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バービーはなぜ殺される/J.ヴァーリイ

The Barbie Murders/J.Varley

1980年発表 浅倉久志 他訳 創元SF文庫673-04(東京創元社)

 一部の作品のみ。

「びっくりハウス効果」
 壮大な“夢オチ”(もちろん、実際の体験ではありますが)が効果的です。さらに、“大切な故郷の惑星が三百年間も〈占領〉されたままだというのに、われわれはますます手の込んだ方法でスリルを味わうことに耽るのか?”(94頁)という自問が、何ともいえない虚無感を残します。

「バービーはなぜ殺される」
 直接の動機は教団内の異分子の排除という、ある意味まっとうなものですが、その背景、すなわち個人識別を否定する集団の中において密かに個性を求めるという倒錯がよくできています。「ピクニック・オン・ニアサイド」で描かれたレスター老人の背徳にも通じる、奇妙な人間心理が印象的です。
 無差別殺人ではないため、ラストでバッハ刑事が想像したような手段を用いた、被害者となるべきバービーの特定が必要になるわけですが、それが犯人を特定する手がかりにもなることが示唆されています。このあたりの推理も面白いと思います。

「イークイノックスはいずこに」
 5番目の子供の名前が“コーストガード”ではなく“エレファント”になっているところが、何ともいえない奇妙な余韻をかもし出しています。

「マネキン人形」
 “妄想”と“現実”の境界が曖昧になっていき、最後にはわけがわからなくなっています。“イヴ”とは誰なのでしょうか?
 ちなみに、ネタバレなしの感想に書いた“某メフィスト賞作家”の作品とは、もちろん(以下伏せ字)乾くるみ『Jの神話』(ここまで)のことです。

「さようなら、ロビンソン・クルーソー」
 肉体年齢に基づいた、大人になる前の少年としてのモラトリアムと、真の姿に関わる、危機に至るまでの間のモラトリアム。この二つがうまく重ね合わされているところが、鮮やかな効果をもたらしています。そして、自らの見通しを越えた早さで訪れた“戦争”により浜辺での日々にピリオドが打たれたという事実が、主人公にとってはあまりにも残酷です。

「ブラックホールとロリポップ」
 作中でも示されているように、マイクロブラックホールはトンネル効果による質量の損失のために蒸発(消滅)してしまうという理論がある(スティーヴン・ホーキング博士による)わけですが、ヴァーリイはこれを逆手にとって、“マイクロブラックホールは存在し続けるために自力でエサ(質量)を探す”という、とんでもないアイデアを生み出しています。
 ブラックホールは、より巨大で食べやすい(質量探知機が壊れているため)エサである〈シャーリイ・テンプル〉号を呼び寄せるためにザンジアを利用したのですが、ザンジアにとってはまさに悪魔のささやきにも等しい罠だったといえるでしょう。

2003.05.28再読了

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