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バラバの方を/飛鳥部勝則

2002年発表 トクマ・ノベルズ(徳間書店)

 犯人の正体を解き明かすための材料は、第一部「死の舞踏」にすべて示されています。特に、作中で佐井光次が指摘しているように、持田博喜の視点で描かれたパートの記述のみで犯人が特定可能となっているところがよくできています。

 が、読者に対してはさらなる情報が与えられており、その中にヒントとミスディレクションが仕掛けられているのがうまいところです。
 例えば、「15 犯人」には“頭が痛い。割れるように痛い。”(88頁)という記述がありますが、それが「10 小田政也」“頭を割られた。”(72頁)という事実と対応していますし、やはり「15 犯人」“この堅いベッドは何だ。まるで冷たい床のようだ。”(88頁)という独白は、小田の死体が地下室で見つかったことを連想させます。
 一方、「3 小田政也」での、山田陽を殺そうとした小田が誰かに先を越されたような描写(33頁)――特に、“彼女の胸から棒のようなものが生えている。”“ナイフは少女の胸に、ふかぶかと突き刺さっているように思えた。”あたりは巧妙です――は、なかなか強力なミスディレクションとなっています。また、小田が何者かに襲われている(72頁)こと自体、うっかりすると小田が犯人ではないかのように思わされてしまう可能性もあるでしょう。

 しかしそもそも、事件の“非対称性”――被害者の中で小田だけが山田一族ではなく、また聖バルトロマイの見立てがなされなかったこと――が“未完成”という印象を与えるのは否めないところですし、山田美鈴の証言の中で犯人らしき人物(“X”)の足音が戻ってこなかったこと(156頁)もまた、アクシデントによる中断を連想させます。これらを考え合わせると、小田が犯人であることを見抜くのは、さほど難しいとはいえないのではないでしょうか。

 そして48頁上段あたりの記述を考えれば、土井久仁子が山田美鈴を守るために小田を襲ったということも見えてくるかと思います。

*

 一方、小田の屈折した心理に端を発する見立ての理由――虚実の逆転は、やはり常軌を逸したものではあると思います。しかし、背後にどのような狂気があるにせよ、死体を損壊した直接の理由は“絵を模すため”の範疇にとどまるもので、見立てミステリとしてはひねりのない――見立てという行為自体が目的になっている――ところが残念に感じられます。

2008.06.28読了