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ビッグ・ボウの殺人/I.ザングウィル

The Big Bow Mystery/I.Zangwill

1891年発表 吉田誠一訳 ハヤカワ文庫HM66-1(早川書房)

 まずはお詫びから。内容紹介のところで“不安になった夫人が、近所に住む元刑事のグロドマンを呼び寄せてドアを破ってみると、喉を切り裂かれたコンスタント氏の死体が横たわっていたのだ”と書いていますが、実際にはドアが破られた時点ではまだコンスタント氏は死んでいません。これを事実に沿って書いてしまうとどうしても不自然な記述になってしまうので、こうせざるを得なかったのですが、作者は驚くべき手段でこの不自然さを回避しています。“「あっ!」思わず彼は叫んだ。女は金切り声を上げた。なんとも恐ろしい光景であった。”(26頁)で1行空けて、新聞売りが事件を報じる場面に切り換わっています。あとはドラブダンプ夫人とグロドマンの証言で現場の様子が再現されているわけで、不自然さはまったく感じられません。実に見事です。

 感想の方でも怪しい箇所があります。““事件の謎を解くのはどちらなのか?”という興味が、後半を大いに盛り上げて”いるのは確かですが、意外にも事件の真相は犯人グロドマンの告白で明らかにされています。これも作者の巧みなミスディレクションが功を奏しているというべきでしょう。

 このように、19世紀に書かれた作品とは思えないほど巧妙な手法が使われていて、決して密室トリックだけに頼ってはいない、優れた作品であると思います。

2001.08.18読了

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