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月食館の朝と夜/柄刀 一

2017年発表 講談社ノベルス(講談社)

 最初に、五十幡邸の見取図とともに掲げられた巻頭の文章の意味について少々。

 この者たちは、館の大仕掛けはもちろんどのような細工の実態も知らなかったし、被害者の認識を除けば、誰も、事件の渦中、また捜査の進行を通してもそうした事実を知ることはなかった。事件が解決した後になってさえ――
  (7頁;下線部は傍点)

 まずは、“館の大仕掛け”が存在しないとまでは明言されていないとしても、事件の真相が少なくとも“館の大仕掛け”を使ったものではない、ということは明らかです*1。これは、作中で遠國与一がしつこいほどに“屋敷に仕掛けがある”という疑念を持ち出すのに対して、謎解きでは“館の仕掛け”を考慮する必要がないことを、あらかじめ読者に示してあるようにも思われます。

 しかしながら、被害者の認識を除けば”と書かれているのが注目すべきところで、これはもちろん、“被害者”だけは屋敷に“仕掛けがある”と認識したことを意味します。実際に、“被害者”すなわち遠國*2“やはり、こんな凄い仕掛けがあったんじゃないか!”(101頁)と、事件の直前というタイミングで屋敷の仕掛けを“発見”してしまったわけで、その“発見”が遠國の死に深く関わっている、と考えるのは妥当でしょう。

 このように、事件直前の遠國の言動(100頁~101頁)は、常識的には解き明かすのが限りなく困難な遠國の死の真相に関する、読者にだけ示された作者からのヒントということになるのですが、しかし上に引用した巻頭の文章がなかったとすれば、作中で“屋敷に仕掛けはない”と警察が断定してもなお、読者は――被害者自身の認識に基づいて――隠された仕掛けの存在を疑う方向へと過剰にミスリードされることになるのではないでしょうか。

 つまり巻頭の文章は、そのような事態を防ぐために、“屋敷に仕掛けはない”という捜査結果を“枠外”から保証するものであり、ひいては遠國が認識したのが“非実在の仕掛け”であることを示唆している、といえます。そしてそうなると、遠國の誤認が真相と無関係ではあり得ない*3一方、その誤認は他の人物と共有できないのですから、遠國の死に他の人物は(直接)関与していない――殺人ではなく(当然自殺でもなく)事故死だったというところまで、見通すことも可能かもしれません。

 ちなみに、このような作者からのヒントを入手できないアーサー・クレメンスが、どうやって遠國の死の真相を見抜いたのかを考えてみると、やはり二つの事件が別の事件であること(210頁)から出発して、別の犯人による殺人が同時に重なる偶然は考えにくいことから、殺人ではなく事故だと判断した、ということになるでしょうか。

*

 さて、五十幡昭殺しで最も注目すべきはもちろん、階段の明かりのスイッチの謎。二階のスイッチにはアーサーの指紋がくっきりと残る一方、一階はスイッチのボタン部分だけが拭き取られていたことで、犯人がなぜか一階のスイッチだけを操作したことが確実となっているところがよくできていますし、盲目の五十幡宗正が手探りでスイッチを操作した可能性など、様々な仮説がしっかりと否定されていくのが周到です*4

 そして、二階へ上った犯人が“なぜ明かりを消さなかったのか”という謎に対して、一旦は“途中でその人物が消えてしまったかのように”(217頁)という方向へ持っていっておいて、“明かりの方が消えた”(219頁)と結論づける……のみならず、一気に犯人まで到達することになる演出が非常に鮮やか。“人工的な停電を知らなかった”という条件はかなり目立ちます*5し、該当する二人のうち望月雪生の方には確実なアリバイが用意されていることで、久藤央が犯人だと予想するのは難しくないかもしれませんが、推理の手順はよくできています。

 しかしそれだけでは、作中でも指摘されている(223頁)ように推理は“まだ半分”で、犯人が現場から脱出して階段を降りる際にはどうだったのか、という問題が残っている*6わけですが、そこで久藤が高所恐怖症だという意外な事実が示されるのに仰天。“その場面”を実際に目にするわけではない読者にとっては、手がかりがわかりにくい面もあるのが難しいところではありますが、高所恐怖症のために外階段が使えず〈月宮殿〉にとどまらざるを得なかった――そして朝になって雲海に包まれながら外階段を降りたという真相は、実によく考えられていると思います*7

 何より、死体の左手を焼いた理由が秀逸で、“偽装工作のために犯行後も現場にとどまった”と思われていたものが、“現場にとどまらざるを得なかったので偽装工作をした”という因果関係の逆転、さらに“爪に残った痕跡を消す”のではなく“爪に痕跡が残ったと見せかける”――なかったものをあったように思わせる逆説的な偽装といった具合に、非常にユニークなものになっているといえるでしょう。

 殺害の動機が、昭の起こした人身事故に関わっていることは明らかですし、その被害者が“若い男性”(45頁)だったとはいえ、甲斐に対する久藤の態度でそのあたりは十分に匂わせてあります。しかして、犯行に関する“自責の念はない”という久藤の、“五十幡昭と私が同質のものとは思わない”(234頁)という言葉を逆手にとって、赦しを得ようとした昭と赦しを請わない久藤とを対比してみせた上で、さらに“もう一つの事件”を解き明かすことで久藤を救おうとするアーサーの手際(というのは失礼かもしれませんが)がお見事。

*

 前述のように、アーサーが遠國の死を“事故死”だと推理することは可能だと思われます。そこで、刃をつぶしてある模造刀が突き刺さるほどの衝撃が生じる事故としては、高所からの転落くらいしか考えにくいので、遠國が〈額縁の壁〉に登ったと見抜くこともできそうです*8し、“なぜ登ったのか?”については――読者と違って作者からのヒントは与えられていないものの――事件前の遠國の言動から、何らかの仕掛けを“発見”したための行動だと見抜くこともできるでしょう。

 しかし問題は、遠國が仕掛けの“発見”に至ったきっかけ――遠國が“何をどのように誤認したのか?”。何せ実在しない仕掛けですから、(遠國が〈額縁の壁〉を登ったという事実以外には)何が手がかりになるのかさっぱりわからないところですが、これまた現場を目にすることができない読者よりも有利とはいえ、〈額縁の壁〉の近くにあったラックの移動はまだしも、中庭を隔てた久藤の部屋の傾いた“窓枠”まで手がかりとして、遠國の認識の中にしか存在しなかった、“〈額縁の壁〉が傾いてエアコン送風口への“道”ができた”という豪快な“仕掛け”を解き明かすアーサーの推理は、奇蹟の解体に等しいといってもいいのではないでしょうか。

 傾いた“窓枠”の手がかりは、読者に対しては捜査段階での甲斐の回想の中で、“ちょうど窓枠の内側を縁取るかのように、額縁が、少し傾いているのもあるが、立てかけられていた。”(156頁)と示されているのですが、それは椿刑事の質問――由比が窓に触れたかどうか(151頁)/久藤がなぜ模造刀のラックに触れたのか(153頁)――に応じたものなので、傾いた“窓枠”の描写が“本題”の陰に隠れて目立たなくなっている感もありますが、普通に描写されていても読者がそこまで見抜くのは難しそうです……閑話休題。

 遠國の死は久藤の犯行ではないものの、ラックの移動も傾いた“窓枠”も久藤の行為であり、遠國の死に意図せざる関与をしてしまったという、二つの事件の関係が何とも絶妙ですが、そこで再び久藤を昭と対比しながら“救い”へと導くアーサーの姿は、強く印象に残ります。

* * *

*1: ここでいう“解決”が、真相とは異なる“表向きの解決”にすぎない場合は別ですが、本書の探偵役であるアーサー・クレメンスの能力を疑う必要はないのではないでしょうか。
*2: もう一人の被害者である五十幡昭は、7頁で名前が挙げられていません(そもそも昭は屋敷の主なので、そのような認識に至るはずはないでしょう)。
*3: もし真相と無関係であれば、最後の謎解きで言及されるはずもなく、結果として、事件直前の遠國の言動(100頁~101頁)は何だったのか、ということになってしまいます。
*4: 手がかり(痕跡の有無)が“後出し”とはいえ、“二階の廊下の手すりにロープを掛けて行き来したという可能性”(211頁)まで検討されているのには、さすがに苦笑を禁じ得ません。
*5: 消去法による犯人当ては、各種の属性に関する容疑者間の“非対称性”を利用して容疑者を限定していくものなので、例えば性別などのようにありふれた“非対称性”であればともかく、このように特殊な“非対称性”は容疑者を限定する条件として使われる可能性が高いといえます。
*6: 実のところ、階段の明かりのスイッチの問題だけを考えれば、“犯人がまだ暗いうち(ただし“停電”の終了後)に降りてきた”とすれば、当然ながら明かりがついたまま階段を降りてから、一階のスイッチで明かりを消すことになるので、何も不思議はありません。したがって、実際に明かりがついたままだったことを裏付ける、甲斐が階段ホールで撮影した写真(205頁)は、思いのほか重要な手がかりだったということになるのではないでしょうか。
*7: すでに明るくなったせいで気づきにくいとはいえ、自分の手で明かりをつけた/消していないことを失念するのはいかがなものかという気もしますが、現場からの脱出が思いのほか遅くなって慌てていたと考えれば、十分にあり得るのは確かでしょう。
*8: 読者に対しては、““風”、“無風”……そういうことか!!”(101頁)という遠國の言葉で、〈額縁の壁〉近くの天井にある“エアコン送風口”(83頁)が怪しいことまで示唆されています。

2018.02.16読了