します。そして、一見淡々と積み重ねられていく“人生”がやがて大きなうねりを生み、ついには世界を動かすに足る“力”を得ていくという物語は、実に読み応えがあります。

 エピローグにあたる「終楽章」では一転して、やや異なる視点が与えられることで相対化が図られているような印象も受けます。事実上のクライマックスともいえる「第六旋律」とは異なり、そこにあるのはあくまでも静謐な一場面。しかしそれは決して“停滞”ではなく、新たな、さらなる変化を予感させるものであり、それゆえに巻を閉じても昂揚は絶えません。独特のコンセプトの下に、歴史と人々を鮮やかに描ききった傑作です。

2007.03.02読了  [キース・ロバーツ]



赤死病の館の殺人  芦辺 拓
 2001年発表 (カッパ・ノベルス)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 書き下ろしの表題作に、雑誌やアンソロジーに発表された3篇を加えた中短編集。「あとがき」に記された作者の思惑とは裏腹に、全体的にネタと分量のバランスに問題があるように感じられます。また、一部は物語の展開上必要になっているところもあるとはいえ、全編であれやこれやを揶揄し、また貶めるような作者の姿勢も、読んでいて辟易とさせられます。

「赤死病の館の殺人」
 森江春策の助手・新島ともかが、旅先で道に迷ってたどり着いたのは、E.A.ポー「赤死病の仮面」を彷彿とさせる、それぞれが七色に塗り分けられた七つの部屋がジグザグに連なった奇怪な屋敷だった。“青の部屋”に案内されて眠りについたともかだったが、夜中に怪しい黒衣の人影が七つの部屋を通り抜けていき、屋敷の住人が失踪する……。
 奇怪な屋敷が主な舞台となっていますが、その存在理由が秀逸。そしてメイントリックも、やや気になるところはあるものの、まずまずといっていいでしょう。ただ、犯人を隠しきれていないところは難点ですし、ある可能性をろくに検討もせずに切り捨てているところは問題かと。

「疾駆するジョーカー」
 連続殺人容疑のかかった少年と両親、そして少年の冤罪を主張する弁護士と女性記者が、世間の目を避けて集った別荘。アルバイトの学生がホールで徹夜の見張りを続ける中、弁護士の部屋からジョーカーの扮装をして凶器を手にした怪人物が現れ、別の部屋へと駆け込み……。
 奇をてらってはいるものの、トリックはかなり露骨。そして、おそらく分量不足のせいもあるでしょうが、森江がさしたる根拠もなくいきなり犯人を指摘する解決には疑問を禁じ得ません。

「深津警部の不吉な赴任」
 新たに赴任してくるキャリア組の深津警部を出迎えようと、田舎町の警察署はてんやわんやだった。その最中に、山中のハイキングコースで崖からの転落死体が発見され、深津警部も到着早々に捜査に乗り出す。そして、折からこの地を訪れていた弁護士・森江春策も……。
 例によって警察機構に対する揶揄が前面に出ていますが、ここまでされればパロディといえなくもありませんし、展開上不可欠なのも理解できます。組み立てられる推理の鮮やかな逆転が見どころ。

「密室の鬼」
 脅迫状を送りつけられながら、まったく意に介さず警察の保護を拒否する、嫌われ者の老教授。ところが、独り閉じこもった密室状況の離れの中、しかも人の出入りを複数の刑事が監視している最中に、教授は何者かに殺害されてしまった。その傍らには、鋼鉄製のロボットが……。
 これも分量不足のせいで解決がバタバタしていてわかりにくいのが難ですが、トリックの手順そのものはよく考えられていると思います。ただし、そんなことをしなければならない必然性が感じられないのは、大いに問題でしょう。また、何かコンプレックスでもあるのかと思えてしまう(以下略)。

2007.03.04読了  [芦辺 拓]



善意の殺人 Excellent Intentions  リチャード・ハル
 1938年発表 (森 英俊訳 原書房)ネタバレ感想

[紹介]
 スコットニー・エンド館の主人となったヘンリー・カーゲートは、嫌みで偏屈な富豪で、周囲の誰からも嫌われていた。そのカーゲートが、列車に乗り込んで客室でかぎ煙草を吸った直後に急死する。何者かが密かに、かぎ煙草に青酸カリを仕込んでいたのだ――やがて容疑者が逮捕されて裁判が始まり、「被告」の目の前で、数々の証言によって事件の様子が再現されていく。はたして訴追側は「被告」を有罪にできるのか、それとも弁護側が無罪を勝ち取るのか。そして「被告」は誰なのか……?

[感想]

 いきなり法廷の場面から始まり、裁判が進行する中で事件当時の様子や捜査の経緯などがカットバックで描かれるという、ユニークな構成のミステリです。特に目を引くのが、B.S.バリンジャーの名作『歯と爪』と同様、読者に対して「被告」の名前が伏せられている点で、本来は被告が有罪か無罪かだけを決める法廷を舞台としながら、読者に「被告」が誰かを推理させるフーダニットの興味も盛り込まれています。

 証言や回想の中では、被害者の嫌みな人物像が徹底的に描かれていますが、このような“殺されても仕方のない”(とまでいってしまうと語弊があるかもしれませんが)被害者の造形は、A.バークリー『ジャンピング・ジェニイ』などを連想させます。そして、そのような造形に対して提示されている、邦題に採用された“善意の殺人”という概念は、やはりA.バークリーの『試行錯誤』などを思わせます。それぞれの作品の発表年代を考えれば、このあたりはA.バークリーの影響を受けているということもあり得るのかもしれません。

 さて捜査の本筋はといえば、比較的強い動機を持っていそうな容疑者たちが浮かび上がった後、“かぎ煙草に青酸カリを仕込む機会があったのは誰か?”という一点に絞られていきます。そして数々の証言が積み重ねられ、特に一部の容疑者たちの動きについては分刻みで検討されるという、さながらアリバイ崩しのような展開。やたらに細かいために、読んでいて次第にどうでもよくなってしまうのは否めませんが、被害者の悪癖が事態を複雑にしているあたりは面白いと思いますし、最終的にそれなりの説得力のある仮説を組み立てるための手がかりは、なかなかよく考えられていると思います。

 やがて裁判は、訴追側・弁護側の弁論を経て、陪審員による評決という結末を迎えますが、満場一致の結論でなければならないということで、陪審員たちの間でまた一悶着起こっているのが面白いところです。が、さらにその後、物語の結末の強烈なぶん投げ方には思わず唖然。これもどことなくA.バークリーのような雰囲気が漂う、何とも皮肉で愉快な結末で、見事なプロットといわざるを得ません。

2007.03.08読了  [リチャード・ハル]



安達ヶ原の鬼密室  歌野晶午
 2000年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 こうへいくんとゆみちゃんは、たいせつなおもちゃをいどのなかにおとしてしまいました――「こうへいくんとナノレンジャーきゅうしゅつだいさくせん」

 米国の高校に通う日本人留学生ナオミは、同乗していた友人の車が事故を起こしたことがきっかけで、隠されていた死体を発見する羽目になった。それは、かねてから街を騒がす連続切り裂き魔の、最新の犠牲者だった――「The Ripper with Edouard ――メキシコ湾岸の切り裂き魔」

 昭和二十年夏。集団疎開先から脱走した兵吾少年は、あてもなく歩き続けた末に、とある屋敷の前に倒れていたところを住人の老婆に救われる。奇妙な枡形のその屋敷で休ませてもらった兵吾少年だったが、窓から部屋に侵入しようとするを目撃。さらに、米兵を追ってきた日本兵たちとともに、次々と起こる惨劇に巻き込まれ――「黒塚七人殺し」

[感想]

 『安達ヶ原の鬼密室』というおどろおどろしい題名、そして冒頭に掲げられた〈鬼屋敷〉の見取図――ところが、いきなり始まるのは、かわいらしいイラストの付されたジュヴナイル風の物語。そして“事件”が起こったところで唐突に舞台は米国へと移り、日本人留学生と切り裂き魔の物語が。さらに、それがクライマックスを迎えたところで再び次の、そして本書のメインでもある“安達ヶ原の鬼密室”の物語がようやく始まる……という風に、かなり風変わりな構造となっているミステリです。

 見方によっては、前年に発表された『放浪探偵と七つの殺人』と同様に、まず複数の“問題編”が並べられ、次いでそれぞれに対応する“解決編”が配置された形ともいえます。が、本書は決して単なる短編集にとどまることなく、それぞれのエピソードとその配置には“ある意図”がうかがえます……本書を最後まで読み終えてみれば(正確にいえば、ある程度終盤まで読んだ時点でお分かりになる方が大半でしょうが)。しかしその“意図”については、非常に面白く感じられる部分とそうでない部分とが同居しているように思えます。

 本書は紛れもなく“トリック”を中心に据えたミステリであり、その観点でいえば作者の“意図”は十二分に成功しているといえるのではないでしょうか。しかし、ひとたび“トリック”から離れて“物語”の方に焦点を当ててしまうと、大きな違和感を禁じ得ません。やや歯切れの悪い表現になりますが、“意図”を実現するための“作者の都合”が前面に出てしまい、読者に対する押しつけのようにも思えてしまう、といったところでしょうか。

 繰り返しになるかもしれませんが、中心となるトリックそのものはなかなかよくできています(ただし“安達ヶ原の鬼密室”のトリックには無理の感じられる部分がありますが)し、作者の“意図”も大筋では面白いと思います。が、その特異な物語構造ゆえに、弱点を抱えているのもまた事実。他に例を見ない、先鋭的な試みであることは間違いないのですが……。

2007.03.10読了  [歌野晶午]


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