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ベローナ・クラブの不愉快な事件/D.L.セイヤーズ

The Unpleasantness at the Bellona Club/D.L.Sayers

1928年発表 浅羽莢子訳 創元推理文庫183-05(東京創元社)

 本書におけるピーター卿の調査/捜査の目的は、おおむね以下のように推移します。

  1. フェンティマン将軍の死亡時刻を特定する。
  2. フェンティマン将軍を泊めたとされる“オリヴァー”を探す。
  3. フェンティマン将軍の死亡時刻に関する偽装工作を暴く。
  4. フェンティマン将軍の死因を暴く。
  5. フェンティマン将軍を殺害した真犯人を暴く。

 本書で明らかにされるべきは、本来であれば“フェンティマン将軍とレディ・ドーマーのどちらが先に死んだのか?”なのですが、実際のところは、レディ・ドーマーが死んだ状況にまったく疑わしい点がないために、上の一覧でもわかるように一貫してフェンティマン将軍の死のみに焦点が当てられています。そしてそれこそが、本書の最大の問題といえるのではないでしょうか。

 まず、フェンティマン将軍の死亡時刻を特定することが目的となっている序盤は、純粋に未知の事実を究明しようとする過程であって、どのように展開するのかまったく予想できないのですから、読者の興味が損なわれることはないでしょう。次いで、“オリヴァー”なる怪しい人物の存在が浮上した時点でも同様です。

 ところが、“オリヴァー”の存在自体が疑わしくなるとともに、フェンティマン将軍の死亡時刻が偽装された疑いが生じた途端に、ミステリとしての興味は半減してしまいます。というのは、遺産相続絡みの事件と見せかけてそうではないという可能性がほぼ消滅し、事件の構図がはっきりして先の展開が見えやすくなってしまうからです。

 そもそも遺産相続絡みの事件であるとすれば、容疑者は二人の主たる相続人――ロバートとアン――並びにそれぞれに連なる人物という二つのグループにはっきり分かれることになります。そしてレディ・ドーマーの死に疑問の余地がない以上、罪体がフェンティマン将軍であることも明らかです*1。したがって、ロバート側の人物がフェンティマン将軍の死を遅らせようとしたか、あるいはアン側の人物がフェンティマン将軍の死を早めようとした、という二つの可能性*2しか考えられません。

 そして、ロバートによる偽装工作が露見した段階でも物語はまだ約半分しか進んでいないのですから、そこから先はアン側の人物がフェンティマン将軍の死を早めたことが明らかになる、すなわちフェンティマン将軍の死因に不審な点が浮かび上がり、犯人探しへとつながっていくという展開が、十分に予想できてしまうのです。

 そして、ペンバシィ医師が真犯人であることもかなり見えやすくなっています。アンとペンバシィの関係は一応伏せられているのですが、レディ・ドーマーと会った後のフェンティマン将軍を診察し、またクラブでその死体を調べて死亡証明書を書いたペンバシィは大いに疑わしく、そこから逆算してアンとの関係を推測することも可能ではないでしょうか。

*1: レディ・ドーマーの死にも疑問の余地があれば、ロバート側の人物がレディ・ドーマーの死を早めようとした、あるいはアン側の人物がレディ・ドーマーの死を遅らせようとした、というケースも想定できるため、多少は先を見通しにくくなるのではないでしょうか。
*2: 本書で二つの犯罪がバッティングしているように、二者択一というわけではありませんが、いずれにしても、ここで挙げた二つのケース以外が実質的にあり得ないのは確かでしょう。

2007.11.23読了