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アヌビスの門/T.パワーズ

The Anubis Gates/T.Powers

1983年発表 大伴墨人訳 ハヤカワ文庫FT181,182(早川書房)

 この作品では、タイムトラベル小説特有のタイムパラドックスがうまく使われています。謎の詩人ウィリアム・アッシュブレスの登場をあてにしていたドイル本人が、アッシュブレスの役を勤めなくてはならなくなる、というところまではややありがちともいえますが、〈犬面ジョー〉による肉体の入れ換えがそこに組み合わされることで、すぐれたアイデアとなっています。ドイルが現代でアッシュブレスの肖像を目にしながらも、自分がアッシュブレスとなることを予期できないのも当然で(さらにいえば、この肖像はおそらく後年のものでしょうから、若いベナーとの相似にドイルが気づかないのも当然です)、彼の焦燥と困惑が説得力をもって伝わってきます。

 さらにもう一つ、魔術による複製“カー”が加わることで、エンディングも見事なものとなっています。行方不明ならばともかく、はっきりとした死を迎えたことがわかっている歴史上の人物になり代わる場合、その死はどうしても避けられないものとなってしまいますが、この作品ではカーの死体が残されることで主人公のドイルは歴史の束縛から解放され、自由の身となっています。そして、この時のドイルの心情が非常に印象的です。長い年月を経て再び未知なる人生に踏み出したドイルの高揚は、フロンティアスピリットにも似たさわやかさを与えてくれます。

2001.10.22 / 10.23読了

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