女郎蜘蛛/P.クェンティン
Black Widow/P.Quentin
ナニーが死んだ後、周到に配置された数々の状況証拠によってピーターが追い詰められていく展開が強烈で、死してなおピーターを捕らえて放さない“女郎蜘蛛”の罠の効果をみると、ナニーが“そのために死んだ”ような印象すら与えます(*1)。ピーターからすると、そこまでされるほどの関係ではなかったために、ナニーが“異常”だと考えたのも無理もないかもしれません。やがて、ナニーの冷酷で狡猾な計略が明らかになりますが、“異常”な心理でなくともこれはこれで空恐ろしいものがあり、やはり“女郎蜘蛛”の題名にぴったりといえるでしょう。
ナニーの死が他殺であることが明白になるとともに、ナニーが妊娠していたことも判明し、俄然“ナニーの恋人は誰なのか?”が焦点となるわけですが、そのせいで他の人物が盲点となってしまうのが実に巧妙。加えて、ナニーの“遺書”――とりわけそこに描かれていた線画が偽装だったと明らかになる(199頁)ことで、ナニーの癖を知る親しい人物に疑いが向くようになっているのもうまいところです。
実際のところは、ロッティにはナニーの絵を目にする機会があった(49頁)わけですし、秘書が描いたとごまかした(*2)ピーターの態度も“少々わざとらしいさりげなさ”
(49頁)だったことから、ロッティが事実に気づいた蓋然性は高いと思われます。何より、ロッティの部屋のメモのいたずら描きと“遺書”の絵が同一人物によるものだったとトラント警部補が明かした際に、ピーターが“わたしはロッティがナニーの絵を見つけたときのことを思い出した。”
(271頁)と回想していることを踏まえれば、少なくとも作者がそれを手がかり/伏線として扱っていることは明らかでしょう。
前述のようにロッティは盲点に入っていますが、夫のブライアンがナニーの恋人だったことを知ったとすれば、ロッティには――ある意味ブライアン以上に――ナニーを殺す動機があることになりますし、ブライアンよりも納得できる犯人像といえます。そしてそれを端的に表現する、“スズメバチのロッティが、蜘蛛のナニーを殺した。”
(270頁)という一文が見事。
*2: ハヤカワミステリマガジン2014年9月号掲載の新保博久氏によるレビューでは、この点を重視したのか、
“ナニーが線画を遺す癖があるのを犯人はどうして知っていたのか、疑問がなくもない。”とされていますが……。
2014.05.28読了