天の川の舟乗り/北山猛邦
- 「人形の村」
“物理の北山”という異名、そしてこのシリーズではほぼ一貫してそちら方面のトリックが扱われていることからして、勝手に変な期待をしてしまったところがありますが(苦笑)、人形の髪が伸びなかった時点で物理トリックではないことは予想してしかるべきだったかもしれません。
もっとも、髪が伸びる人形をいわば“囮”にしてその裏に犯罪を隠す構図はありがちというか、少々形が違うものの超有名な海外古典(*1)のバリエーションにすぎないようにも思えてしまうのが難点。また、
“テレビになるのはいつなんだ?”
(34頁)という“おじさん”の台詞があるとはいえ、テレビの取材を装ったという推理の割にテレビカメラが不在(*2)なのも気になるところです。“午後四時から、明日の朝七時まで”
(25頁)という条件――特に“午後四時から”という中途半端(?)な時間帯の狙いは面白いと思うのですが……。*1: (作家名)アーサー・コナン・ドイル(ここまで)の短編(作品名)「赤毛連盟」(ここまで)。
*2: 旗屋から見えないところで、“田島未知子”がうまくやっていたということかもしれませんが……。
- 「天の川の舟乗り」
当初は密室殺人の様相を呈する事件ですが、マスターキーかスペアキーを使うよりほかないことが確実となって、スペアキーのアリバイを介してアリバイものに転じるのが面白いところです。アリバイトリックとしてはいわゆる“ルートの盲点”(*3)に該当しますが、そのルートを踏破する手段――文字どおりの“空飛ぶ舟”が何とも豪快です。実際にうまくいくかどうかはかなり怪しいようにも思われます(*4)が、何度も実験を繰り返している様子なのでそこはあまり問題にならないでしょうし、“空飛ぶ舟”の目撃証言や湖にあったワイヤーといった手がかりはまずまず。そして湖中のワイヤーが、もう一つの怪現象・巨大生物“マッシー”を生み出しているところもよくできています。
数年前から、祭の日に
“不幸な出来事”
(75頁)――事故や誘拐未遂が起きていることを踏まえると、祭の中止が犯人の目的であることはほぼ明らかですが、それによって松前周五郎が容疑から外れ、実質的に犯人が特定されるという手順が目を引きます(*5)。さらに、犯人が“怪盗マゼラン”を名乗ったことから、祭を中止させようとする犯人の隠された意図まで見当をつけることもできると思いますが、どうしても殺人という手段に動機が見合っていないように感じられてしまうのは否めません。数年前からの計画がうまくいかなかったために、そこまでエスカレートしてしまったということかもしれませんが……。*3: 有栖川有栖『マジックミラー』の“アリバイ講義”などを参照。
*4: 車輪にワイヤーが収まる溝を切ってあるとしても、速度次第では、レール代わりのワイヤーから脱輪してしまう危険性が高いのではないでしょうか。
*5: どのみち、アリバイものに転じた時点で容疑者は限定されてしまい、犯人の意外性は期待できないので、この手順がベストではないでしょうか。
- 「怪人対音野要」
ヴァイオリンよりも弓の方が高価だったという価値の逆転が鮮やかですし、ヴァイオリンと違って鉄格子を通して盗み出すことができるのも巧妙です。弓の不在についてはオトノが覚えた
“違和感”
(217頁)しか示されていないので、読者が真相を見抜くのは難しいかもしれませんが、これはやむを得ないところでしょう(*6)。そして怪人の消失トリックが非常に秀逸。巻き取った絨毯を利用するトリックは、国内短編に類似の前例があります(*7)が、そちらが(一応伏せ字)密室トリック(ここまで)なのに対してこちらはアリバイトリックとして使われている――物品を出現させるだけでなく距離を稼ぐ手段としても機能しているのが注目すべきところですし、(以下伏せ字)傾斜がそれなりにはっきりしている上に、外部から力を加えて転がしている(ここまで)点で、前例よりもはるかに無理がないと思います。また、電気の細工や詰め所のスペースなど、細かいところまで考えられているのが周到です。
*6: とはいえ、
“ピースの足りないパズルのような、物足りなさ”
まではいいとして、“この楽器は本当にこの程度のものなのか?”
(いずれも218頁)と続けてしまうと、オトノがヴァイオリンの方に着目しているように読めてしまうので、少々やりすぎのようにも感じられます。
*7: (作家名)大山誠一郎(ここまで)の(作品名)「Pの妄想」(『アルファベット・パズラーズ』収録)(ここまで)。
- 「マッシー再び」
浮き輪に砂を入れることで車輪に仕立てる、シンプルながらも効果的なトリックがよくできていますし、犯人が浮き輪を四つ買っていた(*8)のはもちろんのこと、肩の骨折による不可能状況が(ある意味)手がかりとなっているのもうまいところです。
神輿に“車輪”を付けたことで首尾よく運び出すことができたものの、斜面で加速しすぎて事故が起きた――という真相は、状況からみて十分に納得できるものですし、“車輪”から漏れ出た砂も含めて、犯人がまったく意図しない不可解な状況が生じているのが面白いと思います。
*8:
“あるだけ全部くれ”
といいつつ“四つしかなかった”
(いずれも292頁)、というあたりが絶妙な印象を残します。