ミステリ&SF感想vol.25

2001.08.28
『幽霊狩人カーナッキ』 『ビッグ・ボウの殺人』 『女王の百年密室』 『地球の長い午後』 『こちら殺人課!』


幽霊狩人カーナッキ Carnacki The Ghost-Finder  ウィリアム・ホープ・ホジスン
 1914年発表 (今岡清・野村芳夫・鏡明訳 角川ホラー文庫H510-1・入手困難

[紹介と感想]
 神秘学の豊富な知識と“電気五芒星”などの小道具を駆使して怪奇現象の秘密を探るゴーストハンターのカーナッキが、“わたし”たち4人の友人を招いて語る怪異譚の数々。その裏に人為的なトリックが隠されている場合もあれば、彼自身にも謎を解くことのできない超自然現象もある。彼が語る事件の顛末は……。
 ゴーストハンター小説として有名なシリーズのようですが、意外に人間の仕業が多いところが面白く感じられます。また、友人たちを呼び寄せておきながら、話し終わると「帰りたまえ!」と追い返してしまうカーナッキの一風変わったキャラクターも、何ともいえない味があります。

「見えざるもの」 The Thing Invisible
 ジャーノック卿の邸にある礼拝堂で、怪事件が起こった。祭壇の前に掛かっていたはずの古い短剣が、目撃者の目の前で突然執事の胸に突き刺さったのだ。彼に近づいた者は誰もいなかったという。呪われた短剣の謎を解くため、カーナッキは礼拝堂で夜を明かそうとしたが……。
 礼拝堂で夜明かしをするカーナッキの心理状態が克明に語られていて、ホラーとしてなかなかよくできていると思います。

「魔物の門口」 The Gateway of the Monster
 “憑きもの”が現れるという〈灰色の部屋〉。そこでは、鍵のかかった扉が夜中に独りでに開き、叩きつけるように閉じるのだという。また、必ずベッドの夜具が剥ぎ取られているのだ。その部屋の中でカーナッキが遭遇したものは……。
 この作品では、カーナッキが致命的なミスを犯しています。よく無事に生き延びることができたものです。

「月桂樹に囲まれた館」 The House among the Laurels
 カーナッキの友人が買い取った郊外の館。そこでは今までに二人の浮浪者が命を落としているという。館の広間で調査を行うカーナッキらの前には、独りでに開く大扉、そして天井から滴る“血のしずく”という怪現象が……。
 大勢の人間の目の前でかなり派手な現象が起こる場面はインパクトがあります。

「悲響の部屋」 The Whistling Room
 アイルランドの田舎家の一室で起こる怪現象。〈悲響の部屋〉と名づけられたその部屋では、日ごとに陰惨な響きを帯びた怪音が鳴りわたるのだった。そしてカーナッキの目の前で、部屋の中央の床に異形の唇が浮かび上がり……。
 音だけならば大したことがないかと思いきや、なかなか迫力のある描写です。カーナッキの解き明かす真相も印象的です。

「街はずれの家」 The Searcher of the House
 カーナッキが母親と暮らしていた頃、その家で突然怪奇現象が始まった。独りでに開く扉、手すりを叩く音、そしてひどい悪臭。やがて、裸の子供と女の姿が闇の中を駆け抜けていった。そのあとには地下室へと続く謎の足跡が残されていた……。
 他ならぬゴーストハンターのカーナッキの家で怪奇現象が起こるというのも面白いと思います。また、それだけに怪異の描写にも力が入っているようです。

「見えざる馬」 The Horse of the Invisible
 ヒスギンズ家に代々伝わる伝説。それは、第一子が女子だった場合には、恋愛中に“馬”に取り憑かれてしまうというものだった。そして今、まさに婚約したばかりのヒスギンズ嬢の周囲で、怪現象が続発していたのだ……。
 なかなか面白い作品です。そもそも、なぜ“馬”なのかという点がまったく説明されないのですが、逆にそこが何ともいえない不条理感をかもし出しています。単なる因縁話ではない、筋の通らない不気味さを感じさせられるといえばいいでしょうか。

「ジャーヴィー号の怪異」 The Haunted JARVEE
 旧友の持つ帆船〈ジャーヴィー号〉で船旅に出たカーナッキだったが、船長は時おり海上で怪現象に巻き込まれるのだという。その言葉通り、船はやがてどこからともなく現われた黒い影に包まれ、暴風が帆を叩き、乗組員が命を落とした……。
 猛威を振るう怪現象に“波動発生機”で対抗しようとするカーナッキの姿が印象的です。それにしても、何度も怪現象に遭遇しながら船に乗り続ける船長は大したものです。

「発見」 The Find
 博物館が所蔵している、世界にたった1冊しかない稀覯本。ところが、その2冊目が発見されて大騒ぎになった。鑑定の結果は間違いなく本物。しかし、その由来からして確かに1冊しか残されていないはずだったのだ。調査するよう依頼を受けたカーナッキは……。
 〈シャーロック・ホームズ〉の1篇といってもいいような、まったくオカルト要素のない作品です。面白くはあるのですが、この作品集の中ではやや浮いた印象を受けてしまいます。

「外界の豚」 The Hog
 夜ごと地獄に引きずり込まれる奇妙な夢を見る男・ベアンズ。その夢の中では、すさまじいほどの豚の鳴き声が聞こえてくるのだという。果たして、カーナッキの目の前で眠り込んでしまったベアンズは、自らが豚のようにブーブーと鳴き始め、床の中央には黒い影が……。
 他の作品の倍ほどの分量がある、やや長めの作品です。すべてを引きずり込もうとする強大な力に対して孤軍奮闘するカーナッキの活躍が見どころです。

2001.08.11読了  [ウィリアム・ホープ・ホジスン]



ビッグ・ボウの殺人 The Big Bow Mystery  イズレイル・ザングウィル
 1891年発表 (吉田誠一訳 ハヤカワ文庫HM66-1)ネタバレ感想

[紹介]
 ロンドンのボウ地区で下宿屋を営むドラブダンプ夫人は、その朝いつもより遅れて目を覚ました。下宿人のモートレイク氏は、すでに出かけてしまったらしい。夫人は彼の友人であるコンスタント氏を起こそうと二階へ上ったが、鍵がかかったドアをいくら叩いても返事はない。不安になった夫人が、近所に住む元刑事のグロドマンを呼び寄せてドアを破ってみると、喉を切り裂かれたコンスタント氏の死体が横たわっていたのだ。しかし、誰も出入りできないはずの部屋の中には、犯人の姿は影も形もなかった……。

[感想]

 100年以上も前に書かれた本格ミステリの古典で、密室殺人という状況に独創的なトリックを導入したことで知られている作品です。さすがに現代ではそのトリックに驚くこともありませんが、非常によくできたものであることは間違いありません。

 そしてさらに、物語自体もよくできています。犯行方法が不明であるために動機を中心とした捜査が行われることになりますが、これによって被害者であるコンスタントと友人のモートレイクを中心とした人間模様が鮮やかに浮き彫りにされています。また、物語後半を力強く引っ張るのが、元刑事のグロドマンと現役であるウィンプとの間に横たわる過剰なライバル意識です。“事件の謎を解くのはどちらなのか?”という興味が、後半を大いに盛り上げています。そして意外なラスト。古さをまったく感じさせない傑作です。

2001.08.18読了  [イズレイル・ザングウィル]



女王の百年密室 God Save the Queen  森 博嗣
 2000年発表 (幻冬舎)ネタバレ感想

[紹介]
 ナビゲーターの故障で現在位置を見失い、立ち往生していたサエバ・ミチルとパートナーのロイディは、マイカ・ジュクと名乗る奇妙な老人に導かれて〈ルナティック・シティ〉を訪れる。そこは、百年にわたって外界との関わりを絶ち、女王によって治められた不思議な楽園だった。優しい人々に歓待を受けてのどかな日々を過ごすミチルだったが、それに終止符を打ったのは一つの事件だった。他に誰も出入りしていないはずの密室で、王子が絞殺されてしまったのだ。だが、驚くべきことに住民たちは“死”という概念を持っていなかった……。

[感想]

 SF設定のミステリ、というよりはミステリ仕立てのSFといった方が正しいでしょうか。特殊な世界の設定によって成立するトリックが使われていますが、この作品ではその世界の設定自体、そしてそこに隠された秘密の方が重要です。つまり、殺人事件は主人公であるミチルが〈ルナティック・シティ〉という世界について考えるためのきっかけとなっているのです。これはSFでしばしば使われる手法とよく似ています。

 そしてその〈ルナティック・シティ〉ですが、22世紀という未来が舞台となっているにもかかわらず、100年にわたって外部との接触を絶っているため、その技術レベルは現代とほぼ同じものになっています。そのために、未来人であるミチルの視点を通じて現代を眺めるような状況となり、読者にとってはあまり違和感がないのではないかと思います。しかし現代と決定的に違っているのは、〈ルナティック・シティ〉に“死”という概念がないことです。“死”ではなく“永い眠り”として、歓迎すべき事態とも受け止められる世界において、誰が何のために殺人を犯したのか。この謎を解くことが、〈ルナティック・シティ〉自体の秘密を解き明かすことにつながるのです。

2001.08.18読了  [森 博嗣]



地球の長い午後 Hothouse  ブライアン・W・オールディス
 1962年発表 (伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫SF224)

[紹介]
 はるかな未来。自転を止めた地球からは多くの動物たちが姿を消し、地上は植物の王国となり果てていた。わずかに生き残った人間たちは、食肉植物たちにおびえながら森の中で細々と暮らし、年老いた者は巨大な植物蜘蛛“ツナワタリ”に月へと運ばれてその生を終えるのだった。だが、仲間に反抗して森を離れた少年グレンは、様々な苦難に出会いながら世界を放浪する。その旅は、世界の壮大な秘密を明らかにするものだった……。

[感想]

 ヒューゴー賞に輝いた傑作SFです。変貌した植物たちが跋扈する未来の地球が、まさに原題どおりの〈温室〉として描かれています。何といっても巨大な植物蜘蛛“ツナワタリ”の姿が印象的ですが、他にも“ハネンボウ”、“ヒカゲノワナ”、“ナマケニレ”など、いずれ劣らずユニークな植物たちが多数登場しています。これらの植物たちが満ち溢れた“豊穣な混沌”ともいうべき世界の姿は非常に魅力的です。

 森を離れたグレンは世界の果てまで放浪することになるわけですが、その旅は冒険というよりは苦難の連続です。しかし、それによって変貌した世界の姿が読者に伝わりやすくなっているところはよくできているというべきでしょう。登場人物たち、特に肝心のグレンに今ひとつ魅力が感じられないところがやや難点ではありますが、それも人間よりも世界の方が主役であると考えれば妥当なのかもしれません。

2001.08.22再読了  [ブライアン・オールディス]



こちら殺人課! レオポルド警部の事件簿  エドワード・D・ホック
 1981年発表 (風見 潤編・訳 講談社文庫120-1・入手困難ネタバレ感想

[紹介と感想]
 エドワード・D・ホックの重要なシリーズキャラクターであるレオポルド警部の活躍する作品を集めた、日本オリジナルの短編集です。
 個人的ベストは「港の死」「幽霊殺人」

 なお、NOViさん「闇夜の戯言」)の「レオポルド警部 作品リスト」に未訳も含めた全作品の一覧が掲載されていますので、ぜひご覧下さい。

「サーカス」 Circus
 サーカスを見に行くために家を出た少年が、途中の空き地で首を絞められた死体となって発見された。部下のスレイターはサーカスの男に目を付け、強引に自白させたのだが、レオポルド警部は少年が家を出てから殺されるまでの空白の時間帯に注目する……。
 比較的地味な作品です。伏線は張ってありますが真相はやや唐突に感じられます。それよりも、ラストの重さが印象に残ります。

「港の死」 Death in the Harbor
 航行中のボートの上での連続射殺事件が発生した。凶器は同じピストルなのだが、被害者たちの間につながりは見えない。とりあえず、市内のスキンダイバーたちの洗い出しにかかったレオポルド警部だったが……。
 某有名作品と似たようなパターンですが、見事なひねりが加えられています。なお、解説は先に読まない方が楽しめると思います。

「フリーチ事件」 The Secret Game
 レオポルド警部の顔なじみのイカサマ師ハリイが、金に困ってイジィ・フリーチの秘密の賭博場で強盗をはたらいた。ハリイは抵抗しようとしたフリーチを銃で撃ってしまう。事件は単純な強盗殺人だと思われたのだが……。
 真相は見え見えですが、ラストが印象的です。

「錆びた薔薇」 The Rusty Rose
 ハミルトン・ブレイクが10階の窓から放り出されて死亡するという事件が起きてから3年。ハミルトンの娘ニーナは、事件の関係者だったザヴィアーから事件の犯人を知っているという手紙を受け取る。彼女に代わってザヴィアーに会いに行ったレオポルド警部だったが、相手はすでに何者かに殺されていたのだ……。
 地味ながらよくできた伏線が見事です。そして、犯人の動機が非常にユニークです。

「ヴェルマが消えた」 The Vanishing of Verma
 ボーイフレンドとデートの最中に、一人で観覧車に乗った少女・ヴェルマが姿を消してしまった。ボーイフレンドや観覧車の係の男の証言も要領を得ない。手がかりもないまま、不吉な予感を抱くレオポルド警部だったが、そこへヴェルマからの電話が……。
 ひねりが加えられたプロットが興味をひきます。少女はなぜ、そしてどうやって観覧車から消えたのか? レオポルド警部の解決も鮮やかです。

「殺人パレード」 The Murder Parade
 デパートのオーナーであるヘイスティングズ・ポンダのもとに脅迫状が届いた。市のパレードで行進したら殺すというのだ。馬に乗って行進する予定だったポンダは急遽オープンカーに変更したのだが、パレードの当日、馬に乗っていたポンダのライバルが射殺されてしまった……。
 残念ながら、あまり意外性が感じられません。トリックもぱっとしないものに思えてしまいます。

「幽霊殺人」 Captain Leopold and the Ghost Killer
 目撃者の証言では、別居中の夫が妻を射殺して逃走したという単純な事件のはずだった。ところが、容疑者は事件の起こる30分前に自動車事故で死亡していたというのだ。幽霊が殺人を犯したとしか思えない不可解な事態に、レオポルド警部は頭を抱える……。
 不可解な現象を演出するトリックが非常によくできています。

「不可能犯罪」 The Impossible Murder
 ラッシュに巻き込まれた車の中で、運転手が首を絞められて死んでいるのが発見された。だが、被害者に近づくことができた者は誰もいないはずだった。しかも、30分前に死んでいたはずの被害者が車を運転していたとしか思えないのだ……。
 冒頭の不可能状況が非常に魅力的です。ただ、30年前の事件との絡みはあまりうまくいっていないように思えます。

2001.08.26読了  [エドワード・D・ホック]


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