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  4. 伯母殺人事件

伯母殺人事件/R.ハル

The Murder of My Aunt/R.Hull

1935年発表 大久保康雄訳 創元推理文庫174(東京創元社)

 本書では、犯人エドワードによる犯行――度重なる殺人未遂が描かれる一方で、最後の「V 後記」にはミルドレッド伯母さん(及びスペンサー先生)がエドワードの犯行を見抜いた顛末が描かれており、この部分だけをみれば倒叙ミステリの定型*1に当てはまるようにも思えます。しかし、「V 後記」ではミルドレッド伯母さんが“もう一人の犯人”となり、その犯行が露見しないまま終わってしまうことから、本書のプロットはやはり倒叙ミステリの定型を外したものといえるでしょう。

 もちろん、いくら定型を外しているとはいえ、エドワードの計画を見抜いた伯母さんによる返り討ちという結末は見え見えで、まったく驚きはありません*2。最後の段落で明かされる題名のダブルミーニングもまずまず面白くはあるものの、日本語の読者としてはさほど鮮やかに感じられないのが残念なところです。

 ところで、『伯母殺人事件』という、“伯母を被害者とした殺人事件”としてはあまり適切でない邦題*3が採用されているのは、やはり結末のダブルミーニングを踏まえたものなのでしょうか。

*1: “倒叙形式では、初めに犯人を主軸に描写がなされ、読者は犯人と犯行過程がわかった上で物語が展開される。その上で、探偵役がどのようにして犯行を見抜くのか(犯人はどこから足が付くのか)、どのようにして犯人を追い詰めるのか(探偵と犯人のやり取り)が物語の主旨となる。”(→「推理小説#倒叙 - Wikipedia」を参照)。
*2: さらにすごいのが中村能三訳『伯母殺人事件・疑惑』(嶋中文庫)で、第五部の題名が「5 伯母の後記」とされているため、目次を見ただけで結末が一目瞭然になっています。
*3: 例えばアガサ・クリスティ『The Murder of Roger Ackroyd』『アクロイド殺し(主に早川書房)や『アクロイド殺害事件』(主に東京創元社)と訳されている*4ように、被害者を示す語句と組み合わせる場合には“殺人”――対象としての“人”を含んでいる――よりも“殺害”や“殺し”の方が適切で、“伯母を被害者とした殺人事件”のみを意味するのであれば『伯母殺し(乾信一郎訳・ハヤカワ文庫)が正しいでしょう。
*4: もっとも、実際には『アクロイド殺人事件』と訳された例もあるようですが(→「アガサ・クリスティー(Agatha Christie)」「翻訳作品集成(SF/Mystery/Horror Translation List)」内)を参照)。

2008.10.31読了