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螺旋階段のアリス/加納朋子

2000年発表 (文藝春秋)

「螺旋階段のアリス」
 伏線の一つに問題があります。“砂糖壷の砂糖を切らさない”という場合、予め買い置きしておいて、壷の中身を使い切ってから補充するのが普通だと思います。したがって、“砂糖壷が当分の間、それも、もしかしたら数年にわたって、決して底が見えることはない”というのはあり得ないのではないでしょうか。

「裏窓のアリス」
 奇妙な依頼と空き缶の不自然な配置から、誰にも接触せずにメッセージを送っているという結論を導き出すのはいいと思うのですが、それをスパイに結びつけるには、ちょっと根拠が薄弱なのではないかと思えます。

「中庭のアリス」
 コリー犬の実在が確認された時点で、嘘をついた椿が最も疑わしいのは明らかだと思うのですが。枚数の都合などがあったのかもしれませんが、無駄な回り道をしているような展開はいただけません。

「地下室のアリス」
 電話の話が狂言だったという真相には拍子抜けです。

「最上階のアリス」
 “小さなお使い”が“プロバビリティの殺人”だったという真相はかなり意外です。しかも、さらにその動機が鮮やかに反転しています。よくできた構図だと思います。

「子供部屋のアリス」
 仁木が赤ん坊の母親について、“もしかして、朝倉という女性じゃありませんか?”と尋ねているのは不自然です。双子であることはわかったとしても、母親が誰かを特定する材料はまったく提示されていないのですから。“ほとんどはったりだったが”という言い訳めいた記述がありますが、これは完全に、しかも意味のないはったりです。

「アリスのいない部屋」
 “誘拐した”という電話をかけた市村英一郎の意図が今ひとつよくわかりません。すぐに誘拐を否定するのならば、まったく意味のない行動のように思えます。それとも、誘拐については否定せずに正体だけを明かしたということなのでしょうか。自分が安梨沙を手中にしているとアピールすることで、警察を介入させずに取引をすることができるのかもしれませんが……。

夫婦のあり方について

 まず「螺旋階段のアリス」に登場する夫婦は、結果的には相互に補い合ったいい夫婦関係だったといえるかもしれません。しかし本来は、この作品のように一方だけが密かに認識するのではなく、夫婦双方がそれを自覚しているべきでしょう。ゲームといえば聞こえはいいかもしれませんが、表面的には一方的に主導権を握っているように見えただけに、夫人にとっては夫の掌の上で踊らされ、知らぬ間にピエロを演じさせられていたようにも思えるのではないでしょうか。

 「裏窓のアリス」では、妻に対する夫の見栄が招いた悲劇が描かれています。見栄を張りたくなる気持ちはわかりますが、それにも限度がありますし、妻の方にもまた問題があると思います。知らないことは罪ではありませんが、知ろうとしないことはやはり罪なのではないでしょうか。

 「中庭のアリス」で描かれた、マダム・バイオレットの周囲への関心の低さには呆れてしまいます。自分だけの世界、自分だけの幸せ。本人はもちろん何の疑問も持たないのでしょうが、あまりにも薄っぺらいものに思えてなりません。ラストで仁木がとった行動も、決してマダム・バイオレットへの優しさではなく、ことを荒立てないための唯一の選択だったのでしょう。本人に真実を告げたとしても、間違いなく理解してもらえないのですから。そしてそれは、ずっと放置してきた亡夫の責任でもあると思います。

 「最上階のアリス」のラストで明らかになった夫人の動機は確かに哀しいものですが、それもまた夫を世間知らずのまま放置してきたツケが回ってきたといえるかもしれません。本人なりに責任を取ろうとしたのは確かかもしれませんが、その責任の取り方が、面倒を見きれなくなったペットを保健所へ送る飼い主、あるいはわが子を巻き込んで無理心中を図る親と同レベルであるということは忘れてはならないでしょう。

 “そのままでいてほしい”という気持ちはわからないではないのですが、やはりある種のエゴイズムであるように思えます。その意味で、「アリスのいない部屋」での仁木夫婦の関係に最も好感が持てます。夫は妻の変化を受け入れようとしていますし、妻は夫に“そのままでいてほしい”と願いつつも、それが勝手な願いだと自覚しているのですから。

2002.02.04読了

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