ミステリ&SF感想vol.35

2002.02.12
『牙王城の殺劇』 『螺旋階段のアリス』 『編集室の床に落ちた顔』 『宇宙創世記ロボットの旅』 『空のオベリスト』


牙王城の殺劇 フォート探偵団ファイル1  霞 流一
 2002年発表 (富士見ミステリー文庫 FM32-1)ネタバレ感想

[紹介]
 桃森高校に設立された、“フォート現象”(超常現象)を調査するクラブ〈フォート探偵団〉。高校二年生のハヤト、ヒミコ、ドク、そして顧問のセンセという4人のメンバーのもとに、奇妙な依頼が舞い込んできた。“檻から逃げ出したコビトワニを見つけだしてほしい”というのだ。現場は奥多摩のさらに奥、ワニの売買で資産を築き上げた阿賀島伝龍の屋敷、62匹ものワニたちが暮らすその名も〈牙王城〉。だが、フォート探偵団の面々を待ち受けていたのは、次々と起こるフォート現象、そして無惨に首を食いちぎられた死体だった……。

[感想]

 霞流一の新シリーズ。毎回ある動物をお題にするという趣向を続ける作者ですが、このシリーズでは主要登場人物の一人を動物病院の息子に設定してあるのがうまいところです。一方、〈フォート探偵団〉という設定が『赤き死の炎馬』などの“奇蹟鑑定人”というアイデアとかぶっているところは少し残念です。

 それはさておき、内容の方はかなり充実しています。消える天守閣、雪の中を歩くゾンビの群、籠を担いだ甲冑の騎士、UFOとも思える怪光、そして“空飛ぶワニ”に食いちぎられた死体など、怪現象が山積みです。特に“騎士の籠屋”の真相には感心させられます。もちろん得意の(?)バカトリックも健在です。また、今までになく解決場面がすっきりしているのも大きな特徴です。

 ただ、個人的に非常に残念な点が一つ。今までの作品の濃いギャグに慣れてしまった身としては、この作品はあまりにも薄味で、物足りなく感じられてしまいます。とはいえ、全体的に見ればよくできた作品であることは間違いないでしょう。

2002.01.30読了  [霞 流一]



螺旋階段のアリス  加納朋子
 2000年発表 (文藝春秋)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 長年勤めた会社を辞めて(正確にはまだ退職してはいませんが)探偵事務所を開いた仁木順平と、一見十代の少女のような押しかけ助手・市村安梨沙のコンビを主役とし、「不思議の国のアリス」などのモチーフも絡めた連作短編集です。

 いわゆる“日常の謎”系のミステリに分類されるかと思いますが、謎とその解決自体は弱く、むしろその奥にある人間の心理(特に夫婦のあり方)が中心に据えられています。“柔らかい”作風のオブラートに包まれていますが、その中には、無知・他者への無理解・安易な現状肯定といったものへの批判が込められているように思えます。決して単純に“心暖まる”とは形容できませんが、独特の厳しさと優しさが感じられる作品集です。

 ミステリとしてのベストは「最上階のアリス」ですが、最も印象に残ったのは「中庭のアリス」です。

「螺旋階段のアリス」
 仁木探偵事務所の最初の依頼人は、同じ相手と一緒に暮らしながら離婚・再婚を繰り返した未亡人だった。4度目の離婚中に亡くなった元夫は、遺産関係の書類を銀行の貸金庫にしまっていたらしいのだが、そのが見つからないのだという……。
 この作品で仁木は安梨沙と出会い、奇妙な夫婦関係の奥に隠された秘密を探ることになります。鍵の隠し場所自体はさほどのものでもなく、伏線もぎこちなく感じられます。それよりもやはり、ラストの鮮やかな逆転が秀逸です。

「裏窓のアリス」
 事務所の向かいのビルに住む社長夫人から、浮気をしていないことを証明するための素行調査を依頼された仁木。安梨沙と協力して張り込みを続けたが、予想通り浮気の気配はない。ところが、安梨沙が奇妙なことに気づいたのだ……。
 解決に至る展開はやや物足りませんが、依頼人の意図はなかなか意外です。皮肉なラストも印象的。

「中庭のアリス」
 上品な老婦人からの依頼は、行方不明になったコリー犬の“サクラ”を探してほしいというものだった。だが、依頼人と同居している親戚の娘は、仁木に「サクラなんて犬、もともといないと告げる。果たしてサクラは存在しているのか……?
 個人的には、真相よりも何よりも、ある登場人物の何ともいえない気色悪さ(というのはいいすぎでしょうか)が強烈に感じられる作品です。日常のちょっとした事件を通していびつな人物像を描き出すという作者の意図は、十分に成功しているといえるでしょう。

「地下室のアリス」
 仁木が長年勤めてきた会社の“地下室の番人”が今回の依頼人だった。地下3階にある鍵のかかった書庫で、たびたび電話が鳴るというのだ。誰もいないはずの書庫に、誰が何のために電話をかけてくるのか……?
 安梨沙の出番が少なく、仁木一人が中心となった異色の作品です。謎は魅力的なのですが、解決には今ひとつ面白さが感じられません。

「最上階のアリス」
 相変わらずあまり仕事の来ない仁木を助けるつもりか、大学時代の旧友が依頼を持ち込んできた。それは、小さなお使いを頻繁に頼んでくる妻の意図を探ってほしいという、一見他愛のなさそうなものだった。ところが……。
 本書の中で最もミステリとしてよくできている作品です。文字通り小さな謎から始まって、その背後に隠された意外な真相が解明されていく過程は、“日常の謎”ミステリの醍醐味を味合わせてくれます。そして、最後の一行が何ともいえない余韻を残しています。
 ところで、「地下室〜」・「最上階〜」という対比は、A.バークリーの作品を意識したものなのでしょうか? バークリーの『最上階の殺人』が邦訳されたのは、この作品が発表された後なのですが……。

「子供部屋のアリス」
 産婦人科医からの依頼は、赤ん坊の世話をしてもらいたいというものだった。断りきれずに引き受けた仁木と安梨沙だったが、あまりにも不審な依頼に、隠された事情を探り始める……。
 やや無理があるようにも感じられますが、それ以上に1箇所不自然な点があるのが気になります。しかし、ミスディレクションには思いきり引っかかってしまいました。

「アリスのいない部屋」
 突然「しばらく休みたい」と電話をよこして姿を消した安梨沙。数日後、彼女の父親から、娘を出せという電話がかかってきた。仁木が彼女を隠していると勘違いしたらしい。やがて、安梨沙を誘拐したとの電話が……。
 謎には無理が感じられるものの、様々な人間模様を目にしてきた仁木と安梨沙自身に焦点が当てられたこの作品は、本書のラストを飾るエピソードとしてぴったりでしょう。

2002.02.04読了  [加納朋子]



編集室の床に落ちた顔 The Face on the Cutting-Room Floor  キャメロン・マケイブ
 1937年発表 (熊井ひろ美訳 国書刊行会 世界探偵小説全集14)ネタバレ感想

[紹介]
 映画会社の編集主任であるキャメロン・マケイブは、撮影されたばかりの新作フィルムから、ある新人女優の出番をすべてカットするよう指示を受ける。しかし、文句のつけようのない演技をした女優をむざむざと“編集室の床に落ちた顔”にしてしまうのは忍びない。しかも、ストーリーがめちゃくちゃになることは目に見えている。当然マケイブは反発するが、その翌朝、事態は一気に急変した。当の女優が編集室の床に血を流して死んでいたのだ。夢破れた末の自殺かとも思えたが、担当捜査官は殺人として捜査を開始した。やがて第二の事件が起こり、容疑者が逮捕されたのだが……。

[感想]

 カバー見返しの紹介文に“「あらゆる探偵小説を葬り去る探偵小説」と評された、黄金期本格ミステリ最大の問題作”と書かれているとおり、一筋縄ではいかない作品です。要は“禁じ手”のようなものが使われているわけで、ネタバレなしで感想を書くのも難しいのですが、個人的には中盤以降の裁判の場面や、混沌がエスカレートしていくラストは面白いと思います。また、小林晋氏による解説(必ず本文読了後にお読み下さい)が非常に秀逸です。

2002.02.06読了  [キャメロン・マケイブ]



宇宙創世記ロボットの旅 Cyberiada  スタニスワフ・レム
 1967年発表 (吉上昭三・村手義浩訳 ハヤカワ文庫SF203・入手困難

[紹介と感想]
 「無窮全能資格」優等免状を持ったロボット宙道士・トルルとクラパウチュスの二人が、広い宇宙に住む様々な種族に助言や援助を与えようと旅する様子を描いた、寓話風のSF短編集です。教訓めいた話もありますが、基本的には荒唐無稽でユーモラスな雰囲気の物語です。特殊な用語や固有名詞(これは訳者の尽力も大きいと思いますが)によって作り上げられている独特の雰囲気も見逃せません。
 個人的ベストは、「盗賊『馬面』氏の高望み」「竜の存在確率論」

「哲人『広袤大師』の罠 ―第一の旅―」 Wysprawa Pierwsza, Czyli Pulapka Gargancjana
 二つの国に分かれた惑星に降り立った二人の宙道士。「醜怪王」・「癇癪王」という二人の統治者のもとへそれぞれ向かったトルルとクラパウチュスは、軍隊の強化を求める王に対して、「広袤大師」の秘法を用いることを進言した……。
 「広袤大師」の秘法とそこに秘められた逆説的な罠がよくできています。また、牧歌的なラストが印象に残ります。

「詩人『白楽電』の絶唱 ―番外の旅―」 Wysprawa Pierwsza, Czyli Elektrybalt Trurla
 天地創造の前の混沌に始まる全宇宙のモデルをもとにして、詩を創作する機械を作り上げたトルル。ところが、「白楽電」と名づけられたその機械が大騒ぎのもとになって……。
 「白楽電」が次々と作り出す詩が非常によくできています(翻訳は大変だったと思いますが……)。

「獣王『残忍帝』の誘拐 ―第二の旅―」 Wysprawa Druga, Czyli Oferta Krola Okrucyusza
 狩猟を趣味とする「残忍帝」を満足させるため、新しい猛獣を作り出す羽目になったトルルとクラパウチュス。失敗すれば命を奪われてしまうのだ。窮地に追い込まれた二人が立てた策略は……。
 どんなに強力な獣でも満足しない「残忍帝」に対してトルルとクラパウチュスがとった作戦は、なかなか意表を突いたものです。

「竜の存在確率論 ―第三の旅―」 Wysprawa Trzecica, Czyli Smoki Prawdopodobienstwa
 確率的な存在でしかないはずのが、局地的に存在確率を高められ、人々に被害をもたらす事件が続発した。「竜理論」の大家・トルルとクラパウチュスは、竜退治に乗り出したのだが……。
 「竜理論」はなかなか笑えます。いわく、“竜にはゼロ型、虚数型、マイナス型の三つの種類があることを発見した”、あるいは“マイナス型竜二匹を採集すると(中略)約0.6匹分の未熟竜が発生するというパラドックスがある”、果ては“竜分数の分子の倍数として知られる竜子という定数を導入して”など、わけがわからないながらも想像力を刺激されます。

「汎極王子の恋路 ―第四の旅―」 Wysprawa Trzecica, Czyli O Tym Trurl Kobietron Zastosowal, Krolewicza Pantarktyka Od Mak Milosnych Chcac Zbawic, Ijak Potem Do Uzycia Dzieciomoiotu Przyszlo
 仲の悪い隣国の姫に恋してしまった「汎極王子」を救うため、王子の恋心を取り除く装置を作り上げたトルル。しかし、トルルの試みも王子には通用しなかった。トルルが提案した最後の手段は……。
 トルルが最後の手段として提案した、隣国との“戦争”。しかし、それはあまりにも奇想天外なもので、想像すると笑いを禁じ得ません。

「舞踊王の戯れ ―第五の旅―」 Wysprawa Piata, Czyli O Figlach Krola Baleryona
 隠れん坊に夢中の「舞踊王」の求めに応じて、この世に二つとない隠れ蓑、すなわち個性相互交換器を提供したトルルとクラパウチュス。ところが、王はそれを悪用して……。
 比較的ありがちなドタバタです。もちろん、それだけ安心して楽しめるともいえますが。

「コンサルタント・トルルの腕前 ―番外の旅―」 Wysprawa Piata A, Czyli Konsultacja Trurla
 鋼眼機族を悩ませる得体の知れない存在。“それ”は機械獣もウルトラ・ジャンボ機械もものともせず、相変わらずそこに存在していた。そこに通りかかったトルルは、鋼眼機族のコンサルタントとして腕前をふるった……。
 わかるようなわからないような話です。文明への批判が含まれているようにも感じられますが、あまり気にする必要はないでしょう。

「盗賊『馬面』氏の高望み ―第六の旅―」 Wysprawa Szosta, Czyli Jak Trurla I Klapaucjusz Demona Drugiego Rozadaju Stworzyli, Aby Zbojce Gebona Pokonac
 「凄愴圏」を旅していたトルルとクラパウチュスは、強力な盗賊「馬面」氏に捕まってしまった。金品のみならずあらゆる真理を求める「馬面」氏に対して、トルルが食らわせた強烈なしっぺ返しとは……。
 「馬面」氏の高望みの果ては、強烈な皮肉と逆説を感じさせる末路です。非常にユニークな作品だと思います。

「トルルの完全犯罪 ―第七の旅―」 Wysprawa Siodma, Czyli O Tym, Jak Wlasna Doskonalosc Trurla Do Zlego Przywiodla
 暴政の果てに革命で地位を失った「タルタロスの放逐王」と出会ったトルルは、完全に本物そっくりのミニチュア国家を作り上げ、プレゼントした。その行為をクラパウチュスにたしなめられたトルルが王のところに戻ってみると……。
 ある種の美しさを感じさせるオチが印象的です。

2002.02.09再読了  [スタニスワフ・レム]



空のオベリスト Obelists Fly High  C・デイリー・キング
 1935年発表 (富塚由美訳 国書刊行会 世界探偵小説全集21)ネタバレ感想

[紹介]
 “4月13日、中部標準時の正午ちょうど、おまえは死ぬ――国務長官の緊急手術のため、西海岸へと向かう予定の外科医・カッター博士に送りつけられた脅迫状。ニューヨーク市警のロード警部はあらゆる事態を想定して警護にあたったが、一行を乗せた飛行機がニューヨークを飛び立って数時間後、脅迫状で予告されたまさにその時刻に、カッター博士は毒を吸い込んで倒れ、急死してしまったのだ……。

[感想]

 航空機の内部という特殊な状況で起きた殺人を描いた、ユニークな構成のミステリです。まず、冒頭に置かれたエピローグでは墜落寸前の危機が描かれていて、いきなり緊張感が高まっています。そこからカットバックで本編が始まるわけですが、容疑者もきわめて限定された状況で事件が起こる上に、目的地に到着するまでに真相を明らかにしなければならないということもあって、非常にスリリングな内容となっています。

 さらに中盤以降には意外な展開が待っていますし、驚くほどシンプルな手がかりによって導かれる真相も秀逸です。そして事件が解決した後、あえてラストに置かれたプロローグが、何ともいえない余韻を与えています。巻末の手がかり索引(ほとんどが心理的な手がかりですが)を詳しくみてみると、作者の意図がよくわかるようになっているのも親切なところです。一つ大きな問題があるのが残念ですが、全体的にみれば非常によくできた作品といえるでしょう。

2002.02.10読了  [C・デイリー・キング]
【関連】 『海のオベリスト』


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